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遥か彼方へ③

最初、窓の外は青空だった。


ロケット内にとんでもない轟音が響き、打ち上げが始まった。

体が徐々に重くなり、空気の壁にぶつかっているのか、振動が強くなる。

ロケットが壊れるんじゃないかというぐらいに揺れる。

さらに、そのままシートに押し付けられる。


地球。

ほとんどの生命がその手の中で生まれ落ち、そして還っていく。

なのに、今の僕たちはその手を振りほどこうと、脇目も振らず、ただ宇宙を見据えて飛び立っているのだ。

この振動が、Gが、それだけこの惑星の巨大さを感じさせた。


おそらく、僕の体重は3倍ぐらいになっているだろう。

訓練ではもっと強いGを経験したのに。

この振動は講義で聞いていたよりもずっときつい。

体の内臓が、脳が、血液が、全てが背中側に移動しているような気がする。

まるで体の上に、透明な膜に覆われた水の塊が乗ってきているようだ。


「っう、ぅー…!!」


横でハルカがうめきながら必死に耐えている。

僕の手の上に置かれたハルカの手が重くなっていく。だけど、振動で離れ離れにならないように、その手を握っていた。

ハルカも無意識かわからないが、強く握り返してくる。


「ひゃっほー!もう雲の上だぜ!さあー、もうすぐ宇宙だ!」


教官のハイテンションな声が響いてくる。

嘘だろ、この人はなんでこの状況で叫べるんだ。

実はアンドロイドとかじゃないよな?


しばらく耐えていると、外の空気も薄くなってきたのか、振動が徐々に収まってきた。

唐突に、ふわっとGが消えたかのような感覚に陥る。同時に、ガゴン!と大きな音がロケット内に響いた。

ブースターの切り離しが終わったのだろう。


「…ふう」


僕は一息をついて、窓の外を見た。

さっき見えた青空が嘘みたいに暗くなっていた。


……宇宙空間に、来たんだ……。


「お疲れさん!あっという間に宇宙には到達したぞ!」


教官の陽気な声が聞こえる。元気すぎる。

宇宙には、ね。


「……ああ、終わり…?」


ハルカが青い顔をして、小さく声を上げた。

そう思いたい気持ちはわかる。

だけどまだある。

スコットさん夫妻は深呼吸をしていた。ちゃんとわかっているらしい。


「おっと、まだ姿勢はそのままだ、来るぞ!」


その瞬間、ドン!とロケットに後ろから巨大な何かがぶつかったかのような衝撃が走った。

第二エンジンが点火したのだ。


「そら、第二ラウンドだ!今度はさっきよりも長いぞ、楽しめ!」


教官がずっとご機嫌な声を上げ続けていた。

 

空気が無いから、ガタガタと揺れる振動は無い。だけど、ひたすらGがかかり続ける。


「うぅーー!もうやだあーー!」


ハルカの泣き言がロケット内に響いていた。

僕も辛い。だけど、その手だけはずっと離さないでいた。


長く続くGの中、教官の心底楽しそうな笑い声だけが反響していた。



――



ふわりと体が軽くなった。あの窮屈なGから解放された。

二回目の噴射が終わったのだろう。

僕はそっとハルカの手を離した。


ハルカもスコットさん夫妻も、ぐったりしていた。もちろん僕も例に漏れずだ。

教官は慣れた様子でベルトを外すと、こちらを向いて話し始めた。


「楽しかったか?ははっ!じゃあ、後は寝台列車と同じだ。景色を楽しむもよし、寝て過ごすも良し!ただし、外には出るなよ?おっと、緊急事態になったら率先して頼むぞ!!」


教官は白い歯を見せながら、まくし立てるように喋りつづけた。無口なタイプでは無いのは知ってるが、今は特にテンションが高い。

まあ、シンプルに宇宙が好きなんだろう。そう思うことにした。


僕もベルトを外すと、体がふわりと浮いた。

地球でも何度も無重力訓練をしたが、今度は時間制限が無い。

教官は慣れた様子で、泳ぐように上へと上がっていった。

上といっていいのかわからないが。


僕たちもロケット内を移動した。

取っ手を掴み、上のフロアへと移ると、想像していたよりも広い、円形の広場となっていた。

計器なんて何もない。無駄のない未来的な、つるんとした真っ白い壁だった。なんとなく、ディストピアを感じさせる作りだった。

部屋の隅にはキッチン(と言っていいのかわからないが)と、冷蔵庫が置いてあった。



広場の先には、個室が数個とトイレが用意されていて、プライベートもバッチリ確保されていた。しかも窓付き。

…寝台列車か。その例えは合っているかもしれない。

自分の部屋に入ると、広さはせいぜい3畳ぐらいで、高さは3メートルぐらいだろうか。だけど無重力ということもあり、なんだか広く感じた。

窓からは無数に輝く星々が見える。

大気が無いから、どの星もずっと白い点が光り続けている。じっと見ていると光が目に焼きつきそうだ。


視点を進行方向に向けると、月が見えた。地球で見るよりも大きい。近づいているのだろう。

これから向かう、僕たちの旅の終着点。


そして、その反対側には……


「もう、あんなに離れてるんだ……」


いつの間にか僕の部屋に入り込み、隣で窓をのぞき込むハルカが呟いた。

まあ単なる寝泊まりする個室だからいいが、少しはノックしてから入ってほしい。いや、ドアを閉めていなかった僕も悪いけど。


僕もハルカと同じ方向に目を向ける。その先には地球が見える。


「あれだけ加速したらね…。ハルカ、もう大丈夫なの?」

「…おかげさまでね。ありがとう、カナタ」


そう言ってハルカは僕の背中をバシンと叩いた。

どういう感情なのか分からないが、今は落ち着いたようで僕も安心した。


それから僕たちは、最上段の展望デッキに来ると、凄まじい光景が待ち構えていた。


半球状のガラスのような作りで、進行方向の宇宙空間がまるごと視界に入った。

天頂には月があり、その背後には無数の星の煌めきが映っている。まるで天然のプラネタリウムのようだった。

眺めるためのシートがいくつも用意されており、その中の二つにスコットさん夫妻が座り、ただ黙って眺めていた。

少し離れたところでは、教官がアイマスクをしながら寝ているようだった。


スコットさん達は僕とハルカに気づくと、


「やあ、ここにおいで」


と言って、隣の席をポンポンと叩いた。一緒に見ようというのだろう。


僕とハルカは素直にそこに座り、4人並んで静かに宙を見上げていた。

宇宙を一番近くに感じ取れる。

だけど、宇宙というスケールが大きすぎて、全く動いている感覚がなかった。ロケットは高速で動いているはずなのに。まあ、後で見に来たら、月は大きく見えるはずだ。


しかし、この展望台のガラスは割れることはないのだろうか。水族館のガラスよりももっと頑丈なのだろうが……。

もしくはそう見えるだけで、実はカメラで写した映像なのだろうか。分からなかった。


そうやって僕はいつも通り頭の中でごちゃごちゃと考え事をするけれど、周りは穏やかな時間のままだった。今はこの時間が心地よかった。

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