(更新20)
【ガンズ】
ダンジョンの支配者が不在中に探索というのも妙な気分だが、地図作成の為にまた俺達は十一階層の階段まで来ていた。
取り合えず、十二階層への階段は前回の探索時に見つけてはいたのだが、ザップは地図を完成させたかったらしく、前回は道と川を探索して終わっていた。
道は単純に十階層からの出入口の扉と十二階層への出入口の扉を繋ぐ一本道、多少蛇行してはいたが階層を半分に分ける形になっていた。
川も同じ様に階層を分けていて、天井から俯瞰すれば道と川で階層が4つに分けられているのが判るはずだ。
「なにしろ広いからな、どこかに何か置いてあるかもしれねぇ」
「何かって何?」
「それを調べるんだろ、皆いいか?開けるぞ」
そう言ってザップが開けた扉の向こうには……
……村があった。
「十一階層……ですよね?ここ」
「……森はどこに消えた?」
皆辺りを見回し、呆気にとられた。扉を開けたザップなどは眼が点になって固まっている。
どこをどうみても『街道沿いの村の入口』といった風情。木々に囲まれた簡素な家々が軒を並べる。
「ザップ殿、向こうに水音がシまスよ。滝なのでは?」
ドラスの言葉にチャーリーが地面を見て言った。
「道の形も前回と変わってない気がするな、ほらそこ、道の脇に半分埋まってる石に見覚えがあるぜ?」
「……おい、まさか階層の中身が変わるのか?道と川はそのままで?」
俺がそう言うとザップはその場にへたりこんだ。
「……お、俺の苦労が」
「ま、まぁ道と川は変わらないわけですし」
俺達は気を取り直して『村』へ入った。当然の事なのだが、誰も居ない。『村』の中心部には川が横断して見覚えのある橋が掛かっている。
『宿と飯』を示す看板を掲げた建物に入りひとまず休憩にする。
「……この景色、毎回変わるのかしら?」
「でも道が変わらないんなら地図は完成……でいいんですかね?」
「俺ぁちょっと心が折れた」
ザップの嘆きを聞きながら、俺は厨房を覗いてみる。
棚には食器が綺麗に重ねてある。だが作られたばかりといった感じの、皿に盛られた料理は日が経って痛んでいた。
「凝ってるわね、『住民が煙の様に消えた』みたいな状況を再現したのかしら?」
いつの間にか後ろにいたヴィーシャが呟く。
「そんな事、現実にあるのか?」
「聞いた事無いけど……『森』に比べて嫌な感じだわ。ただ『村』を再現するなら料理なんて要らないでしょ?要るのなら出来立てのものを用意していいはずよ」
ヴィーシャは天井を見回す。
「蜘蛛の巣とか無いわね……『打ち捨てられた村』って設定でもない……?」
腐った料理に蜘蛛の巣ならヴィーシャが言った『打ち捨てられた村』というのも解る。
「『腐った料理』じゃなく『日が経って痛んだ料理』だ、蜘蛛の巣が張る程には時間が経っていない。埃も溜まっていない」
「……なら『住民が消えて一日か二日』ってところ。そこまで細かい設定で、どんな実験をするのかしら叔父様は?」
「これが本当にあった出来事ならゾッとするな」
「……やっぱり嫌な感じだわ」
皆のところへ戻り、今みた話をすると、卓に突っ伏していたザップが顔をあげた。
「……それであちこちの家から臭ってたのか。確かに変な話だな、手分けして探ってみるか」
二手に別れる事になった。俺はヴィーシャ、ノラ、そしてドラスと一緒に道の左手を探りに、手近な家に入る。
「ここは鍛冶屋ってとこね」
馬の蹄鉄を取り替えるのを生業にしている鍛冶屋という設定だろう、街道沿いの村にはよくある。
磨り減った蹄鉄や抜いた釘が散乱していて、片付けが下手な感じだ。
……そんなところまで再現するものか?
