(更新22)
【サウル】
「水没林自治区ドラゴニュート長老会代表、ドレイズ殿!」
文官の読み上げが謁見の間に響き渡る。
玉座に座る余の前に進み出たのはこれぞドラゴニュートといった堂々たる容貌の男だ。
「陛下には御機嫌麗しゅう……」
「久しいな、ドレイズ。息災でなによりだ」
コイツに挨拶をさせると長々と喋り続ける。聞いているだけで疲れるのだ、さっさと切り上げさせるのがいい。そうしないと本題の主導権を握られかねん。
「今日は如何した?あぁ、奥の事なら安心せよ。今は他出しているが会いたいならすぐ呼び戻すぞ?」
『奥』という呼び名に一瞬誰の事かと思ったらしい、訝しげな顔をしたが自分達が差し出した姫だと気付いて憮然とする。
未だ婚約者であるはずの姫を結婚後に呼ぶ『奥』様呼ばわりされて腹を立てるな。お前達が見繕った程のいい『人質』だろうが、あの姫君は。
「はっ、仲睦まじい御様子、我等ドラゴニュート一同御祝い致しております」
よく謂うわ、心にも無い事を。
「して?御用件を伺おうか」
「はっ、我等ドラゴニュート及び眷族たるリザードマンの住まう自治区についてお願いしたい儀が御座います。我等が自治区、民の増加著しく手狭と相成り申しまして、土地の拡張をお願いしたく存じます」
……ほお?そうきたか。
嫁候補をくれてやったのだから融通しろという訳か。
「民の増加と言うが、何も余は自治区に押し込めておく積りはない。増えた分は近隣の村等に移住をするが良かろう?元々お前達の住処を自治区にしたのは他種族がお前達を畏れて要らぬ衝突をせぬ様に図った為。お前達が他種族と拘り無く過ごせるなら必要無い措置だ。どうだ?お前達もミノタウロスやヒューマンと共に鍬を奮い畑を作らんか?」
ドレイズめは余の言葉に不満の声をあげた。
「笑止な。我等誉高き一族に下賤の輩と共に和せよと申されるか?」
「はて?余が『万民協和』を謳ったのを知らぬのか、ドレイズ?共に手を携える相手を下賤とは。今の貴公の言葉、王命に背くものと捉えられかねん。撤回するなら不問としよう」
ドレイズが肩をいからせ顔色を変える。
「古の竜の末裔たる我等一族を猿や狗共と並べて語るとは!『万民協和』などと嘯くが、ヴァンパイアが専横を正当化せんとするこじつけではないか!?」
「こじつけとは酷い。『万民協和』を実現する為、余を始め夜行性の我等一族は昼の世界に住まい、他種族を襲わず、生きるに必要な血を配給で賄っている。一族が専横と言うが、政治中枢を担うには長命種が適任故のこと。とは言え、いくら長命種でも他種族を猿だ狗だと宣う不遜な輩に任せる訳にはいくまいよ?」
「ふ、不遜?不遜だと?」
ドラゴニュートは頭に血が昇り易い。
軽くつついただけでこの有り様、もはや後には退けまい。
「……小僧、後で泣きを見るなよ」
「お帰りはあちらだドレイズ。あぁ、奥は返さんぞ?誠に善い婚約者殿だからな」
「要らぬわ!失礼する」
いや全く失礼だよ羽虫。しかし余は貴様に感謝しよう、実に有り難い。
お陰で攻める口実が出来たのだからな。
────────
「奥!狐!居るか?おぉ居たな」
「これは殿、おはようございます。こんな朝早くに如何なされました?」
陽が昇り切ると同時に来訪した余の姿に奥が驚く。
「うむ、奥よ、今日はこれより遠出に出掛ける。伴をせい」
「ですが食堂の仕度が」
「安心せよ、替わりの者を連れて来た。お、狐その手に持っているのは何だ?」
「はい、御昼で御座います陛下」
打ち合わせておいたとは言え手回しが良いな?……熊か、旦那の熊に頼んでいたな?
