(更新12)
────────
「ほぅほぅ、フェレグランの姪っ子がねぇ。頑張ったもんだね」
飄々とした調子で掛けた眼鏡を直しながら叔父貴は言った。
薄暗く、黴臭い湿気った叔父貴の部屋。
一見では何が入っているのか不明瞭な硝子瓶が棚に並び、卓には乱雑に資料が山と積み重なっている。
隣の部屋には何の為にあるのか理解不能な大きな円筒状の器具が壁に幾つも据え付けられ、何処からか伸びたパイプが繋がっている。
「まぁ、オーガの言う事にはまだまだ未完成らしい」
「いやいや、付属式の逆転に気付くなんて、大したものだよ?当代の魔法使いとしては第一級の功績だろうねぇ」
叔父貴の今の姿は妖艶な美女だ。
その様な姿で喋られると、どうにも調子が狂う。
が、今の叔父貴の言葉には引っ掛かるものがあった。
「……叔父貴、まさかとは思うが、回復魔法のカラクリを知っていたのではないのか?」
『妖艶な美女』がキョトンとした顔で余を見た。
「……サウル、サウル。僕はリッチだよ?リッチという事は死霊術を極めたという事だ。極めたという事は死霊術から派生する術式を網羅してるって事じゃないか」
何を今更、と叔父貴が笑う。
「何故教えない!?いや何故公表しないのだ!?」
回復魔法が公表されれば医療の大いなる前進となるだろうに、この男は!
更にいえば光神教の持つ切り札を無効に出来るというのに!
「と言われてもなぁ、逆転接続を発見した時は夢が広がると思ったけど、元素魔法なんかには応用出来なくて、肩透かしだったんだよね」
「……叔父貴、回復魔法に関する洗いざらい教えて貰おうか」
「教えるのはいいけど。サウル、君、死霊術勉強してたっけ?理解出来る?」
余のこめかみに血管が浮くのが自分で判る。
「まぁその内フェレグランの姪っ子に会ってみるさ。才能あるみたいだし」
【ドラス】
『……という訳で、皆には光神教を少し探って貰いたい。ヒューマン共にそなた達が気付かれる事はないと確信しているが、細心を心掛けよ』
『御意』
姫様が御命令、我等拝命す。
故郷より姫様に寄り添う影として王都へ来たものの、働き場所がなかった我等へ初の御命令。
五名を選抜し、邪教の神殿へ送り出す事とす。
深夜。本日の客が帰り、我は卓に椅子を上げていく。
『ドラス、ヴァンパイア娘の具合は?』
我等の言語たるドラゴン語は共通語とは全く異なる上、他種族は発音出来ぬ。故に会話は防諜の為ドラゴン語を用いている。
『は、ヴィーシャなるヴァンパイアはドワーフの回復に専念しており、数日内には全快する模様であります』
『そなたはヴァンパイア娘から目を離さぬように。事と次第によっては……』
『御意』
姫様は宿屋のカウンターにてジョッキを洗う。
我等が畏み奉るドラゴニュートが御姫君が皿洗いなど、おいたわしや。
『事態は流動的よ。賽の目の出方によれば、我が婚約者をもり立てる目もあれば、邪教の徒と手を組む目もある。無論我等ドラゴニュートが覇権を握る目も』
厨房より狐と呼ばれるライカン女が顔を出す。
「姫様、洗い方が終わったらあがって下さいね。ドラスさんもお手伝いありがとうございます」
「はいチャルさん、ありがとうございますわ。もうすぐ終ります」
『では姫様、今宵はこれにて失礼つかまつります』
『ヴァンパイアの眷属ども、ライカン、ビーストマン、エルフには気を付けよ。あやつ等はヴァンパイアに従属していないと口では言うが内心は判らぬ。気取られぬように』
『御意』
我、一礼し食堂を去る。
「姫様、今喋っていたの何処の言葉です?」
「今のは故郷の言葉ですよ。共通語はリザードマンには話し難いですから」
「へぇ~」
「私もたまに話さないと忘れそうになりますから」
食堂の扉を閉める際、姫様とライカン女の笑い声が響いた。
【ノラ】
「……で、話しちゃったわけ?陛下に」
「あ……いや済まん。話の流れで」
ガンズさんが身をすくませる。
確かに主人は回復魔法の事を内緒にして欲しいと言ったが、相手が国王陛下では仕方ないと思うのだが。
「……まぁいいわ。チビ……ゴホン、陛下には私から話そうとは思っていたけど」
チビ?……いや主人、いくら陛下と親戚とはいえそれは酷くないだろうか。
「ヴィーシャ、よほど陛下と確執があるのか?」
「……婚約させられるところだったわ。あのドラゴニュートが来てうまいこと御破算になったけど。でもまだ候補ではあるのよねぇ、なんとかならないものかしら」
衝撃の事実!主人が王妃候補?
「……玉の輿?」
「勘弁してよ。あんなチビ」
ぅわハッキリ言った!
