(更新26)
【ガンズ】
陛下と姫様の結婚式は一ヶ月後と決まり、公爵様も戻ってきたお陰で、やっと全員でダンジョンに潜る事が出来た。
十一階層にたどり着く。
『村』は消え、代わりに俺達の目の前に広がるのは草の海……
「……階層全体が見渡せるわね」
「俺の苦労はなんだったんだ」
ザップがげんなりしているが、確かに最初十一階層に来た時こうであれば楽だったかもしれない。
とはいえ、風景が変わるという十一階層の特性が解らない内は結局うろつき回っただろうから、最初がこの『草原』だったとしても同じだったろう。
「あの蟹がいますねザップさん」
エドの言葉通り、階層に広がる草原のあちこちに『森』で見た蟹が土をほじっている。
「見たところ宝箱の類いは見当たらない、この階層は変化しても宝箱は無いのでは?」
ノラに言われてザップは腕を組む。
「やっぱり実験場なんだろうなぁ、『宝箱』が無いって事はここに手をつけてくれるな、って事なんだろうさ。しょうがねぇ、先に進もうぜ」
宝箱は、いうならば増えた魔物を狩って階層を掃除する報酬の様なものだと以前ザップに教えられたが、それにあてはめれば掃除の必要無しという訳か。
「じゃあ十二階層へ行きましょう!」
先に進んでいいと判ってステラが嬉しそうだ。
まぁ『村』の惨劇を考えたら俺も長居はしたくない。皆も同じ様で、足取りは軽い。
「なんだか牧場みたいだな、牛の代わりに蟹がいるけど」
牧場?
「チャーリー、牧場ってなんだ?」
俺の問いにチャーリーが目を丸くする。
「え?ガンズさん牧場知らねぇの?てか、この世界は牧場無いって事?」
「……聞いた事無い言葉ね」
「ヴィーシャさんも知らねぇ?マジか!」
チャーリーによると牧場とは牛や馬などを放し飼いにして育てる場所だとか。天敵になる魔物を追い出して柵で囲った草原。なるほど、今度ゴルに教えて居留地でやれないか訊いて貰おう。
安定した肉の供給が出来れば、居留地の主要な産業になる。
「着いたぜ」
十二階層に続く階段への扉を開く。明るい十一階層から薄暗い階段へ。暗闇に目が慣れるまで待つ。
この階段のどこかに階層を繋ぐ転移陣があるらしいが、転移そのものに気付かないのだから凄いものだ。
「やっと十二階層か、扉の向こうに物音は……しないな、開けるぜ?」
十二階層の扉は部屋に続いていた。広めの部屋、奥にまた扉があり、床の右側には魔法陣が描かれている。
「……これ、転移陣だわ。何処に行くのかしら?」
ヴィーシャが調べるが、行き先が判らない転移陣か。
「扉にも魔法陣があるぜ、なんだこれ?」
「見せて……こっちは『魔物避け』ね。つまりこの部屋は安全地帯になってるわ」
「って事は寝床が確保出来たって訳だ。案外床にあるのはダンジョンの出口に行くのかもな」
「だとしたら一方通行よ?出口付近に転移陣は無いもの」
行き先の判らない転移陣を今使うのは得策じゃない。仮に出口に着くとしたら一方通行、それでは今までの道中が無駄になる。
「取り合えず、ここで休みまショうか、十二階層の探索は明日からにシまショう」
ドラスに促されて、野営の仕度を始める。
「よく見ると天井に換気口があるな、野営の為の部屋であってるらしい」
「至れり尽くせりだねぇ」
俺は焚き火に薪をくべながら言った。
「良い事でもないぞザップ、階層の最初にこんな安全地帯を造るって事は」
「何故だい旦那?」
「おそらく転移陣はザップが見抜いた通り出口行きだろう。野営が安心して出来て帰りも楽になっているって事はこの十二階層はそれだけ危険だって証拠だ」
出口への転移陣があれば、大怪我をしても助けられる可能性がある。
「……有り得るわね。ザップ、明日は慎重にいきましょう。この転移陣が何処に行くのかまだ判らないのだし」
「だな。怪我人連れて転移したら出口じゃなく他の場所じゃあ目も当てられねぇ」
焚き火に掛けた鍋が吹いた。ノラが皆の器によそう。
「換気口があるなら薪を用意してもよさそうなものだ。サービス精神旺盛な公爵様らしくもない」
「……そうね、ベッドもあるといいわね……ガンズ、いくら私でも叔父様に薪をねだれないわよ?」
俺の軽口にヴィーシャが乗り、皆に笑いがあふれた。
この部屋が快適なせいで逆に不安材料と感じるからな、少し気を楽にしておかないと。
食事を終えて不寝番の順を決める。
俺とエド、ヴィーシャの三人が最初の不寝番になった。
「焚き火は消しましょう、薪がもったいないわ」
そう言ってヴィーシャが魔法で明かりを灯す。消し炭の上に仄かな光源が浮かぶ。
