(更新23)
【ザップ】
陛下が姫様を連れて遠出したとかで、見馴れない侍女姿の給仕が三人程で食堂を切り盛りしていた。
「珍しい事もあるもんだ、陛下がねぇ」
「姫様を放っておくのはよろシくありまセん、婚約者なのでスから少シは御機嫌伺いをスる気になったのでショう」
ドラスはそう言うが、食堂の給仕なんかしてるから姫様は放っておかれてるんじゃないのか?
元々政略的な名ばかりの婚約だって話は聞かされてるし、陛下だってお忙しい身だ。それで別居状態なんだから、お二人の時間なんてなかなか作れないだろうさ。
ちょくちょくこの食堂に陛下がやって来るのは、この宿屋を常宿にしてる冒険者達には公然の秘密というやつだが、一応お忍びな訳で、給仕をしている姫様と一緒にいられるものでもなし。
「気分転換くらいにゃあなったかねぇ」
陛下にはたまに息抜きしてもらわないと。なにせまだ幼年期だってぇのに王様やってるんだから。
「シかシ、お帰りが遅いでスね。もう陽が暮れまス」
食堂の窓には夕焼けで赤く染まる景色が映る。
そんな赤い景色を眺めながらエールを口にしていると、俺の耳に馬車の走る音が聞こえてきた。
「帰ってきたみたいだぜ?」
案の定、馬車の音は食堂の前で停まり、騒がしげな音が近付いて扉が開け放たれた。
「……から奥も狐も今日はもう休め!その為に替わりを用意したのだぞ?」
「陛下、給仕仕事は御言葉に甘えさせていただきますが、姫様の仕度はせねばなりませんので」
「そうですわ」
「すぐにとは言ったが別に明日ではないのだぞ?招待やら何やらで最低一月はかかるのだから」
……なんだか気分転換には程遠い感じかな?
食堂にいた俺達冒険者が陛下達のやりとりを訝しげに見ていると、それに気付いた陛下が俺達に向かって口を開く。
「皆の者!余と奥はこの度目出度く結婚の運びとなった!婚儀の日取り等はまだだが取り敢えず報告しておくぞ?他の者等にも触れて廻るが良い!」
「と、殿!」
余りの事に俺達は呆気に取られてしまった…
……え?結婚?
あれ?
陛下まだ幼年期だよな……?
……国王だからいいのか?
皆小声で話し合っていたが、誰かが拍手を始めたのを切っ掛けに皆が割れんばかりの拍手と吠えるような祝福の声を上げた。
「おおお~」
「陛下!奥方様万歳!」
「おめでとう御座います!」
随分早い気がするが、まぁ目出度い話だ!五十年は先と思っていたが、まさか御二方の結婚式が観れるとはね。
ふと、隣を見ればドラスが茫然としていた。
口をぱっくり開けて魂が抜けた様な有り様だ。
……リザードマンだからなぁ、主筋にあたる姫様の突然の結婚となれば驚きに固まってしまうのも無理はない。
……とはいえ、口を開けっ放しのイグアナ面は間が抜けてる。俺はドラスの下顎をひょいと手で閉めた。
────────
「……とまぁ、そんな感じでな」
翌日。俺は皆に昨日の話をしていた。
因みにここはクラウスの店。クラウス達にも聞かせれば、 一度に話が済むからな。
皆の反応は様々だ。
クラウスやガンズは笑いを堪える様な顔。
反対にヴィーシャとドラスは表情が消えている。ノラは主人であるヴィーシャの顔色を伺っている。
エド達ヒューマン三人とミーシャは陛下や姫様と馴染みが薄いから、ポカンとしている。
