(更新13)
【ザップ】
ヴィーシャの見舞いをしてから数日後、俺はガンズの旦那と二人でダンジョンに潜っていた。
もうじきクラウスもヴィーシャも全快するが、ガンズがもう少しダンジョンに慣れたいと言うもんだから、一~二階層をうろついては日帰りで出るという、要は暇潰し。
ドラスはここのところ野暮用があるらしい。暫く見掛けない。
まぁこんな浅い階層なら二人で充分だから、気楽なもんだ。
ガンズは何かあったのか、時おり眉をしかめて黙りこむ。
何か心配事があるのかそれとなく訊いてみたがはぐらかされた。まだ付き合いが浅いからな、気をつかって話さないんだろう。
「旦那、そろそろ帰ろうや」
一~二階層なんざ、ろくに魔物もいなけりゃ宝箱もありゃしない。慣れたいって言われてもやる事がない。
「そうか……ちょっとは暴れられるかと思ったんだが」
どうやら鬱憤が溜まっているらしい。
「暴れたいってもこんな浅い階層じゃ無理ってもんだ」
街の中じゃあ喧嘩沙汰は御法度だ。だからダンジョンで憂さ晴らし、って事だったんだろうが、二人だけで深く潜る訳にもいかねぇ。
来た道を戻る。宿屋で酒でも呑んでるうちに、何を気にしてるか相談くらいしてくるだろう。
暗い通路の向こう側から松明だろう明かりが見えた。二つ三つ揺れているのが遠目でも判る。
「隠れろ」
小声でガンズにそう言うと俺は近くの扉を開けて部屋の中に滑りこむ。
「なんでだ?向こうも冒険者だろう?」
「いいから入れ!」
ガンズが中に入ると俺は扉を薄く開けて様子をうかがった。
聴こえてくる足音から六人、いや七人か。
「……だから俺は奴に……」
「……そんな事は……」
「地図を……次の角……」
連中の声が近付き、扉の前を横切る。
やがて足音と話し声は遠ざかっていった。こちらの事は気付かれずに済んだ様だ、俺は潜めていた息を吐く。
「……ザップ?」
「あぁ……悪いな、ああいうのは遣り過ごした方がいいんだ」
今のはヒューマンのパーティーだ。連中は夜目が利かないから松明を多く使うのですぐ判る。
「……ダンジョンってのは無法地帯でな、特にヒューマンのパーティーは俺達みたいな他種族のパーティーを襲う奴等もいるんだ」
「ふぅん、こんな所じゃあ罪にならない訳か」
「バレりゃ捕まるさ、でもまずバレないね。やり合ったらどちらかが皆殺しになるからな」
通路には誰もいない様だ、こっちに気付かず先に進んでくれたか……
「……よし、帰ろうか」
扉を開けて暗い通路に出た。
次の瞬間、俺の耳が風を切る音をとらえる。
「!?」
反射的に飛びさすり通路の床に転げるのと、狙い済ました矢が俺をかすめて通り過ぎるのはほぼ同時だった。
「危ねっ!」
更に転がり次の矢をかわす。
転がりながら矢の飛んできた方を見れば数人の男達が駆けてくる。
ヒューマン共!隠れていやがったのか!?
起き上がる間もない。尻餅をついた俺に男の一人が剣を突き付けてニヤニヤと笑う。
「五感の優れたビーストマンでも『隠身』の魔法には気付けなかったみたいだな」
俺を囲む男達の後ろから遅れてやって来たのは魔法使い……いや僧侶か?そいつの魔法にハメられたらしい。
「よぅ、定番な台詞で悪いが、身ぐるみ剥がさせてもらうぜ?な~に命までは……」
「いえ、殺しましょう」
男の言葉を遮って、僧侶らしい奴が言い放つ。
「街に帰しては我々の事が知られます。後腐れが無い方が良い。それに魔族などは滅するべきです」
チッ、やっぱり光神教の僧侶かよ!僧侶が『隠身』なんて魔法を使うとはな。元素魔法だぞそれ。
「物騒だねぇ、殺しゃしないって」
俺に剣を突き付けてる奴は言うが、こっちを油断させる手だろう?慣れてやがる。
それでも今は話に乗るしかない。
俺はゆっくりと懐から銭袋を探す仕草をする。
ガンズが男達を凪ぎ払ったのはその時だった!