前回予想した様にこの階層は野外を想定した実験場である事は間違いない。
……間違いないのだが。
「さすがにやり過ぎじゃないか?何の実験をする気なんだ?」
この鍛冶屋は夫婦に子供二人の設定。食卓に盛り付けられた料理の皿を見れば判る。子供部屋にベッドが二つある事も確かめた。
「料理の痛み具合も時間的に同じだわ」
「ガンズ殿、ちょっとよいでスか」
家の裏からドラスが声を掛けてきた。
裏には共有のものらしい井戸があり、家の裏口との間に桶が一つ転がっている。
「この桶、台所に水を運ぶものじゃないのか?」
ノラの見立ては恐らく正しい。この家の台所に裏口がある。
「嫌な想像をシまシた。家の手伝いに水を運ぶ子供がここまで来て……」
「……消えた?ドラス、ここはダンジョンよ、本当の村じゃないのよ」
しかしドラスの想像は俺も感じた。
ちょうど桶は裏口と井戸を結ぶ直線上に位置する。
……ちょっと待て?
井戸……?
「ドラス、井戸に水はあったか?」
「はい、ちゃんとありまス」
「おかしい、おかしいぞ」
「ガンズ?」
「直ぐそこに川がある。何故ここに井戸がある?必要無いはずだ」
道と川は前回と変わらない。川の水を俺達は飲んでいる。
必要なのは水を汲む為の足場であって井戸じゃない。
「ヴィーシャ、井戸が必要な理由は?」
「……川が無いから……いえ、この『村』は『川が無い村』?ただ単にそれらしく作られた設定じゃなくて、本当に存在する村をモデルにした?でも……」
「そうだ。料理がある。モデルにしたんではなく地上から『転移』させたんじゃないのか?」
「ガンズさん、なら住民は?」
俺達は顔を見合わせた。
「お~い!」
ザップが顔を出した。
「ちょっと来てくれ」
見せたいものがあると言う。俺達はザップの後について向こうに合流した。
「宿屋の地下に酒蔵があったんだが……」
酒蔵への階段の前にステラがしゃがみ込んでいた。顔が青い。
「ステラ、無理するなよ?楽にしてろ」
声を掛けながらザップは階段を降りていく。
「……これだ」
大きな酒樽が寝かされているそのそばに、それはあった。
一言で言えば、水溜まり。
湿気を嫌う酒蔵の、きれいに均された石の床に水溜まりがある。
水溜まりは倒れた人の様な形に見えて、片方の手に見える部分にコップが転がっている。
水溜まりに指をつけてみると、滑りがある。粘つく液体は酢漬けの様な臭いがした。
「イタズラでこさえた様にも思えるけどな、それにしちゃあ悪趣味だろ?ガンズさん」
「僕にはこれが……人だとしか思えない」
「どうしてこうなったのかは解らないが、これはこの村の住民だ。そして一瞬でこうなった」
俺は断言した。
「……上にあがりましょう」
────────
『村の宿屋』の食堂で、皆バラけて座った。
誰も口を開かない。
皆気分が悪かった。
特に俺が『井戸』の話をした後は、ステラは泣いてしまうし、エドもチャーリーも頭を抱えてしまった。
「……ガンズ、貴方はどう思う?これは『転移』の影響なのかしら?」
もし転移の副作用なのだとしたら、エド達三人にとって他人事ではない。一つ間違えば自分達も……
……いや待て?
「ヴィーシャ、前回十一階層に来た時ここは『森』だった」
「……?それが?」
「あの『森』には魔物がいた。でかい蟹や蜻蛉モドキが。もしあの『森』も『転移』したものなら、奴等も水になっていなければおかしいぞ?」
ヴィーシャ、そして俺の言葉を聞いていた全員が、はっと顔をあげた。
「まさか知的種族は『転移』の影響で溶けて、魔物や森の木は溶けないなんて訳がない」
「なら何でこんな事になってるの?」
「二つ考えられる。一つは公爵様のイタズラ、サービス精神旺盛な方だしな」
「叔父様はこんなイタズラしないわ」
「もう一つは、この村には魔物がいた。そいつは一瞬で獲物を溶かす。村が全滅したのは『転移』前か後かは判らない。前なら魔物はいない、後ならまだこの階層にいる」
「獲物を溶かす魔物?」
「そいつは生き餌しか食べない、だから料理は残った」
ザップが俺に訊いた。
「旦那、そんな魔物に心当たりあんのか?」
一つだけある。
────────
「もし俺が予想している魔物なら、奴は一匹だ。群れないからな」
俺達は外に出た。物影の多い建物の中は奴の独壇場になる。
「叔父様がいないからこの階層はしばらく変わらないと思うわ」
奴を倒さないと今後しばらくは十一階層を探索出来ないという訳だ。
「小さな村一つ、一匹で全滅か」
「なぁ、二~三日前なら満腹で襲ってこないんじゃないのか?」
チャーリーの疑問に俺はかぶりを振る。
「動くものには何でも飛び掛かる。奴は麻痺毒を持っているからな、獲物を生きたままため込む」
「じゃ、じゃあもしかしてまだ生きている人も……?」
「……諦めろステラ、奴の麻痺毒は脳をやられる。毒が抜けても回復しない。回復魔法が効くかもわからない」
「そんな……」
俺達は少し間隔を開いて辺りを探索する。固まり過ぎると警戒されるからだ。
後衛の女性陣を中心に固め、他は回りを緩く囲む様に。こうすれば誰かを襲ってきてもまず女性陣が牽制して奴の足止めが出来る。
「……いい景色なのに、嫌になるな」
ザップの言う通り、辺りの景色だけを眺めているなら惨劇の舞台には不似合いな村だ。
何も起こらず、小一時間が過ぎようとしている。
チチチッ、と慌てた様に小鳥が飛び立つ……!