「ヴァンパイアとドラゴニュートって普通結婚するものなんですか?」
エドが俺に訊く。
「無い無い、種族として血統が違い過ぎる。それにいがみ合っていた仲だ」
「しかし陛下の御結婚を観れるとは思わんかったのう」
「………あ、あのチビ!」
「主人、お気を確かに。それ以上はいけない」
昨日、王家周辺はかなり濃い一日だったらしい。
まず陛下がドラゴニュートの自治区に軍を進めて包囲。
ドラゴニュートの上層部は首のすげ替えが行われた。
これはドラゴニュート側から行われた事で、長老会のやり方に反発する勢力によるものらしい。
陛下の挙兵は渡りに舟と、利用されたとも言えるが、陛下にしてみても要らぬ戦を回避出来た訳だ。
で、主流になった反発組を更に取り込むべく、代表を貴族に取り立てる事を確約すると共に結婚の前倒しを決めた。
……とまぁ、そういう流れらしい。
「で?いつになるんだ、その結婚は?」
ガンズが訊いてきた。ガンズは元同僚とやらにその事を訊いてみたらしいが、要領を得なかったそうだ。
「あぁ、姫様が『次の脱皮が終わるまで待って欲しい』ってさ。なぁドラス」
「脱皮の時期が近いでスから……式と重なるのはよろシくありまセん……はがれた皮が残るので……お顔とかに」
あ~顔がボロボロな時に結婚式とか女性にはきついわな。
しかしドラスはまだショックから立ち直れないのか?目が死んでる。
「あぁそうだ、忘れるとこだった。ヴィーシャ、陛下からの伝言でな、『回復魔法の研究会を立ち上げるから混ざれ。暇な時に顔を出す程度でいい』ってさ」
「……やっと始める訳ね」
ヴィーシャにしてみれば陛下の耳に入った時点で立ち上げるものと考えていたらしい。
面子の選定やら調整やらでまだ先の話なんだろうけどな。
『暇な時に』ってのは俺達の探索仕事を優先していいって事だ。こっちも生活かかってるからな。
【ノラ】
ザップさんから陛下の結婚話を聞いて数日後、主人に来客があった。
「失礼。こちらはヴィーシャ様のお部屋と伺いました、御在宅でしょうか?」
「どちら様でしょうか?」
客人はドラゴニュートだった。
姫様以外でドラゴニュートを見るのは初めてだ。姫様とはだいぶ違い、ドラゴニュートと聞いて思い浮かべる姿とほぼ同じと言っていい。
イメージと違うのはだいぶ細身だという事と、背中の翼が腕の様になっていて、これでは飛べないのではないかと思われる事。
「私、チャドランと申します。国王陛下の御紹介で参りました」
「ノラ、入っていただいて」
主人は促すとドラゴニュートに席を進める。私はお茶の用意を始めた。
「はじめまして、チャドランと申します。国王陛下の命により回復魔法研究会に名を連ねる事となりました。以後宜しくお願い申し上げます」
「御丁寧にどうも、私がヴィーシャですわ。回復魔法の研究を志す方が集まる機会が生まれた事、喜ばしく思いますわ」
「左様、回復魔法を完成させるという事業に参加出来ます事、私を含め研究会一同ヴィーシャ様には感謝いたしております。回復魔法発見の報を聞いた時は胸が震えました」
お茶を揃えた後、邪魔にならない様に下がり、チャドランというこのドラゴニュートを観察する。
姫様と全く姿が違うので比較にならないが、ドラスさん──リザードマンだけれど──と比較しても細身だ。年齢的にはやや年輩なのだろうか?