部屋から飛び出すと男達に肉薄する。
鋼鉄の籠手が唸りを上げて一凪ぎで三人を凪ぎ払い、壁に叩き付けた。返す腕が僧侶の顎を捉え一瞬で僧侶の意識を刈り取る。
次の瞬間には残る三人を次々に頭から叩き潰していた。
「……済まんザップ、少しもたついた。大丈夫か?」
息を吐くと俺に手を差し出して起き上がらせる。
「いや旦那助かったぜ……」
俺は改めて辺りを見渡す。
三人は兜ごと頭が潰れ、三人は血を吐いて壁に崩折れている。
……一瞬かよ?
訓練されたオーガ兵の腕前を見せ付けられた思いだ。
「……部隊長だったって?」
「元だ、元。やはり冒険者は兵に比べたら甘いな……あ、済まん」
いや俺に謝られても……
「さて、この男は……」
ガンズが倒れている最後の一人、僧侶の前に立つと、襟首を掴み片手で持ち上げた。
僧侶から呻き声があがる。
「生きてんのか?」
「生かしておいた」
─────────
「……ッ、グッ、ゲフッ」
ガンズが揺すると僧侶はむせながら目を覚ました。
「光神教だな?少し話でもしようか」
「き、貴様等と話す言葉など持ち合わせてはいない」
「……そうか。実は俺も話す話題が見当たらない。言葉の綾だ」
そう言うと僧侶の鼻のあたまを指で弾く。
「ゴッ!」
軽く弾いた様に見えたが一発で鼻の骨が折れた。
そのまま二発、三発と続ける。僧侶の顔が真っ赤に染まっていくが、やってるガンズは詰まらなそうな顔だ。
「や……止めっ……止めてくれ」
「じゃあ止めよう……次は?何処がいい?目か?耳か?」
「た助け……何でも……」
その言葉を聞くとガンズは襟首を離し、僧侶は床に落ちた。
その腹を軽く踏みつけてガンズは僧侶の顔を覗きこむ。
「鼻が酷い事になっているな、『回復』してみたらどうだ?」
「か、回復……?」
「あぁ。自分にも掛けられるだろう?……そうだ、後学の為に術式を可視化してくれるか?」
お、おいそれって!?
驚いている俺の姿は端から見れば滑稽に映ったかもしれないが、驚くだろ普通!
光神教の秘密を見せろって要求なんだから。
僧侶は少しの間躊躇っていたが、やがて術式を可視化させた。
基礎式、繋がれた幾つもの付属式。付属式に更に付属式が繋がれている所もある。
……とはいっても、俺やガンズが理解出来るもんじゃない。
「……まぁ解らないなりに収穫はあったか……悪いな、『後腐れが無い』方がいいんだろ?」
ゴツッ!っと音を立てて籠手が僧侶の顔にめり込んだ。
「さてザップ、どうする?貰える物は貰っておくか?」
「……銭袋だけにしとこう。他は足が付くと困る」
俺はガンズに言った。
まぁ……綺麗事は言わねぇ。コイツ等も俺達も同じ冒険者、同じ穴の狢ってやつだ。
偶々コイツ等が俺をカモにしようとして、逆にカモにされた。
要はそれだけの事だ。
銭袋を集めると先程の部屋に死体を押し込み、俺達は出口を目指した。
【ヴィーシャ】
クラウスに頼んで本棚を作ってもらった。
クラウスは「木工は専門ではないんじゃが」なんて言っていたけど、充分素敵なものを作ってくれた。ドワーフは物作りに妥協しないという評判通り。
ノラと二人で屋敷から持ってきた本を詰めていく。
「あぁ丁度いいわ、流石ドワーフ」
「主人、きれいに収まったな……箒を持ってくる」
大量の本から出た埃で部屋が汚れてしまった。掃除が終わったら私達もお風呂に行こう。
ノラが埃を掃き出している間に卓の上や窓枠を拭く。
一段落ついたところで扉を叩く音がした。埃で服が汚れている時に来客とは。
来客はガンズとザップだった。挨拶もそこそこに紙とペンを要求される。
「あぁ!床が!」
二人で何処にいたのか、綺麗にしたばかりの床に足跡がベッタリと……ノラが悲鳴をあげるのも無理ない。
よく見ればザップなんか全身泥まみれだわ、毛皮にこびりついている。
ガンズは腕から自慢の籠手を外して床に放り出すと紙に何やら描き始めている。
見ていると真ん中に丸みのある模様──死霊術の基礎式を描いていた。
そこから繋がる模様は付属式『加速』、そして更に『加速』から繋がって……
……『腐蝕』の逆転接続!
