(更新18)
【ザップ】
十一階層はどうにも勝手が違い過ぎたな、地図作る身にもなってくれって感じだ。
あそこの地図を完成させるにはもうしばらくかかりそうだ。
ベッドから起き出して卓の上を片付ける。昨夜描き写した十階層までの地図を点検する。
……うん、間違いは無いな。
朝飯を済ませ、地図の写しを束ねてクラウスの店へ。
『ダンジョンの地図を売り出せば初心者にうけるじゃろ?』
ってクラウスからの依頼だ。描いた俺にも売上の三割寄越すとさ。
「おはよう親父……さん?」
店に入るとクラウスが居ない。裏の方でトンカンいってるな、鍛冶場を造ったのか?
「……あ、いらっしゃいませ~」
へ?女の声?
見るとカウンターの脇にあるスペースで床に座ってなにやら細工をしている娘が掛けた声だった。
タガネと小さな金槌を持ってナイフの刃に彫刻を彫っていた。
エルフ……いやハーフエルフか?普通より耳が小ぶりだし、鼻の回りにそばかすがある。エルフにはそばかすが出来ないからな、ハーフエルフだ。ばかでかい眼鏡のせいで顔が半分見えないが美人さんとみた。
娘さんは手に持っていたタガネと金槌を置いて立ち上がった。
「何をお探しでしょうか?」
「親父さん……クラウスに頼まれた物を持って来たのさ」
「親方さんですか?今裏で作業中ですから、お預かりしましょうか?」
「いや、待たせてもらうよ。打ち合わせもしたいしな」
愛想がいいねぇ、ハーフエルフは。
だいたいハーフエルフはエルフじゃない方の親許で育つから、エルフみたいなツンケンした態度を取るヤツが少ない。
どっちかって云えば人に気を使うタイプが多いかな。
店番にはうってつけの人材だ。
娘さんは俺に椅子をどうぞ、お茶をどうぞとパタパタする。
「いいんだぜ、気にしなくて。作業を続けてくれよ」
「いえ、そんなわけには」
「……何を彫ってたんだ?飾り彫刻?」
俺が促すと娘さんはさっき彫っていたナイフを手に持ち、刃先に意識を集中した。
……ボッとナイフの刃から炎があがる!
意識を集中するのを止めると炎はスッと消えた。
「驚いたな、錬金術師かいお嬢さんは?」
「駆け出しですけど。お店の番をする傍ら、お客さんがいない時に彫らせてもらってます」
錬金術は魔法使いとしてはちょっと特殊だ。
基本、冒険者にはならない。薬品を作ったり、魔法陣を作ったりで、部屋から出ないタイプの魔法使いだからな。
「なんじゃ、来とったのか!呼んでくれればいいものを」
クラウスが奥から出て来た。
「よ!親父さん。なんだぁ若いお妾さんかぁ?」
「バカタレ!知り合いの娘さんじゃ。おいミーシャ、この馬鹿犬はザップという、あんまり近寄ると馬鹿が移るぞ?」
「ひでぇ言われようだ。ミーシャっていうのかい、宜しくな」
ミーシャと呼ばれた娘さんはぺこりと頭を下げ、クラウスにお茶を淹れる。
「親父さん頼まれていた地図を持って来たぜ」
「おぉ、ありがたい。ミーシャ、後でこの地図を『複写』で増やしてくれ」
あ~、それで錬金術師の娘を雇った訳ね、魔法で量産出来るからな。
俺はミーシャに淹れてもらったお茶を飲みながら通りを眺めた。
「それでザップ、十一階層はどうじゃった?」
「あ~斥候泣かせだよまったく。ダンジョンに森を造るなんざ」
「森じゃと?」
「十一階層の地図はしばらく待ってくれ。あちこち歩いて調べないとちゃんとしたモノにならねぇ」
「まぁ十階層を越えるパーティーはほとんど居らんからな、せかす気はないが……ん?なんじゃ?」
通りをパーティーが帰っていく。
ぞろぞろ、ぞろぞろ……
おいなにがあった?
帰る連中は皆ヒューマンの冒険者、それも僧侶入りだ。
皆明らかに不満そうな顔をしている。
……ダンジョンで何かあったのか?