「ところで座長はどなたがなされますの?」
「勝手ながら公爵様に御願いしようという事に。御不在だそうですが、やはりここは死霊術の大家ですので」
「叔父様が参加なさるのでしたら完成は程近い事でしょう」
主人はお茶を口にすると続けた。
「一つだけ確認させていただきますわね、魔力量の少ない種族でも扱える事を完成の必要条件とするのですわよね?」
「無論ですとも。もしそれが条件に入らないならば、既にヴィーシャ様が発見された方法で完成と言えるでしょう」
「それを聞いて安心しましたわ。実のところ一人ではこれ以上の進展が望めませんでした」
細かい話はまた後日という事で、程無くしてチャドラン氏は帰っていった。
茶器を片付けながら主人に訊いてみる。
「今の方はご存知でしたか?」
「……チャドラン師、元素魔法の使い手として名の知られた人よ。ドラゴニュートの魔法使いって少ないから、っていう理由が大きいけど、本人の力量もちゃんとあるわ」
ドラゴニュートは飛行能力やブレス能力を持つが、それらは肉体的な力だけでなく魔力によって補完されているのだという。
「だからドラゴニュートって基本的に魔法を覚えないのよね、魔力量は多くてもそっちに使うから」
数の少ないドラゴニュート魔法使いは当然ながら主流派ではなく、長老会が瓦解した事で自分達の存在意義を周囲に認めてもらう機会がやってきた、そういう事らしい。
「あの方、翼を変形させていたでしょ?それに嘴を普通より細くしていた。魔法を研究する為に飛行もブレスも捨てているのよ」
主人によるとドラゴニュートは脱皮をする毎に自らの姿を思うように変えていくのだとか。なるほど姫様などはだいぶ普通から外れている訳だ。
「それにしても、体型を変えないと魔法を使えないものなのか?」
「まぁそこまでする必要はないでしょうけど、心意気というものかしらね。嫌いではないわ、そういうの」
────────
午後、ザップさんより連絡があって、ダンジョン探索は公爵様がお帰りになるまで休みにするという。
「ちょっと十一階層はトラウマになりそうだ。あの村から変更されるまで休みにしようや」
と、ザップさんは言っていたが、主人に言わせると
「あれは陛下の結婚式を観たいから言ってるのよ。ダンジョンにいる時に始まったら観れないでしょ?日付が決まるのを待つんじゃない?」
……今のところパーティー各人の財布事情は余裕があるだろうからかまわないけどね。と主人の言。
国王の結婚式なら王都はお祭り騒ぎになる。ザップさんなら見逃す訳がないだろう。
そんな訳で公爵様のお帰りまで約一週間程ダンジョン探索は休みになった。
ガンズさんは浅い階層を一人で行ってみるそうだ。探索というより訓練に近いのか。
夕方、主人に頼まれて部屋の賃料を払いに行った。その帰りに風呂に寄る。
遅い時間だと男性客でいっぱいになる。頼んではいるが仕切りがまだ無い、早いところ仕切りを付けて男女分けて欲しいものだ。
風呂場には先客がいた。ざばざばと手桶で何度も湯をかぶっている。
そんな仕草に男かと一瞬焦ったが、よく見ると女、それも姫様だった。
「こんばんわ姫様」
「あ、ノラさん!丁度良かったわ。手伝って下さらない?」
いつもなら鱗が白く輝いている姫様の身体が変にぼやけた色をしていた。
こちらを向いた顔はむくんだ感じで皮があちこちめくれている……
「脱皮が始まりましたので、脱ぎ易くしていたところなんです」
そう言って姫様は自分の首回りに鋭い爪をたて、ぐるりと線を引く。
切れ込みを作って襟を拡げる様に皮をむき始めた……
「背中の方、御願いします。引っ張って下さいます?」
「あ、あぁこんな感じか?」
みりみりっと皮がはがれる感触、あまり気持ちのいいものではない。ぞわぞわする。
姫様は手桶の湯を皮の間に流し入れていく。
皮の間に隙間があるのだろう、姫様の足や尻尾に湯が溜まり、革袋の水筒みたいになっていく。
言いたくはないが、正直気味が悪い。
「そろそろ大丈夫ですわね、ノラさん力を入れて一気に引っ張って下さい。こぅベロッと」
「ベ、ベロッと?」
「はいベロッと」
……凄く嫌だ。
気分的にはお断りしたいのだが致し方ない、力を入れて引っ張りはがしていく。
はがした後の身体はいつも以上に美しく輝きを放っている。
むけていく皮は極力見ないようにして、翼や尻尾の皮をはいでいく。
私が背中をむいていく間に姫様は身体の前面を処理していった。
「あぁさっぱりしました。お陰で早く済みますわ」
後は首から上だけだ。どうも後頭部がモコモコしている。
姫様はその後頭部に爪で裂け目を入れると一気にすっぽ抜いた。
そのとたん。
銀色の長い滝が流れた。
いや滝ではなく髪?
……髪だ!
今まで無毛で鱗に覆われていた頭が、豊かな髪に変わっていた。
振り向いた姫様は顔も変わっていた。爬虫類っぽい耳まで裂けていた口に頬が出来て、より人型になっている。角は心持ち伸びた様だ。
「助かりましたわノラさん、有難う御座います……ところで……あのぅ……」
姫様は恥ずかしそうな、困った様な顔で私に訊いた。
「……髪の御手入れって……どの様にするのでしょう?」