更にガンズは基礎式から伸びる付属式を描き足すとペンを止めて紙を睨みながら頭を掻いた。
「……駄目だ、これ以上思い出せない。後三つ程繋がっていたはずなんだが」
ザップに目を移すけど、首を横に振る。こちらも覚えていないらしい。
「ヴィーシャ、この模様が何か判るか?」
「……これは『回復』なのかしら?光神教の?」
「あぁ、だが全部は覚え切れなかった」
「どうして貴方は知る事が出来たのかしら?」
「親切な奴がいたのさ」
嗅ぎ馴れた臭いがしてそちらを向けば、床に放り出された籠手。
……籠手から血が床に少しこぼれている。
「……随分と親切な人だったのねぇ?」
「あぁ、で?これは役に立つか?」
ガンズの描いた術式の絵を指差しながら答えた。
「これは『加速』、時間のかかる術の短縮をする為の付属式……」
そこから指を次の付属式に移す。
「で、それに『腐蝕』を逆転して接続。この場合つまり『回復』の効果を時間単位当りで高める形になってる」
私は腕を組んで術式の全体図を見た。
「『加速』って持続型の魔法の時間を短くする代わりに効果を高めるんだけど、その分魔力を余計に使うの。この組み合わせだけじゃあ逆効果、魔力が一気に枯渇するわ」
そう、クラウスの骨折を治すのに私の全魔力を三回消費している。
ただ『加速』を組み合わせただけだと全快させる為の回数が増えてしまうのだ。
「他の付属式に見覚えが無いわ……きっとこの付属式のどれかに魔力を調節する様なものがあるはずね」
ノラがザップを外に出して身体に付いた泥を落とすように言い付け、卓に近付くと術式の一点を指差した。
「主人、ここに見覚えがある。これは『召喚』だ」
ノラが指差した所はやはり付属式が二つ連結されている根元の方。私は見た事が無い。
「……『召喚』?」
「そう、族長だった父は部族の皆が精霊と契約する時に仲介、つまり術式を使っていた。私はまだ教えて貰ってはいなかったが、父の横で見ていた。父は私が覚えられる様に可視化していた」
「契約したい精霊を喚び出す為の付属式って事かしら?」
「そうだ主人。この『召喚』の次に精霊の種類を示す付属式が続く……けど、ここに続いているのは別物だ、精霊じゃない」
「なぁヴィーシャ、これは回復魔法なのに一体何を『召喚』するんだ?」
ガンズの問いに、私は答える事が出来ない。
『召喚』の先に付いている付属式は一体何なのか?
光神教の奇跡、それはやはり死霊術だった。そして『腐蝕』逆転接続、基本は私と同じだわ。
だけど、どういう発想からこんな難解な術式に至ったのか?
「この術式を編み出した人は物凄い天才か、そうでなければ狂ってるわ」
「ここに付いている付属式は見た事が無いんだな?」
「えぇ、死霊術で使う付属式はそんなに数がないから。そもそも死霊術でこんなに沢山の付属式を繋げたり……しない……」
「ヴィーシャ、どうした?」
死霊術ではこんな繋げ方はしない。
こんな術式を作るのは……
「……まさか他の魔法?元素魔法や錬金術……?」
……そうだ、精霊魔法の『召喚』が混ざっているなら、他の魔法が混ざっていてもおかしくはない。
この術式の発見者が死霊術以外を専門とする魔法使いなら、こんな術式を考えるかも……
「……参ったわ。他の魔法はかじった程度よ、どれがどの魔法の付属式かなんて」
本棚に目を向ける。
あの本の中には術式の展開方法が論じられているけど、可視化した展開図は描いていない。
ガンズの描いた図と照らし合わせるには……ひとつひとつ魔法を可視化展開して確かめる?
だけど、もしこの術式に発明者オリジナルの付属式があったら……確かめようがない。
「顔色が悪いぞ?」
「……ごめんなさい、折角ここまで判ったのにこれ以上進める事が出来ないなんて」
「そうか。済まん、中途半端な覚え方をしてしまったからな」
そうじゃないわ。
「取り合えず今日は帰って……もう少し考えさせて」
ガンズ達を帰し、展開図を見る。
ガンズは中途半端って謝ったけど、魔法を習った事が無くてここまで覚えてくれていた。
多分、ここに描かれた図は全て正確だ。
でなければノラが一目で『召喚』を判別出来るはずがないわ。
なんとかして他の部分も判明させる。時間は掛かるだろうけど、ヴァンパイアの私には時間がいくらでも有るわ。
そう思うと少し気が楽になった。
……取り合えず掃除のやり直しね。ガンズの籠手のせいで床が血塗れだわ。