「ちょっと見てくらぁ」
俺は店を出てダンジョンへ向かう。
戻ってくる連中に訊きたいが僧侶入りのパーティーが俺に口をきく訳もない。
丁度ガンズが宿屋から出て来た、声を掛けて二人で歩く。
「何があったんだろうな?」
ダンジョンの入口に答はあった。
「『不在通知』……なんだこれは?」
入口にでかい立て札が地面に突き刺さっていた。
「え~となになに……『研究交流の為、私ことダンジョンマスターはしばらく留守にします。御用の方は申し訳ありませんが戻るまでお待ちください。帰還予定は来月となります』だぁ?」
そりゃあ僧侶入りのパーティーは帰るよ、俺達と違ってあいつら公爵様を討ち取るとか目標にしてんだから。
居なけりゃ帰るわな。
「……公爵様はサービス精神が旺盛だな」
あ~十階層の最初の宝箱に水の中探る棒入れたりな……
「いやサービスの方向性間違ってるだろ、皆帰っちまったじゃねぇか」
危うく納得するところだったぜ。
【ヴィーシャ】
「これが十一階層で使った回復魔法の展開図」
可視化した展開図をガンズに見せる。
「光神教のはもっとあちこちに付属式が付いていたが、これだけでいいのか?」
ガンズが記憶して描いてくれた展開図には確かに基礎式からいくつもの付属式が伸びていた。
私が今見せている展開図には連続して繋がる二組の付属式だけ。シンプルだ。
「この二組はそれぞれ『加速・腐食逆転』と『召喚・異世界』……実はこれだけで機能するわ。光神教が使った物に他の付属式が繋がっていたのは彼等がヒューマンだから」
ヒューマンは魔力量が少ない。私の展開図の様にシンプルな作りでは足りない。
「足りないって言うが、魔力を異世界から召喚しているだろう?それはどうなんだ?」
「異世界から召喚した魔力は回復の効果に使われているのよ。ヴァンパイアの魔力量でも足りない位の魔力を注ぎ込むのにね。問題は魔法展開に使う魔力」
私は展開図を消して続けた。
「魔力展開に使う魔力は自前。自分の体内から引き出すのは他の魔法と同じよ。そして回復魔法は継続使用するから、その分魔法展開に魔力が削られ続ける。ヒューマンではもたないわ」
ノラからお茶を貰って一口含む。
「いくつもの付属式、それはヒューマンでも回復魔法が使える様に高効率化を図った結果。斬られた傷と骨折は別物でしょ?怪我の詳細にあわせて魔法を最適化、そうやって維持にかかる魔力を減らすのがいくつもの付属式の正体」
聞き終わったガンズは頭を掻いて唸る。
まぁ、魔法に関しては素人のガンズがどこまで理解出来るかだけど、ガンズなら多分解ると思う。
「なぁヴィーシャ、馬鹿馬鹿しく聞こえるかもしれないが、展開を維持するのに魔力が必要なら、展開して直ぐ肩替わりさせる事は出来ないのか?」
……
……え?
「……つまり?」
「だから、最初の展開そのものは自前の魔力でやって、直後に異世界からの魔力に切り替えて維持にあてる事は出来ないものかな?」
「……」
「あぁ、やっぱり無理なのか」
……ちょっと!
ちょっと待って!
「……回復に注ぎ込む『召喚・異世界』とは別に……もう一つ『召喚・異世界』を維持用に継ぎ足す……?」
「あぁそんな感じかな?ヴァンパイア並みに魔力量が有るって云えばエルフかドラゴニュートくらいだろう。他の種族はヒューマンと似たり寄ったりだからな」
回復魔法は誰でも使える方がいいからなとガンズは言った。
……参ったわ。
素人に魔法のなんたるかを教わるなんて。
いえ、素人だからこそ、そう考えられるのかしら?
ガンズが帰った後、私は軽い自己嫌悪に陥った。
────────
夕食時。私はノラとステラを伴って食堂に入った。
食堂にはほぼ満席状態、給仕が忙しくジョッキを運んでいる。少し空くまで待とうかと話していた時。
「あ!」
ノラが一点を凝視する。
見れば奥の卓に一人で座るヒューマンの女性、艶かしいプロポーションで眼鏡を掛けたその女性が私達に手招きをしている。
……眼鏡?
「し、主人、あの方です」
ノラが耳打ちしなくても判る。眼鏡みたいな高価なものを掛けている者など滅多にいない。
「……何をしていらっしゃるのかしら叔父様?」
不在通知の件はガンズから聞いていた。
今朝そんな馬鹿げた立て札を立てておいて、なんでまだ居るのだろうこの人は?
