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(更新24)

【ガンズ】


一人だとダンジョン探索も三階層が限度だな、それ以上進めなくもないが、日帰りが出来なくなる。


血抜きした鳥竜を二頭ほど担いで食堂の厨房に入る。陛下が熊と呼んでいる大男の料理長に渡すと喜ばれた。結構いい食材らしい。



「ほい、心臓だ。売るんだろ?」


「あぁ、助かる」



魔物の心臓を買い取る店がどこかよく知らないがザップに頼めばいいか。


厨房から食堂へ直接行くと、カウンターの隅でノラが見慣れない女の髪をとかしていた。


長い銀色の髪、真っ白で光沢のある肌、ヒューマンともライカンとも、ましてエルフとも違う。


……誰だ?



「あ、いらっしゃいませガンズさん。お食事ですか?」


「……その声は姫様なのか!?」



驚いた。いや確かに翼や尻尾がある。


それでも別人の様に見えた。


まず髪だ。昨日までつるりとした頭が真っ直ぐな髪で覆われている。この髪は鱗が変化したのか?


顔付きもそれまでは爬虫類を人型にした様な違和感があったが、今は完全にヒューマン系の顔だ。瞳が多少細長いが、それほどおかしく感じない。


肩や腕など見える部分の鱗はとても細かく滑らかで、よく見ないと鱗がある様に見えない。



「……脱皮するとこんなに変わるものなんだな、姫様だとわからなかった」


「見違えただろうガンズさん、私も驚いた」



姫様の髪をとかし終わったノラの言う通り、見違えた。



「今回の脱皮は上手くいきましたわ。一度だけでは思い通りの姿になれなくて」



姫様はにこやかに言った。まぁドラゴンからヒューマンに姿を変える様なものだ、脱皮一回では上手くいかないだろう。


ノラと一緒に卓につき、晩飯を頼む。



「今朝ドラゴニュートの客人が訪れてな……」



食事をしながらノラが話し出す。



「……本格的に回復魔法の改良をする研究会が出来るそうだ。公爵様が戻り次第始めるらしい」


「それは良かった。完成したら俺も覚えるかな」


「……ガンズさんが魔法?なんだか……似合わないな」



クスクス笑うノラ。俺が魔法を使う姿を想像してみた様だ。



「それほど変でもないさ。回復魔法はパーティー全員が覚えて損は無い。これからは冒険者になる条件になるだろう」


「そうなると私はきびしいな、エルフは死霊術の才能が……」


「それでも元素魔法よりは使えるはずだ」


「そうかな?どうしてそう思う?」



いぶかしげに訊くノラに俺の考えを教える。



「エルフは魔力量の高い種族だ。ヴァンパイア、ドラゴニュートに次ぐ」



エールで飯を流し込む。



「この三種族はどれも術式を使う魔法を余り覚えない。ヴァンパイアは生来の精神魔法に、ドラゴニュートは飛行とブレスに魔力を使う。だから他の事に魔力を廻したくないからだ」


「それで?」


「エルフにも同じ事が言える。エルフは精霊魔法を使う。これに魔力を取られている。そして精霊魔法は元素魔法と被る。という事はエルフが精霊魔法を使うのは元素魔法が苦手、もしくは使い勝手が悪かったからだと思う」


「そういう風には考えた事が無かった。何故そう思う?」



俺は通りの向こうを指差す。



「ミーシャだ、ハーフエルフの。ミーシャは錬金術が使える。そして純粋なエルフと違って精霊と契約していない。他種族の血が混ざっているからではなく、精霊に魔力を食わせていないから錬金術が使えているのだと思う」



ノラは俺の考えを聞いて少しの間呆けた様な顔をした。



「貴方という人は……何故?貴方は私より魔法を知らないはずなのに」



俺は頭を掻きながら言った。



「まぁ、そうじゃないかという推測だ。戦場では敵の情報を集めて動く。情報を重ねて重ねて解らない部分は推測するしかない」



同じ事だ。


俺は魔法全般に対して門外漢だ。確かにノラよりも魔法の知識は無い。


だが、情報は集められる。


ヴィーシャは俺にとても解り易く教えてくれた。彼女は他のヴァンパイアが魔法を覚えようとしない事をよく嘆いていた。魔力量が多いのに怠惰だと怒っていた。


実は魔力量に余裕というものが無いのなら?


ヴァンパイア、ドラゴニュート、エルフ。


他種族を圧倒する魔力量を持っている三種族。だが、それぞれ他に魔力を使うあてがある。そちらを優先させれば当然、魔法を使うだけの余裕は無くなる。


ヴィーシャは精神魔法を使わない。若いし貴族だから血狩をする機会がほとんど無いままに『万民協和』でその機会は失われた。


精神魔法の為に魔力を温存する癖がついていないのだヴィーシャには。だからヴィーシャは他の魔法、死霊術を覚えた。


死霊術を覚えたのは魔法の先達である叔父の影響だろう。


そんな事をノラに話した。



「魔力を温存する癖……なるほど、言われてみれば私も精霊魔法を気軽には使わないな。しかし」



ノラは俺に疑問を投げ掛ける。



「私達エルフは魔法に適性が無いとよく言われているが?」


「それは元素魔法が主流だからだろう。本当に適性が無いなら精霊魔法も使えるはずが無い。精霊魔法だって『契約』に術式を使うと言っていただろう?今度ヴィーシャに習ってみるといい、ノラが死霊術を使えたら俺の推測も間違っていなかった事になる」