何がどうなっているのか理解出来ていない奥を有無を言わさず馬車に乗せ、余と狐の三人が乗った馬車は中央門を抜ける。
その時には待たせておいたライカン・ビーストマン混合部隊、エルフ弓隊、新設オーガ隊、そしてヴァンパイア近衛隊が合流した。
「と、殿?いったいこれは……」
「なに、恐れる事は無い。余達は景色を眺めながら熊の昼飯を楽しむだけだ。まぁ景色だけでは味気無いのでな、この者達は……そう、余興だと思えば良い」
普通の遠出とは異なり軍隊を率いてとなれば、馬車の速度も並では無い。
ほぼ全速と言って良い馬車の揺れる事揺れる事!尻が痛くなってくる。まぁ無茶苦茶な速度のお陰で奥がそれ以上質問する余裕が無くなったのは有り難い。
「……おぅ着いたぞ、いや酷い道中だった。だが無理をしたお陰で昼前に着いた」
「こ、此処は我等の水没林?殿!何用があっての事ですか?」
驚く奥を脇に控えさせ、余は爺を呼ぶ。
「爺!何処か?」
「若、こちらに。仕度は調っております」
連れて来た余が伴回りに加え、既に配置済みだった爺の骸骨兵団が集合し、大兵力が水没林自治区に現れる。
「こ、これは如何した事!?陛下!?何故ここに?」
現れたのはリザードマンに護衛をさせたドラゴニュートの長老が一人……名前なんだったっけ?まぁ良い。
「おぅ長老殿!本日は良い日和だな、早速で悪いが自治区を明け渡して貰おうか」
「なんですと!?」
「殿?」
「何も不思議ではあるまい?貴様等ドラゴニュートは他種族を下賤と考えている様だ。余が『万民協和』に反する。その様な輩に自治など与えてはおけぬ!」
「お、お待ちを!先日の謁見の次第、昨夜やっと耳にしたばかり。お詫びをいかにすべきかこれより談合する手筈で御座いました」
「……聞けぬな。ドレイズを代表として送り込んだからには長老会、ひいてはドラゴニュート全般同じ思いであろう!貴様等が道は二つ!この国を去るか、自治を捨てて他種族と和するかだ!選べ!」
「無体な!?」
「それとも矛を交えるか?ヴァンパイア近衛隊も楽しみにしておる。一時間くれてやる。好きな道を選ぶが良い」
それ以上有無を言わさず長老を帰すと余は狐に言った。
「狐、昼の仕度をせい。景色を楽しみながら熊の弁当をいただこう」
────────
「……殿、いえ陛下。これはどういう事なのですか?」
昼飯を楽しんでごろりと横になると、それまで黙っていた奥がやっと口を開いた。
「どうもこうも、聞いた通りだ。足並みを揃えようとせぬ者に灸をすえる、ただそれだけの事」
「だからと言って自治権の剥奪などと!」
「なまじ自治などくれたものだから図にのるのだ。聞けば光神教を軸に東側諸国が纏まりをみせておるそうだ。その様な折りに国を内側から蚕食されては困る」
奥を横目で見ながら続ける。奥は怒った顔も美しいな。
「奥もあの者等を老害呼ばわりしていたではないか?喜べ、大掃除が出来るのだから」
「な!?何故それを!?」
「……奥、ドラゴン語が他種族に発音不能だとて、詰めが甘いな。発音出来ずとも聞き取りは可能だ。なぁ狐?」
思わず立ち上がる奥に、狐が丁度淹れた茶を差し出す。
『どうぞ、姫様』
……ドラゴン語?
「……驚いた。狐喋れるのか?凄いぞ」
「発音が無理な言葉が多くて難儀致しております、陛下」
しれっとして言う狐の言葉に、力を失った奥が座り込んだ。
「……参りましたわチャルさん。『狐』とはそう言う意味でしたか陛下」
「いや、獣化すると狐そっくりだからだが?」
奥が何か勘違いした様なので訂正させて貰う。狐は獣化すると赤茶けた毛並みなので狐。因みに旦那はでかくて獣化してもしなくても熊そっくりだから熊。
毒気を抜かれた顔をして奥が笑う。
「それでは陛下、私はこれで」
「何処にいく積もりだ?奥、奴等は奥を要らんと言った。これまで通り奥は余と共に居れ」
また立ち上がりかけた奥の手を取り、座らせて言った。
「要らんと言う者等に奥はやらん、これまで通り余の事は『殿』と呼べ」
「名ばかりの婚約で御座います」
「いや、これまで以上にこの婚約には意味がある、意味が出来る。奴等の出方がどうであろうとも、だ」
「陛下……」
「『殿』だ。頭の良い奥なら解るだろう?」
涙を浮かべる奥を見ない様に──見たいのだが──横にした身体を起こす。さて、長老会め、どう出る?まぁ奴等の事だ、反抗一択だろうが。
そろそろ刻限だ。
水没林の向こうが騒がしくなってきた。
予想通り一戦交える気か?と爺に合図し臨戦態勢を調えさせる。
……が、騒がしくしてはいるがいつまで経っても戦口上の使者は来ず、さりとていきなり突撃がある訳でもない。
はてな?
暫くしてぞろぞろと現れたのは……
長老会の面々を縛に掛けて引き連れた若手のドラゴニュート達?
「陛下、返答遅くなり申し訳ございません。この者達を引き渡します。我等は自治権を返上致す所存に御座います」
おぅ、内乱か、さっきの騒ぎは。
「爺、引き取りの手続きを。貴公達、それで良いか?まぁいいんだろうな」
「我等は陛下の創る新しい時代を見てみとう御座います。ドラゴニュートだヴァンパイアだと時代錯誤と言うもの」
「長命種の年輩はなかなか時代に乗れぬもの、貴公達も余達もお互い胆に命じておこうぞ?」
「はっ、有り難い御言葉を賜ります」
「代表の者は後日王宮に来い、自治権は返して貰うが、貴族として取り立て領地権を認めてやる」
若手のドラゴニュート達を残して、帰り支度を始める。面倒が無くて良かった。
馬車に乗り込む際、奥に言った。
「さて、帰ったら婚儀の仕度だ。狐、采配を頼むぞ、熊を連れて来い」
「若!性急過ぎます!」
後五十年も婚約してられるかあほらしい。今を逃したらまたいがみ合いが始まるわ。
この婚儀で我が国を一つに纏めるのだ。