「出掛ける前に食事をと思ってね、ほら生身は栄養補給が大事だから」
まぁ座って、他空いてないだろう?と私達を促す。
「……叔父様、いくら貴方の事を誰も知らないとはいえ、無防備過ぎですわ」
「心配してくれるとは嬉しいね。大丈夫、借り物の身体を狙われても僕自身に影響は無いから」
思わず頭を抱える。
食事の最中にステラが叔父様に話し掛けた。
「その身体って借り物?ってどういう事なんですか?この間訊きそびれちゃって」
「ん?あぁ僕の本体は魂だけなのさ。で、魂は別次元に存在してる」
……そういう事を安易に話すべきではないでしょうに、この人は。
「不老不死ってよく言うけど、まぁ不死だよね不老はオマケでさ。いくつか方法があるけど僕の場合肉体から魂を分離する方法を採った。それがリッチ法」
……叔父様、食べながら喋らないで!
「ただこの方法だと魔法は使いたい放題だけど、細かい作業、メモを取るとか薬品を調合するとかに向いてない。物が掴めないんだ」
あっはっは!豪快に笑う叔父様。
……少しは周りの目を気にして欲しい。
「そんな訳で、ダンジョンで死んだ冒険者の身体を治癒して使ってるのさ。他にも何体か有るんだけど、これから友人宅を訪問するからね。他所行きの服みたいなものさコレ」
一応気を使ってるんだよ……って、気の使い方が間違ってるわ絶対。
さっさと食べて出よう。
「あぁヴィーシャ、ちょっと」
食事を終わらせて立ち上がった私を、叔父様が引き留めた。
「二人とも、悪いけど内緒の話があってね。姪っ子を借りるよ」
二人を先に帰し、叔父様は私を見る。
「回復魔法は上手くいってる?」
「……えぇ叔父様。今日は収穫がありましたわ」
私はガンズの疑問から出た回復魔法の改良点を話した。
「……これが上手くいけば万人に扱える魔法になりますわ」
「その発想!いやぁ素人って核心をつく事が往々にしてあるけど素晴らしいね……いい友人を得たのだね君は」
……ちょっと嬉しい。
叔父様は魔法以外アレな人だけど、魔法に関しては第一人者だ。魔法に絡んだ事で友人を褒められるのは……嬉しい。
「ところで僕が君を引き留めたのは……別の友人達の事なんだが」
咳払いをして叔父様は続ける……別の友人達?
「さっき居たね?ステラ君。あと二人だっけ?異世界からの落人は」
あの三人?何の話をするつもり?
「現状、僕達のこの世界では異世界の人を『召喚』する魔法は無い、というかほとんどの人が異世界の存在を知らないから当たり前だけど」
「叔父様、光神教は知っていますわ」
「うん、だけど異世界に人が居る事は知らない。魔力源として利用してるだけだから」
「叔父様?」
「解ってる、急かさないでおくれ……君は回復魔法で『召喚』を使うのを知った。あのやり方だと魔力だけ召喚してる訳だけど」
叔父様が私をじっと見据える。
「……応用次第で他のものも召喚出来るだろう。実際、精霊魔法では精霊を呼び出してるんだから」
「……まさか叔父様は光神教が三人を?」
「いや違う。光神教が召喚したなら彼等を宣伝に使うさ。彼等は偶然この世界に落ちて来た……もっとも、光神教の回復魔法のせいである程度異世界との『道』が出来ていて、それに引き込まれた可能性はあるけどね」
「話が見えませんわ叔父様」
叔父様は言いにくそうに言った。
「回復魔法では『腐食』を逆転接続させる……ならば『召喚』を逆転させるとどうなるかな?」
『召喚』の付属式を?
「『召喚』が『送還』になる。理論上は三人を異世界に帰せるだろう」
私は思わず立ち上がってしまった。すぐに座り直す。
「ヴィーシャ、ここからが僕の言いたい事なんだ。間違ってもこの事を誰にも話してはいけない。そして『送還』を試してもいけない。僕が教えなくても君ならこの仮説に辿り着いたはずだ、だから先に釘をささせてもらうよ」
「な……何故?叔父様、何故駄目なの?」
彼等だって元の世界に帰りたいはずだ。こちらの世界がいくら似ていたとしても、彼等にとっては異世界なのだから。
家族も友人も大切なものは元の世界にあるのに…
話してはいけない?
試してもいけない?
「……ヴィーシャ、よくお聞き。僕達は彼等の世界を『知らない』。何処にあるのか『知らない』。彼等の世界を見る方法を『知らない』。こんな状態で『送還』を試したら……別の世界に送るかもしれないし、生きたまま送れるかも解らない……確認が出来ないのだよ?」
……確認が出来ない。
「『送還』を使って彼等が目の前から消え失せて成功したつもりになっても、確認が出来ないんだ」
叔父様の言葉が重くのし掛かる。
……そうだ、今の状態でそんな事をしたら最悪三人の身体は滅茶苦茶に潰れて元の世界に送られるかもしれない。確認する方法が無い。
涙が止まらなかった。




