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遥か彼方へ④

巡航状態に入ってしばらく経つと、早くも暇になってきた。

宇宙の景色は確かに感動したけど、何も変わらないのだから。

展望デッキで1時間ぐらい眺めていたけど、いつの間にかスコットさん夫妻とハルカは寝ていた。

少し離れた席に目を向けると、教官も相変わらずアイマスクをして爆睡している。たまに「…フガッ!」などといびきが聞こえた。疲れているんだろう。


今起きているのは僕だけらしい。

……自動操縦とはいえ、すぐ外は死の空間なのにのどかすぎやしないか。



僕はシートからそっと離れて、自分の部屋に戻ってベッド(というか寝袋を壁に固定したもの)に入ってみた。

無重力というのは不思議なもので、体がどこにも接地していないためか、なんだか落ち着かなくてあまり深くは眠れなかった。


そこから月への到着までの約二日間は、本当にただの「暇つぶし」だった。

食事の時間は、用意されたレトルト食品のような宇宙食をみんなで広場に集まって食べた。

お皿に盛り付けなどは出来ないが、味は高級ホテル並みに美味しかった。


それ以外の時間は、それぞれが思い思いに過ごしていた。


ハルカは無重力空間を泳ぐように移動するのにハマって、壁から壁へと飛び移る遊びを一人で延々とやっていた。打ち上げ時のシートから、展望台フロアまで一気に通り抜けられるかを何度もチャレンジしていた。

こどもか。


スコットさん夫妻は、持参した電子書籍を読んだり、時折展望デッキで宇宙を眺めたりして、穏やかな時間を過ごしていた。

教官は起きている時はほぼ筋トレしていた。たまに僕も誘われたけど丁重にお断りをした。

僕はというと、ひたすら通信機器にダウンロードしておいた本を読んだり、たまにハルカの無重力アクロバットの的になりそうになるのを避けたりしていた。それでもたまに僕の体に腕を回されて、Uターンの軸にされたりしていた。

離れていくハルカが楽しそうに笑っていたけど、密着するのは普通に焦るのでやめてほしい。


宇宙への旅路は、一年以上続いた訓練や、打ち上げ時の過酷さとは打って変わって、拍子抜けするほど平穏だった。

もちろん緊急事態なんて何もなかった。


――


「よし、もうすぐ到着だぞ!みんな、起きろ!」


教官のやけに元気な声で目が覚めた。

自分の部屋で、体を固定するベルトから抜け出し、中層の広場へと向かった。

すでにスコットさん夫妻とハルカも集まっていた。


「展望デッキに行ってみろ。すごい眺めだぞ!」


教官に促され、僕たちは全員で展望デッキへと向かった。


デッキのガラス越しに外を見た瞬間、僕たちは息を呑んだ。


視界のすべてを、圧倒的な「白と灰色」が埋め尽くしていた。

地球から見ていた、あのぽっかりと浮かぶ寂しげな光の玉ではない。無数のクレーターが刻まれた、巨大で、無機質で、それでいてひどく静謐な大地がすぐ目の前に迫っていた。

あまりのスケールに、わずかに背中を汗が流れた。


「……うわあ……」

「なんてことだ……本当に、月に来たんだね」


ハルカもスコットさんも、ただただ感嘆の声を漏らしていた。僕も何も言えなかった。


ロケットは少しずつ向きを変え、月面に対してゆっくりと降下を始めていた。

少しずつ近づく月面。そこで、そびえ立つ奇妙な建造物に気がついた。


月面の荒涼とした大地の中に、巨大なタワーが何本も建っているエリアがあった。そのうちの一本のタワーから、巨大なアームが伸びている。

あれは地球の訓練センターにも似たようなものがあった気がする。


「これから着陸態勢に入る。このロケットは自力で地面に着陸するんじゃない。あのタワーの腕に、ロケットごと『キャッチ』してもらうんだ!」


教官が誇らしげに説明した。

…やはり。地球にあるのと同じ仕組みらしい。


「さあ、景色はここまでだ!打ち上げの時に使ったフロアに戻って、シートに座ってベルトを締めろ!衝撃が来るぞ!」


教官の指示のもと、僕たちは急いで展望デッキを離れ、下の階層へと移動した。

広場を抜け、打ち上げの時に使ったあの大きなマッサージチェアのようなシートにそれぞれ潜り込む。

しっかりとベルトを締め、体をシートに深く沈めると、いよいよ本当に月に降り立つのだと実感が湧いてきた。


ロケットが寸分の狂いもなくあのタワーに向かって降下していくのが、姿勢の微細な変化からなんとなく伝わってくる。


すぐ横を見ると、ハルカがいる。

だけど、出発時のような今にも泣き出しそうな顔じゃなかった。しっかりと前を見据えて、小さく深呼吸をしている。

だから僕は、今回はその手を握らなかった。


ゴォォォ……と、逆噴射の軽い振動が伝わってきた。内臓が潰れそうだった打ち上げの時に比べれば、なんてことはない衝撃だった。

ゆっくりとロケットが月面へと近づいているのだろう。

そして。


ガゴンッ!という重い金属音とともに、ロケットが一度だけ大きく揺れ、シートのベルトが体に強く食い込んだ。

そして、そのまま動きが完全に止まった。

どうやら本当に、あの巨大なアームが、ロケットの胴体を挟み込んで空中で捕まえたらしい。


「よし、到着!地球からの長旅、お疲れさん!」


教官の明るい声が、ロケット内に響き渡った。

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