「ヴィーシャ、悪いが明かりは換気口が見える様にしてくれ。あそこから魔物が入ってこないとも限らない」
俺の指摘にヴィーシャがもう一つ魔法の明かりを灯し、天井近くに浮かばせた。
「扉から魔物は来ないから気を付けるのは天井という訳ね」
しばらくして先に休んだ皆の寝息が聴こえてきた頃。
「……ガンズさんを見てると異世界に居るって実感しますね」
エドが俺を見る。
「そうなのか?」
「最初に会った時言ったでしょう?僕達の世界のオーガの話」
あぁ、魔物だという……
「どんな奴なんだ、エドの世界のオーガは?」
「そうですね、気を悪くしないで下さいよ?僕達の世界ではオーガは……最悪な魔物、ですかね」
ちょっと困った顔で続けるエド。
「見た目、ガンズさんとはだいぶ違いますよ、短い角があって、肌が黒みがかっています。言葉も通じない。一番の違いは文字通り『人喰い鬼』で、僕達の住んでいた村は一匹に壊滅させられました。僕達三人は数少ない生き残りです」
その事件がエド達に冒険者への道を歩ませる切っ掛けになったという。
「奴を見付け出して倒す事には成功しましたが、組んでいた仲間の半数は……」
「……なるほど」
相槌をうつ俺にエドは笑って言った。
「実際、奇妙な感じです。僕達の世界のオーガとガンズさんはまるで違う。ガンズさんはなんというか……理知的だ。物事を見抜く目があるし、思慮深い」
「おだてるなよ、大した事じゃない。頭が悪いから考え無しな行動をしない様に心掛けているだけだ」
どうも誉められるのは苦手だ。
「……いいえガンズ、貴方は頭が悪くないわ。ものを知らないだけよ、だから知ろうとする」
ヴィーシャまで話に乗ってきた。
「叔父様も以前貴方の発想を誉めていたわ、私だって貴方が協力してくれなければ回復魔法の開発を進められなかった」
そこまで誉められる様な事はしていない。実際に開発しているのはヴィーシャなのだから。
俺はちょっと口を挟んだだけだ。
「じゃあ、また口を挟んで欲しいものね。最近行き詰まってるから」
「おいおい、素人の思い付きがそう何度も上手くいくもんじゃないぞ?」
「まぁそうだけど……帰ったら相談にのってちょうだい」
エドがヴィーシャと俺の会話を聞いてくすりと笑う。
「ヴィーシャさんも僕達の世界のヴァンパイアとは違いますね、もっとも滅多に出くわさないから噂話ばっかりですけど」
「ヴァンパイアも魔物な訳ね?噂話ってどんな?」
「怒らないでくださいよ?噂話ですから」
「エド、貴方の世界の話であって私が言われた事じゃないもの」
エドはその言葉を聞きつつも、ちょっと言いにくそうだ。
「ええと、ヴァンパイアは日の光を浴びると死ぬ……とか」
俺もヴィーシャもエドの顔をまじまじと見詰めてしまった。
「……それってどれだけ信憑性があるの?日の光が毎日ある世界で日光に当たると死ぬ生物って生まれてくるかしら?」
「ははは、後は噛まれた者もヴァンパイアになるとか、流れる川を渡れないとか……」
「それは何か疫病みたいな扱いだな」
俺が呆れているとヴィーシャが笑う。
「世界が違えば住人も変わるのでしょうね、常識も違うでしょうし」
常識か……考えてみれば回復魔法も常識破りな代物だな、ヴィーシャが俺みたいな素人に意見を求めるのは俺が魔法の常識を知らないからかもしれない。
三人で喋っていると次の不寝番に決まっていたザップが起き出してきた。
「……ふぁあぁ……そろそろ交代か……ノラ、チャーリー起きな。時間だぜ」
「おはようザップ」
「お疲れさん、三人とも休んでくれ」
頭を振って目を覚ますザップに礼を言って俺達は休んだ……
────────
「さてと、準備はいいか?開けるぞ」
十二階層は薄暗い空間が広がっていた。
等間隔に石の円柱がいくつも並んで天井を支えている。『休憩所』よりもずっと天井が高く、暗くて見えない。
「この柱、光ってるな。ノラ、松明消してくれ」
ノラが松明に右手をかざすと炎が吸い込まれる様に消えた。右腕のサラマンダーが吸いとったのだろう。
石柱からの光のお陰で、周囲は見える。先が見通せる程ではないが。
魔物がいるならこんな薄暗い空間で灯りを使うのは悪手だ。灯りを目印に周りから集まられてはさすがに困る。
「柱そのものが光を出してまス。光り苔ではないでスね」
ドラスが爪で石柱をカリカリと掻きながら言った。
「取り合えず壁沿いに進んでみるか」
しばらく進んで行くとカサカサと蠢く音がする。足音……ならば随分多い。
「気を付けろ!」
やがて俺達の前に幾つもの脚を生やした魔物が現れた。
百足……?
