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「無能」と追放された倉庫番ですが、王都の物流は私が回していました 〜寂れた宿場町を交易の要にしたら、古巣の大商会が静かに崩壊していくようです〜  作者: 夜凪レン


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第10話:霜月祭に、荷は届かない

 本日の荷:若旦那一行(中身、空)。


 霜月祭は、王都最大の祭りだ。


 収穫を祝う十日間、王都の人口は倍に膨れる。市場は一年で最も潤い、織物問屋は晴れ着を、酒蔵は新酒を、菓子屋は砂糖を、この十日に懸けて仕込む。そして、その全ての品物は——祭りの前に、運ばれてこなければならない。


 王都の物流が一年で最も試される十日間。私は三年間、この十日のために残りの三百五十五日を使って準備をしていた。


 今年、その準備をした者は、いない。


   *


 バルド・ヴァルガがアルバに乗り込んできたのは、霜月祭の三日前だった。


 黒塗りの馬車三台。護衛六人。そして、フィオナさんの言っていた書記官——灰色の外套の、影の薄い男が一人。


「出てこい、倉庫番ァ!!」


 若旦那は広場の真ん中で吠えた。三年ぶりに見るお顔は、ずいぶん痩せて、目の下に隈が刻まれていた。


「貴様のやっている違法差配、今日限りで叩き潰しに来てやった! この町ごとなあ!!」


「お久しぶりです、専務。ご足労いただいたところ恐縮ですが、当差配所は西部馬車組合アルバ支部の公認事業です。違法の根拠をお示しいただけますか」


「根拠だと?」


 バルドは懐から書状を引き抜いた。


「西部馬車組合連合への除名勧告は受理された! 審査会は来月だ! 除名されれば貴様らの関所札は失効、差配所は即日閉鎖だ! それまでにこの俺に詫びを入れて、王都に戻って俺の下で死ぬまで荷札を書くなら、町だけは見逃して……」


「専務」


 灰色の書記官が、初めて口を開いた。低い、抑揚のない声だった。


「お時間です。本日中にヴェルンの商業ギルドへ申し入れを」


「分かっている! おい倉庫番、返事は三日待ってやる。賢い選択をだな——」


 その時だった。


 広場に、早馬が駆け込んできた。乗っているのは王都の方角から来た伝令で、馬は泡を噴いていた。伝令はバルドの姿を見つけると、転げ落ちるように馬を降りた。


「せ、専務! お探ししました……! 王都から、緊急の……!」


「なんだ、今いいところだ!」


「い、市場が……霜月祭の市場が、立ちません!」


 広場が、しんとなった。


 伝令は震える手で報告書を読み上げた。織物問屋への晴れ着の納品、予定の四割。酒蔵の新酒、樽の手配が間に合わず出荷不能。砂糖と香辛料を積んだ南方便は、三日前から所在不明——どの蔵に入れたか、記録がない。


「市場の組合長たちが商会に押しかけています! 『祭りを潰す気か』と! それで、その、組合長たちが連名で、商業ギルドに正式な苦情を……『ヴァルガ商会の差配能力の審査』を請求すると……!」


「……は?」


 バルドの顔から、血の気が引いていった。


 差配能力の審査。それは、商会の生命線である王都市場の指定運送業者の資格——その剥奪に直結する手続きだった。


「な、なぜだ……砂糖の便が、消える? 荷が、消えるわけが……記録が、なぜない……」


 誰も答えなかった。記録は消えたのではない。最初から、つけられていなかったのだ。つける係を「落書き」と呼んで、燃やせと命じたのは、ほかならぬこの人だった。


 私は、一歩前に出た。


「専務。砂糖と香辛料の南方便ですが」


「……あ?」


「南方便の御者頭はマルコさんでしょう。彼は雨の日、東の旧倉庫に入れる癖があります。床が高くて湿気ないからです。三年間ずっとそうでした。記録になくても、荷はおそらくそこに在ります。早馬を出して、東の旧倉庫の三番と四番をお調べなさい」


 バルドは、私を見た。


 憎悪と、屈辱と、そして——足元が崩れる音を聞いた人間の顔で。


「……き、貴様の、せいだ」


 声が震えていた。


「貴様が、辞めたから……いや、違う、貴様が最初から、貴様しか分からないように仕事を組んで……!」


「専務。私は三百枚の引き継ぎ書を残しました」


 静かに言った。怒鳴る必要はなかった。事実は、声を張らなくても重い。


「読まなかったのは、燃やせと命じたのは、どなたですか」


 バルドは答えなかった。答えられなかった。彼は踵を返すと、護衛を突き飛ばすように馬車へ戻り、王都へ引き返していった。三日待つと言った返事を、聞かずに。


 ただ一人——灰色の書記官だけが、その場に残っていた。


 彼は広場をゆっくりと見回した。井戸を、厩を、差配所の帳場を。そして最後に、私を見た。値踏みをするような、長い視線だった。


「……ロイド・ハーヴェン殿。主に代わり、一つだけ」


 主。バルドのことではない、と直感した。


「『流れには、元栓がある』。——お忘れなきよう」


 書記官は一礼し、馬車の後を追っていった。


 流れには、元栓がある。


 それは脅しであり、そして、ほとんど自白だった。二十年前、アルバの流れを閉めた手が——今も王都のどこかで、元栓に掛かっている。


「ロイド」親方が低く言った。「ありゃあ、誰の使いだ」


「おそらく……次にこの町と戦う人の、です」


お読みいただきありがとうございます。大型回でした。霜月祭の崩壊、若旦那の足元の音、そして灰色の書記官の「元栓」発言。ざまぁはまだ序の口です。次話は親方の「親父の自慢」に隠された意外な切り札の話。ブックマーク・評価、心よりお待ちしております!


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