(更新19)
【ノラ】
公爵様と内密の話をした後主人はひどくふさぎこみ、二日ほどその状態が続いていた。
何を話し合われていたのだろうか。
それでも今朝は気を持ち直したのか、研究書を紐解き、回復魔法の改良をするという。
なんでもガンズさんから示唆を受けたとかで、誰にでも使用可能なものにしたいのだとか。魔法とは無縁のオーガが主人に示唆を?
しかしガンズさんの様な切れ者であれば有り得る事かもしれない。
普段ガンズさんは疑問をよく口にするが、それは自分の知らない事を吸収する行為であって、本人は一般に想像されるオーガよりずっと知性を感じさせる。
ともあれ、気持ちを切り替えた主人の集中力を乱してはいけないだろう。
普段からとりたてて用の無い時は好きにしていてよいと言われているので、部屋を出ることにした。
……さて、どうしよう?
部屋を出てから最初の一歩目で頭に浮かんだのは、特に用事がある訳ではないという事。
ダンジョン探索で得たお金は他の皆と同額をいただいているが、正直これといって欲しいものがある訳でもない。
元々森の中での暮らしだったから、お金を得る事も無ければ使う事も無かった。必要な物があれば自分で作る、それが当たり前の暮らし。
街に住む他種族がお金を使うのは、欲しいものを自分で作る暇が無い為だと思っていた。
しかし主人と共に街で生活してみると、無いのは暇というより才能らしい。自分で作るより上手い人に作ってもらう方がモノも良いし長持ちもする。
例えば弓。森の中、兎を狩る為なら自分で作ってもいい。長く使う訳ではない、壊れたら作り直せばいい。
だがダンジョン探索で使うならそういう訳にはいかない。相手は魔物、そして弓を弾く理由は仲間の為。
こうなると自分より上手い作り手の品が欲しくなるというものだ。
……ふむ、欲しいものが無いと自分では思っていたが、クラウスさんの店に弓を見に行こう。
今使っている弓は主人と主従を結んだ日に買っていただいた物だが、出来合いの品だし、仲間の為なら自分で良い物を選んだ方がいい。
少なくとも暇は潰せる。
店の扉を開けるとクラウスさんの他にハーフエルフが居た。
「こんにちはクラウスさん」
「おぉノラじゃないか、一人とは珍しいの」
「いらっしゃいませ」
「主人は忙しいので……クラウスさん、弓を見せてもらえますか?」
「弓か……ミーシャ、儂よりお前の方が分かるじゃろ?ちょっと相手してやってくれ」
ミーシャと呼ばれたハーフエルフの後に続き、武器を飾っている区画に行く。
「親方さんとパーティーを組んでた方ですよね?ダンジョンで使う弓ですか?」
「あぁ、今使っているのは市場で買ったものだから、もう少しいいものが欲しくなって」
「なるほど~市場のはライカン製かヒューマン製ですから、エルフにはピンとこないかもですね」
そう言ってミーシャは壁に飾ってあった弓を取る。
そういうものなのか?市場の弓がしっくりこないのは、それまでは自分の手製しか使っていなかったからだと思っていた。
ミーシャは手に取った弓を私に差し出した。
「これは私の父さん──墓所の森居留地に住んでるんですけど──が作った弓です。これは狩り用ですからお勧めしませんけど……引いてみて下さい」
確かにエルフの狩猟弓だ、森で使う用に少し小振りになっている。
弓を引いてみる。
「……確かにしっくりくる。結構違うものだな」
ミーシャは得意気に頷くともう一つ飾ってある弓を壁から外す。
「こちらは戦弓です。父さんじゃなくて墓所の森居留地で弓を専門に作ってる職人さんの品です」
「お父上の品を勧めなくていいのか?」
「父さんは戦弓は作りませんから。威力が違いますよ戦弓は」
ミーシャに促され、こちらの弓を手にする。
先程より大振りな弓だ。
木材の内側に鉄板が挟まれていて強度を上げているらしい。見た目より重い。
引いてみる。弦がキリッと音をたてる。
「確かに威力がありそうだけど……少し長いな。それに重い」
ちょっと待ってて下さいねとミーシャは店の奥に消えた。
今の二つの弓は私に合う弓を見繕う為に引かせたのだろう。
やがて、手に弓を携えて戻ってきた。
「これをどうぞ」
漆黒の細い弓。丁度先の二つの中間といった長さ。握りに革が蒔いてあり、掌に吸い付く様だ。
「……いいね、手に馴染む」
「引いてみて下さい。感想はその後で」
それもそうだ。つい見とれてしまった。
引いてみる。
「裏で試し射ちしても?」
「ノラ、鍛冶場に当てるなよ」