適性が無いなら術式も使えない。



「考えてみるとヴァンパイア、ドラゴニュート、エルフ、それに俺達巨人族は他種族より古い種族だ。そしてこれらの種族は術式を使う魔法に馴染みが無い。案外ヒューマン辺りが作ったのかもしれないな」



古い時代には術式を使わずにエルフは精霊と『契約』していたのかもしれない。術式を使う様になったのはその方がやりやすかったのかも。


ヴァンパイアの精神魔法は術式要らずの特殊能力だし、俺達巨人族に至っては魔力量が少ないから魔法を基本使わない。



「まぁ、俺は歴史を知ってる訳じゃないから、それこそ推測なんだがな」




────────



「おや、陛下だぜ」



一緒にのんでいたザップが俺に注意を促した。


夜も更けて食堂もそろそろ閉めるかという時刻。


今夜はあの鎧を着こんだ骸骨の『爺』を伴っておらず、代わりにゴルが護衛役らしい。ゴルが俺を見付けてニヤッと笑う。



「狐、余とこのオーガに夕食を頼む。……む?ここにもオーガがいたな、相席といこう」



俺を見付けた陛下が俺達の卓に座る。


……空いている卓はいくらでもあるのだが。



「久しいな……ガンズだったか。こっちのビーストマンは?貴様、顔はよく見掛けるな、名前は?」


「陛下、こちらは我々のパーティーのリーダーを務めておりますザップで御座います」


「ザップと申します陛下、お見知りおきを」



心得たもので俺が紹介するとザップは立ち上がって臣下の礼をとる。



「良い、楽にせよ。同じパーティーという事は従姉上とも一緒な訳か……ここだけの話、大変だな」



陛下はニヤニヤすると小声でザップに語りかけた。ザップもつられて苦笑する。



「いえ陛下、ヴィーシャ嬢には大変世話になっております……少々ダメ出しがキツいですが」



……二人とも悪い顔で笑うものだ。まぁヴィーシャのダメ出しは確かにキツいのだが。



「あぁガンズは知っているだろうが、こっちのオーガはゴルという。見知りおけ」


「陛下、今夜は骸骨の方が伴ではないのですね」


「爺は煩くてかなわん。こっちに来る時はゴルを伴う事にした」



あれのダメ出しも大概キツいのでなと陛下が眉をしかめていると料理が運ばれてきた。



「お、来たな、今日は書類決裁に時間を取られて腹ペ……コだ……?」



料理を運んできた相手を見て、陛下が固まった。


呆然とした表情で凝視する。



「殿、御待たせ致しました。お召し上がり下さい」


「…………奥?」


「はい殿……殿?」



どうなされました?と姫様が訊くが、陛下の耳に入っていない様だ。


もしかして脱皮したのを知らせていなかったのか?



「……驚いた、見違えたぞ奥」


「お気に召しませんでしょうか?殿に釣り合う姿にしたつもりでしたが…」


「いやいや、奥……なんというか……」


「陛下、気に入ったんならちゃんと誉めないと」



ザップが耳打ちすると陛下は我に返った。



「お?おぉ!そうだ!奥……以前にも増して美しくなった。うむ、その髪など似合っておるぞ」


「嬉しゅう御座います。一族は髪を生やしませんので難儀致しましたが巧く仕上がりましたわ」



あぁいけません、お料理が冷めてしまいますわお召し上がり下さいとカウンターに戻る姫様に、陛下は目を離せない様だ。


やがて咳払いをしつつ口を開いた。



「女は化けると巷では言うが、化粧無しで化けるか。なんとも末恐ろしい」


「陛下、そんな事言うとヴィーシャ嬢がまた」


「ダメ出ししてくるな。皆の者、今の台詞は忘れよ。王命だぞ?」




────────


それから数日後、俺は早めに探索を切り上げ、出口に向かった。


さすがに一人で潜っても深い階層に進める訳ではない、日帰りで出来る事も浅い階層でちょっと狩りをする程度。散歩の様なものだ。



「やはり一人だと暇だな、魔物もろくにいないし」



つい独り言が口に出る。自分ではそれほどお喋りだとは思っていなかったが、パーティーで歩くのに慣れてしまったらしい。


出口からダンジョンを出ると骸骨兵が作業をしていた。


『不在通知』の立て札を撤去している。という事は……



「公爵様がお帰りになったのか」


「先程御帰還シマシタ」



独り言のつもりが骸骨兵から返事がきた。


そうか、公爵様が帰ってきたのか。皆に知らせないとな。


宿屋に着いた時、クラウスの店から出てくるザップに出会った。



「ザップ、公爵様が帰ってきたぞ」


「本当か?となると陛下と姫様の婚儀もすぐだな!」



……そっちか?