長い胴体にゾロゾロと生えた脚は巨大な百足を思わせる。が、胴体の先にはヒューマンに似た上半身が付いていた。
手の指が異様に長い、顔は蟲を人型にした様で、蜂に似た大顎をガチガチ鳴らして突っ込んでくる。
ドスドスッと音を立ててノラの放った矢が立て続けに胸に当たり魔物の勢いを殺す。
それを合図に俺達前衛が飛び掛かった。
エドとチャーリーが魔物の上半身を相手する間に俺は百足の胴体に殴りつける。
ぐちゃりと音を立てて俺の籠手が胴体にめり込んだ、見た目程硬くはない。そのまま殴り続けると体液を撒き散らしながら胴体が千切れた。
とたんに人型の上半身は力を無くしくずおれる。
しかし。
長い胴体は向きを替え、尻尾の方をこちらに向けた。
尻尾にも同じ人型の上半身が付いている。
ヴィーシャ、ステラ、ノラの三人がそれぞれ魔法と弓で集中攻撃を与えるとようやく動きが止まる。
「そっちも切り離せ、こういう手合いはまだ死んでない可能性がある」
エド達に指示を出した後、俺はザップと魔物の死骸を検分する。
「どう思うザップ?俺達の数が多かったから然程の相手ではなかったが」
「気色悪ぃな、脚が人型の腕みたいな格好だ……そうだな、経験を積んだパーティーなら大した相手じゃねぇが……」
「……群れてこられたら嫌ね。特にこの階層みたいな広い場所だとね」
いつの間にか後ろに来ていたヴィーシャがザップの言葉を続ける。
「これだけ胴体が長いと一体で少人数のパーティーを囲めるわ。この魔物見た事ある?」
「いいや。だが殴った感触ではさして硬くなかった」
どうも変な感じだという俺の意見にヴィーシャが答える。
「……たぶん、叔父様の創った合成生物かしら?失敗作なのかも」
なるほど、失敗作だとしたら頷ける。敵をぐるりと囲むなら胴体はもっと硬くないと意味が無い。
「成功作も居るかもしれねぇぞ?コイツは弱い個体だっただけかもな」
それはあるかもしれない。
ザップが指摘した通り、脚が腕の様になっているのはこの巨体で壁や石柱をよじ登る事が出来るという事だ。
「……だから奇襲があるかもしれない。皆、辺りに注意してくれ」
百足モドキを解体中の皆に注意する。二つある人型の身体両方に心臓を持っているらしい。いい儲けになるが人型の身体から心臓を取り出すのは正直気分が悪い。
その後ザップが宝箱を見付けた。驚いた事に中にあった銭袋には十五枚の金貨が入っている。
「いい儲けだ。十一階層で宝箱が無かった分稼げるかもな」
「他にも宝箱があればね」
十二階層を壁づたいに半周を過ぎる。丁度『休憩所』の反対側に十三階層への階段を見付けたが、先には進まず『休憩所』に戻る方向へと進む。
「まて、何か来る」
「また百足野郎か?」
ギチギチと百足モドキとは明らかに違う音を立てて、薄暗い奥の方から現れたのは蠍……の様な。
「また嫌な姿だな」
ゆっくりと近寄ってくる蠍モドキ、蠍の頭がある所からまたも人型の上半身が付いている。おまけに毒針を持つ尻尾が二本。
「目を瞑って下さい!」
ステラが叫びながら魔物の顔面に閃光を放った。あまりの眩しさによろめいた魔物に向かってザップとドラスが両脇から後ろに滑り、尻尾の関節にナイフを突き立てる。
それぞれのナイフが関節の中の筋を斬ったらしく、二つの尻尾が途中からダラリと垂れ下がる。
目を押さえながら闇雲に巨大な鋏を振り回す魔物。
二つの鋏を俺が両手で握る。ミーシャに直してもらった籠手から電撃が走り、魔物の身体が小刻みに震える。
「翔べ!」
俺が腰を屈めるとエドが背中を踏み台に飛び上がり、魔物の頭を二つに断ち割った。
崩れる様に倒れた蠍モドキは断末魔の痙攣でひくついている。
「……また合成生物」
「さっきの百足よか強い感じだったが、なんだろなぁ……戦い慣れていないっていうか」
ザップの感想は間違ってはいない。
「人型の身体が付いている。なら武器防具を与えて訓練すれば強敵になるだろうな」
さっきの百足モドキもそうだ。俺達にとっては幸運だが、何も装備していないのは人型の身体を付ける利点が死んでいる。
蠍モドキが例えば盾を持っていたらステラの放った光を防ぐ事も出来ただろう。
『休憩所』に戻って話し合った結果、全員で魔法陣を発動させると、やはり一階層の出入口に転移した。
「……取り合えず帰りの時間は短縮出来たな」
しばらく十二階層で稼ぐ事になりそうだ。