クラウスさんの声に手を振って応え、ミーシャと二人裏庭に出る。
ミーシャが適当に的を並べた。的はまだ割っていない薪用の丸太。
丸太を横に倒して年輪のまん中に印をつけてくれる。
「じゃあどうぞ!」
矢をつがえて狙いを定める。距離が短いから外す事もない。放った矢は印をとらえた。
もう一射。
もう一射。
「いかがですか?」
私は空を見上げた。
矢を放つ。
落ちてきた鳥から矢を抜いた。鳥は料理長にあげよう。
「うん、とてもいい」
「さすがエルフですねぇ、お見事です」
「いや貴女もエルフだろう?」
「半分ですし、コレですから」
と、ミーシャは掛けている眼鏡を指差した。
店に戻って勘定を済ませる。いい買い物をした。
「そういえば、墓所の森って?私はこの国の生まれじゃないから」
「王都の南にあるんです、元々他所の国のあちこちからエルフが流れて来て今の王様がお貸し下さってるんですよ」
「ノラも機会があったら一度行ってみるといいぞ?あの陛下、エルフに樵をやらせとるんじゃ」
「エルフに木を伐らせてる!?なんでそんな事を?」
エルフは自分達の森の木を大切にする。間違っても木を伐るなんてしない。
「墓所の森は元々骸骨兵の駐屯地なんじゃ。その名の通り墓所があって、ほとんどの骸骨兵が眠っておる」
「お貸し下さる時に王様が木材を売って生計をたてろって。エルフなら木を育てらるんだから森が丸裸にならないだろうって」
どうやらこの国のエルフは皆、他所の国から逃げてきた難民らしい。
ヒューマンの国々でエルフは森から出ず国家と関わらない生活を続けてきた。私の一族もそうだった。
だが国家はそれを良しとはしなかった。国家を無視して勝手に住みつく不逞の輩。そんな者達の存在は邪魔でしかない。多分に光神教の後押しもあった様だ。
『この国で暮らすなら今まで通りでは駄目だ。国民として生活の糧を得て、他種族と交流し、国に税を納めろ。国民になるなら余が護ってやる』
最初に逃げて来たエルフ達に陛下はそう言ったのだとか。
以来、墓所の森には色々なエルフが住んでいるそうだ。
確かに骸骨兵の駐屯地なら危険は無いだろう。千体の骸骨兵が眠りについている墓所が三箇所もあるというから、難攻不落もいいところだ。
「二十年前、王様が即位されて直ぐ最初のエルフが来たそうです。うちの父さんも製材所で働いてるんですよ」
「ミーシャはいくつなんだ?まだ若いだろう?」
「十八です、父さんは最初のエルフの一人で」
「儂はその頃冒険者ではなくてな、鉱山町に住んどった。墓所の森の近くでな、ミーシャとは赤ん坊の頃からの付き合いじゃ」
それで詳しいのかクラウスさんは。
「それで孫を見る様な目をしてるのだな、クラウスさん」
「お前さんもミーシャとそう歳は変わらんのだろ?孫扱いしてやろうか?」
「ノラさんおいくつなんですか?」
「三つ違いだ、二十一だよ」
「なんじゃ、孫が増えたわい」
大声で笑うクラウスさんにつられて私もミーシャも笑いあった。
ひとしきり笑った後クラウスさんがミーシャに言った。
「ミーシャ、お茶を頼む。湯を沸かしてな」
ミーシャが店の奥に消えると、遠い目で溜め息をつく。
「……不憫な子での、母親はライカンなんじゃが、巡り合わせが悪かったのか生まれつき眼が弱い。森では生きられんので儂が引き取ってこの街で育てた」
エルフとライカンのハーフ、おそらく他には居ないだろう。
それにしてもよく冒険者をやりながら育てたものだ。
「魔法の才があるのでな、錬金術を覚えさせた。鍛冶仕事と相性が良いからな錬金術は」
ドワーフの様に鍛冶は出来んでも店の切り盛りは出来るじゃろ、とクラウスさんが笑う。
「のうノラや、歳も近い事だ、アレと仲良うしてやってくれ。エルフの友達がアレには居らんのでな」
【ドラス】
『それで、回復魔法は完成したとみてよいのかしら?』
『一応、といったところでしょうか』
我が言葉足らぬ故に姫様は小首を傾げ、先を促す。
『現在、個体名ヴィーシャは消費魔力の軽減を図り目下改良中であります。成功の暁には汎用性の向上を期待出来るかと』
姫様はジョッキにエールを注ぎながら我の報告を吟味する。
『お前はヴァンパイア娘が回復魔法を使うのを見た。以前より精度を増した、魔力消費を抑えたものだった。相違無いな?』
『御意』
我は姫様よりジョッキを受け取る。食堂では給仕と客。
『更なる効率化、何を意味するか?』