「ザップ、随分楽しみにしてるんだな。俺はてっきり『ダンジョン探索を再開出来る』とか言うものだと思ったが」


「え?あぁ、まぁ……そうだな、いや俺は純粋に国民の一人としてだな」



ザップの取って付けた様な弁解に思わず笑いながら食堂に入る。


丁度他の面子も揃っていたので皆に公爵様が帰って来た事を告げた。



「それは良かった、じゃあ明日から探索再開ですね」


「さすがにこれ以上の休みは身体がなまっちまうからな」



皆が口々に喜ぶ。


やはりこの反応が普通だよな、ザップを横目で見ると目を逸らした。



「……あらザップ、喜ばないわね?さてはダンジョンに潜ると結婚式が観れないとか思ってる?」



ヴィーシャの言葉に皆が笑いをこらえている。



「……ヴィーシャてめえ聴いてたな!」



ザップが真っ赤になりながら怒鳴ると全員が爆笑した。ヴァンパイアだからな、表で喋っていた俺達の会話が聴こえていたらしい。


ひとしきり笑った後、ヴィーシャが続けた。



「いいわよ、結婚式が終わるまで待ってあげる。私も叔父様が帰ってきた事で研究会が始まるだろうし」


「一大イベントですものね?ザップさん私も期待してるクチですから!」


「ステラちゃん!そぉだよな?国王の結婚式を期待しない方がおかしいよな?」


「ぶふっ」


「ノラてめえまだ笑うか!」



まぁまぁとザップをなだめながら皆に言った。



「皆、ザップの言う『国民の一人として』っていうのは大袈裟だが、陛下は俺達冒険者を贔屓にしてくれている。祝わないのは義理を欠くというものだ」


「ありがとうごザいますガンズ殿」



ドラスが俺に頭を下げる……なんでだ?あぁ姫様は主筋だからか。


俺達の会話を耳にした他の冒険者達も活気づいてきた。辺りが徐々に騒がしくなってくる。


探索を控えていたらしくダンジョンに入る予定を組むパーティーもいれば、ザップみたいに結婚式に期待する会話も漏れ聞こえてくる。



「いいもんだな」


「どうしたのガンズ?」


「いやなに、ここしばらく全員で顔を合わせていなかったからな」


「そうね……って叔父様!?」



ヴィーシャがいきなり立ち上がった。


見れば眼鏡を掛けた妖艶な美女がニコニコしながらこちらにやってくる。



「やあヴィーシャ、ただいま」



俺達が呆気に取られているのも気にせずヴィーシャの隣に腰掛ける。



「ぃや~びっくりしちゃったよ、長旅から帰ってきたら甥っ子が結婚だって?ちょっと早いよね。まぁ僕が意見する事じゃないけど……あれ?意見する事かな?まぁいいや、ヴィーシャ元気にしてたかい?聞いたよ研究会を立ち上げるんだって?僕を座長にするって話らしいけど寝耳に水だよ、サウルも段取りってものを……」


「お、叔父様、いっぺんに喋り過ぎですわ」



ヴィーシャが公爵様を『魔法以外はダメな人』呼ばわりしていたが、今ので理解した。ダメな人だ。



「あ~ごめん、さっき王宮で色々聞いたからついね、あ!お姉さんエール一つ!ちょっと夕食には早いかな、でもお腹空いたし食べちゃおうお姉さん料理追加ね!」



ヴィーシャの注意もどこ吹く風、公爵様は口が止まらない。



「……なぁヴィーシャ、公爵様っていつも」「言わないで」



ザップの質問をかなり食い気味に止めさせて、ヴィーシャが頭を抱える。


ヴィーシャにとっていつもは自慢の叔父様だが本当に魔法だけの様だ。



「あ、あのう、公爵様?ちょっと質問いいですか?」



エドが小さく手をあげる。この公爵様に質問なんてエドは凄いな、尊敬した。



「うん、なんだい異郷の人?ええとお名前は?」


「あ、エドと申します。公爵様はリッチ……なんですよね?何故リッチに、魔物になろうと思ったのですか?」


「いい質問だ。それはね全てを知りたいからだよ」



給仕された料理を食べながら公爵様は続けた。



「全てを知る為にはヴァンパイアの寿命──千年の寿命でもまだ足りない。僕みたいな『知りたがり』は他にもいるが、僕と同じくまず魔法を極める。そして不死の方法を見付ける。リッチになったのは『全てを知る』準備なのさ」


「全て……魔法の全てですか?」


「違うよ全てと言ったら全てさ。この世界の……いいや全ての世界の全てを知りたい。当然君の元の世界も含まれる」


「それは……!」


「だが僕はまだ『知らない』」



そう言うと公爵様は食事に専念した。この話は続ける気が無いらしい。


ヴィーシャがエドに気の毒そうな顔をする。俺を含め他の皆は意味が解らなかった。『知らない』から何だというのだろう?


だがエドには通じたらしい。



「ありがとうございます公爵様、答は自分で探すしかないんですね」


「僕も探しているけど期待しないでくれ」



ご馳走さまと公爵様は席を立ち、食堂を出ていった。



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