「来るぞ!」
俺が叫ぶのと屋根の上から奴がエドに襲い掛かるのは同時だった!
「ぅわ!?」
反射的に盾で振り払うエド。
奴ははねあげられた身体を空中で回転させ着地の体勢をとるが、着地の瞬間奴の横腹にノラの矢が突き刺さり、その勢いで地面を転げた。
「蜘蛛!?」
やはり俺の予想通りの奴だった。『狩蜘蛛』、太く長い四対の脚、黒光りする毒牙。ヒューマン程もある体躯。
「牙に気を付けろ!」
細い腹にはノラの放った矢が刺さっているが、蜘蛛にとって腹は急所とはいえない。体勢を整えて一番近いエドを狙ってまたも飛び掛かる。
その進行方向へ牽制の魔法弾と矢が地面に突き立つ。狩蜘蛛は横に飛びさすってかわす。
その間に俺は狩蜘蛛との距離を縮め、殴りつける。が、素早い動きで俺の籠手はかわされる。
「脚だ!脚を狙え!」
奴の戦い方は脚力を使っての一撃離脱、何とかしてあの脚を止めなければならない。
「くっそ!ちょこまかと!」
ザップ達も近寄り狩蜘蛛を囲む様に動く。
牙を閃かせて俺に飛び掛かる狩蜘蛛、だが籠手で防ぎ脚を一本掴む。
そのまま地面に叩きつける、しかし狩蜘蛛は俺の掴んだ脚を自ら切り離し、囲みを破る。
「しまった!」
俺達の攻撃をかわし、囲みを抜けた狩蜘蛛が向かう先は後衛組。ノラとステラの攻撃をすり抜け、空中へ跳ぶその先にいたのは……
「ヴィーシャ!」
ヴィーシャの右手が飛び掛かる狩蜘蛛へ向かって伸ばされると、瞬間その腕が肩から消えた!
その腕がまた見えた時には、ドシッと重い打撃音が響き、狩蜘蛛は地面に潰れていた。
ヴィーシャは自分の右手を見て気持ち悪そうに顔をしかめる。平手打ちで叩いた狩蜘蛛の体液が掌から滴っている。
「……井戸に水有ったわよね?洗ってくるわ」
小走りに井戸へ向かうヴィーシャを見送りながらザップが息を吐いた。
「ビンタ一発かよ、あいつ前衛やればいいのに」
全く、ヴァンパイアの力を見せ付けてくれる。腕の振りが目で追えないとは……
「ガンズさん、これが住民を襲った魔物ですか。何故判ったんです?」
エドの問いに俺は狩蜘蛛を踏みつけ止めを差しながら言った。
「コイツは『狩蜘蛛』だ。以前ラムールにも現れた事がある。気が付いたのは酒蔵にあったあの液体……死体だな、あれから酸っぱい臭いがしたからだ。あの臭いは蜘蛛の胃液。蜘蛛は胃液を口から吐いて溶けたところをすすって飲む」
ヴィーシャが戻ったら狩蜘蛛の死骸を焼いて帰ろう。雌かどうか判らないが腹に卵を抱えられていたら……困る。




