第11話:親父の自慢は、王家のお墨付き
本日の荷:古馬車一台(積み荷:二十年分の誇り)。
除名勧告の審査会まで、一月。
セドリック政務官が再びアルバを訪れたのは、その対策会議のためだった。
「整理する。連合の除名審査で問われるのは『アルバ組合の差配業が、組合規約上の正規業務か』だ。ヴァルガ側の主張はこうだ。『差配業は王都商業ギルドの認可事項であり、一地方組合が行うのは越権』」
「で、でも、うちは辺境伯さまの優遇状を……」
「あれは通行税の優遇だ、ティナ嬢。業の認可とは別だ。残念ながらヴァルガ側の理屈は、規約の字面の上では筋が通っている。王都のギルドが『差配は王都の専管』と言い張れば、地方組合に反論の根拠がない。……正面から規約論で戦えば、負ける」
差配所が静まり返った。
規約の字面。なるほど、これが「整いすぎた文面」の書き手の戦い方か。腕力ではなく、紙で殺しに来る。
であれば、こちらも紙で迎え撃つのが礼儀だろう。
「セドリック殿。一つ、確認したいことがあります。王都のギルド認可より上位の根拠が、もし在ったとしたら?」
「ほう。例えば」
「例えば——王家の認可です」
私は、親方を見た。
「親方。お父上の馬車、もう一度見せていただけませんか。今度は、油布を全部めくって」
*
厩の奥。油布の下から、古馬車が二十年ぶりに全身を現した。
車軸の端。「親父の自慢」の特別製の車軸に、刻印があった。私はそれを布で磨き、セドリック殿が灯りを近づけた。
王冠と、交差する二本の鍵。
「……これは」セドリック殿の声が変わった。「御料記章だ。それも逓送局の」
「ていそうきょく?」ティナさんが首を傾げた。
「王家逓送局。王国の公文書と御料品を運ぶ、王直轄の輸送制度だ。各街道に『御用中継所』を置き、認可を受けた中継所だけが御用荷の積み替えを行える。……五十年ほど前に常備の制度としては縮小されたが、制度自体は廃止されていない。今も法令集に生きている」
セドリック殿は車軸の刻印を、食い入るように検めた。
「この記章が車軸にあるということは、この馬車は御用中継の指定車両。つまり——アルバは、御用中継所だった」
「親方。お父上から、何か聞いていませんか。書付や、お墨付きのようなものは」
親方はしばらく黙っていた。それから、のしのしと組合の建物へ歩いていき、奥の金庫から、桐の箱を抱えて戻ってきた。
「親父の遺品だ。読めねえ字の紙ばかりで、ずっと仕舞ってた」
箱の中には、油紙に包まれた書状の束。一番上の一通に、王冠と二本の鍵の朱印が捺されていた。
セドリック殿が、白手袋をはめてから開いた。
「『西街道アルバ宿駅を、王家逓送局御用中継所に指定す。中継、積替、差配の業を許す。本状の効力は、王家がこれを廃する旨を布告するまで存続する』……署名、逓送局総裁、御名代印」
彼は顔を上げた。
「布告は、出ていない。私の知る限り、一度も」
「つまり……?」ティナさんが、ごくりと喉を鳴らした。
「アルバの差配業は、王家の認可を、現に、今も、持っている」
差配所が——爆発した。
「がっはっは!! 親方ぁ! あんたの親父さん、二十年越しの大金星だ!!」
「う、うるせえ……」
親方は桐の箱を抱えたまま、そっぽを向いた。その横顔がくしゃりと歪むのを、私たちは見なかったことにした。
「……親父はな、路線が消えたあとも、毎年この馬車の車軸を磨いてたんだ。『いつか御用がまた来る。来た時に車軸が錆びてたら、アルバの名折れだ』っつってな。儂は……ガキの頃、そんな親父が、正直、少し恥ずかしかった」
親方は車軸の刻印に、ごつい手のひらを置いた。
「……すまんかったな、親父。あんたの自慢は、ほんとに自慢だったよ」
*
「ただし」と、セドリック殿は釘を刺した。「古い認可状一枚で審査会が黙るとは限らない。『失効済みの空文』と難癖をつけてくるだろう。これを最も強くする方法は——王家か、それに準ずる権威が『この認可は生きている』と公式に確認することだ」
「それに準ずる権威、というのは、例えば辺境伯閣下のような」
「察しがいいな。閣下は王命により西部街道の保安監督権をお持ちだ。閣下が公式の場で『アルバ中継所の認可は有効』と確認すれば、連合の審査会ごときが覆せる話ではなくなる。そして、ちょうどいい『公式の場』を、閣下は既にお考えだ」
セドリック殿は、一枚の触れ書きの写しを机に置いた。
『辺境伯府主催 西部街道輸送検分——通称「競送」。王都ヴァルガ商会、アルバ中継所、両者に同一の荷、同一の期日を課し、その差配を公開で検分する』
「言ったはずだ。目に見える形で実力を示せ、と。……相手にとって不足は?」
古巣との、公開の直接対決。
「ありません。荷で語れるなら、それが一番です」
お読みいただきありがとうございます。親方のお父上、二十年越しのファインプレー。「いつか御用がまた来る」——来ましたよ。次話、ティナの祖父の口から、二十年前にこの町で何があったのかが語られます。ブックマーク・評価、励みになっております!