『おそらくは、魔力量の少ない種族に対応させるものかと。現状ヴァンパイア並の魔力量を誇る種族はドラゴニュートとエルフのみですので』
『ふむ……』
「お姫さ~ん、エール二つ!」
「はい、お持ちしますね」
「いいよいいよ、手ぇ空いてんだから自分で持ってくって」
「すみません……はいどうぞ」
男がジョッキを手に卓へ向かう。
『一度、今の展開図を確かめたい。手に入るか?』
『こちらに……』
我、姫様へ展開図を描き写した紙を渡す。姫様は制服の隠しにしまう。
『こちらでも研究させよう。交渉材料は多いに越した事はない』
「お姫様ごちそうさん」
「あらすみません。こちらで食器は片付けましたのに」
姫様が客の下げた食器を厨房へ運ぶ。周囲の状況を確認……異常無し。
『……それにしても』
カウンターに戻ると姫様は溜め息をつく。
『この回復魔法を我等が改良すれば、交渉が有利にはなる……なるが、それまでの事、か』
『姫様?』
『……本音を言わせてもらえば、ヴァンパイア共から政権を簒奪は出来まいよ。多少の地位向上は望めるであろうが』
『……御意』
『確かにヴァンパイア共は怠惰な種族じゃ。その気になれば蹴落とせるかもしれん……しかし現状を見ない長老会も問題じゃ』
『お声を静かに』
『……我が婚約者殿は出来物じゃ、老害共にはそれが理解出来ておらぬ。戦をすれば勝てると本気で思うておる』
飛行能力とブレス能力を併せ持つドラゴニュート、しかしヴァンパイアとの戦いに一歩及ばず。
高高度飛行では対地攻撃の射程に難あり、ブレス有効射程たる低空飛行ではヴァンパイア驚異の瞬発力・筋力にて大地を蹴り飛び掛かられ撃墜される。
『光神教への探りはどうか?』
『間諜を浸透させつつあります。今のところ大きな動きはないものと』
「お疲れ様ドラスさん、また内緒話?」
「チャル殿、内緒話ではごザいまセん。故郷の近況でスよ」
「あぁ同郷でしたね。あ、姫様交替の時間です。休憩して下さい」
「はいありがとうございます。じゃあドラスさんまたね」
【サウル】
いい夜だ。
王宮の高みから見下ろす街の灯が夜空の星と対をなして瞬いている。
……神殿のきんきらがちと邪魔くさいが。
やがて街の灯は一つまた一つと消えていく。
星々の煌めきを肴にグラスの血を煽る。
配給所が改善されて新鮮な味わいが楽しめる様になった。以前は酷かったからな。
夜更けに味わう血は格別だ、ヴァンパイアが夜行性である事を実感する。他種族にあわせて昼に活動する様にはなったが、夜の方がやはり調子がいい。
「それで我が婚約者殿は回復魔法に御執心というわけだな?」
「はい陛下。もっとも姫様とドラゴニュート長老会では思惑にズレがある模様です」
「どんな感じだ?」
「姫様はドラゴニュート全体の地位向上を目標と考えておられます。戦力差を勘案して交戦は避けたい意向です」
「賢明だな婚約者殿は。では長老会を押さえるか」
羽蜥蜴ども、一度きっちりと躾をしておかないと。
国家という群単位を作った側が主導権を握る事が出来るものだ。東側のヒューマン諸国に対してエルフやドワーフが追い散らされているのがいい例だ。
国家に弓引くつもりなら最低限戦力差を覆すだけの要素を得なければ。
ドラゴニュートにとって回復魔法はその要素足り得るか?
答は、足りない。
我が主力の骸骨兵団の特徴を奴等は研究していない。
骸骨兵に負傷は無い、折れた骨は予備と取り替える。
骸骨兵は食糧を必要としない。兵站は予備装備のみで負担が少ない。
ドラゴニュート得意のブレスも効果は低く、鎧には対魔法防御陣を装備。
そして叔父貴謹製の骸骨兵は、そこらの三流死霊術師の造った安物ではない。会話も可能な自律思考型。最適な戦闘行動を行える。
もちろん、骸骨兵のみで戦闘をさせる訳ではない、脇を固める兵種も使い完璧を期す。
「既に水没林自治区外縁部に部隊を配備済みと報告があります」
「……爺も仕事が早いな、何年前から配備してたんだか」
骸骨兵の長所はもう一つ、いつまでも部隊を配置したままにしておける。野外に何十年でも待機状態で。
「ま、機会をみてだな。理由無しに攻める事は出来ん」
餓鬼の喧嘩ではないのだ、大人の喧嘩には大義名分が必要だからな。
「それでは陛下、私は戻ります」
ドラゴニュートの姫様も失念している事がある。
ドラゴン語は他種族にとって発音不可能だ、確かに。
しかし聞き取りだけなら?
もちろん可能だ。
「ご苦労。これからもお姫様と仲良くしてやってくれ、狐」