「まぁそれはおいといて、陛下に知られたって事は何か対策を考えてはくれそうね」
お茶を二人に出しながら私は主人に訊いた。
「対策というのは回復魔法について?どんな対策があるだろうか?」
私からお茶を受け取り一口つけた後、主人が答えた。
「まず考えられるのは死霊術師の養成。死霊術師の絶対数を増やして研究をさせる」
これは難しくないわと主人は言う。
「現在王宮で雇っている魔法使い、元素魔法使いや練金術師に習得させて、魔法使い志望者に援助すれば数は集まるわ」
「畑違いじゃないのか?」
「回復魔法の開発に携われるのよ?」
「あぁ、それならやる気も出るか」
「畑違いからの参入は思わぬ起爆剤になりうるし」
正直、私一人では手詰まりだしねと主人は言った。
「私も手伝えればよいのだが……」
「ノラ、エルフが精霊魔法以外に魔法の適性はないわ。知っているでしょ?気持ちは嬉しいけど」
エルフは魔力量が他種族と比べてかなり高い方だが、精霊魔法に特化しているきらいがある。
精霊魔法は元素魔法とほぼ内容が被るのだが、精霊魔法は『生活魔法』、元素魔法は『戦闘魔法』とそれぞれ呼ばれる様に、用途は別といえる。
「ただ、数を揃えるのは出来るけど、バレるわよね光神教に。そこをどうする気なのかしら?」
「悪い様にはしないみたいな感じだったがな陛下の口振りでは」
「どうかしらね」
ガンズさんが帰った後、主人はベッドから起き出した。
「ノラ、たまには外出しましょ」
「身体は大丈夫か主人よ」
「……そろそろ名前で呼んで欲しいんだけど?」
「主人は主人だ」
────────
主人に付き従い、第二城壁を抜ける。
「主人、どちらまで?」
「久し振りに我が家までね。別邸だけど」
領地にある本邸は出入り禁止なのだとか。
途中、なにやら血の臭いがこもった建物の前を通る。
「フェレグラン家の御嬢様ではありませんか。御無沙汰しております」
建物の前にたむろしていた三人のヴァンパイアの一人が声をかけた。
「皆様お久しゅう。最近こちらの様子はいかがかしら?」
「おぉ、聞きましたぞ、御嬢様が意見なされたそうで。お陰をもちまして配給所は改善に乗り出しました」
「血液も新鮮なものが配給されております、有り難い事でございます」
「この度、採血囚の収容所も隣接して建造される事に。ほれ御覧の様に」
建物の隣は建設工事の真っ最中だ。ライカンやビーストマン達が忙しく働いている。
「喜ばしいこと、では皆様急ぎの用がございますのでこれで。ごきげんよう」
三人と別れ、暫く進んだ後、主人が小さく呟く。
「誰にでも解りそうな事なのに、自分達で動かないわよねヴァンパイアは」
やがて主人の邸宅に着いた。周りの屋敷に比べてやや質素にも見える。
「ま、貧乏貴族よ、うちは」
それでも一般地区に比べるなら豪勢ではある。周りは豪商の邸宅が多いらしい。
呼鈴を鳴らすと程なく執事らしき男性が扉を開け、主人を見て驚いた顔をした。
「これは御嬢様、お久しゅうございます」
「久し振り。私物を取りにきたわ」
そう言うと執事を押し退け主人はどんどん先に進む。呆気にとられた執事に一礼して後を追った。
主人は部屋の一つに入り、辺りを見渡した。
「……ザップかガンズを連れてくればよかったかしら?」
部屋には山と積まれた大量の本。
……いくらヴァンパイアが怪力でも二人で運ぶには多過ぎるだろう。
「ちょっと待っていて、馬車を借りてくるわ」
主人が出た後あらためて部屋を見る。
元々書斎なのだろう、壁の一面は書架となっていて、経済や農政などに関する書物が並んでいる。
おそらく主人の父上の物か。
卓には乱雑に積まれた魔法の研究論。こちらが主人の私物であるならばそれほどの量でもない……
……いや、やはり結構な量だ。部屋にある書物全体からみれば三割程だが、手で持ち運べる数ではない。
「お待たせ、馬車を借りたから運ぶの手伝って」
主人は本の山を仕分け始め、埃を払っては私に渡す。
適当な量に積まれた本を抱え、先程の執事に馬車へ案内してもらう。
屋敷の裏手に有った馬車は、荷運び用ではなく貴人の送迎用だった。荷運び用は置いていないらしい。
払ったとはいえ埃だらけの本の山、この豪華な馬車の座席に乗せるかと思うと心苦しいものがあるのだが、執事に言わせるとこの馬車は『御嬢様専用』なのだとか。
何度も書斎と馬車を往復する。
執事も手伝ってくれたお陰で思ったより早く終わった。
「助かったわ、ごめんなさいねノラ、お茶にしたいところだけど、勘当された身だから長居は出来ないのよ」
出ましょうかと主人に促され、裏口へ。
「なんだ来ていたのか?声くらい掛けてくれれば良かろうに」
声のした方を見れば、主人によく似た顔立ちの男性が立っていた。
その後ろには数人の女官服を着た侍女……
……いや奴隷が付き従っている。
「……これは兄上、お久しゅう。私物を取りに寄っただけですので」
「つれないじゃないか、いくら父上から勘当されたとはいえ、この別邸にさえまるで寄り付かないなど。せめて便りくらいは欲しいものだよ」
主人によく似た顔に裏の無い朗らかな笑顔……非常に違和感を感じる。
「……なにぶん筆無精ですので。兄上も御元気そうで……御盛んな事でなによりですわ」
こちらは裏しかない笑顔で皮肉混じりに兄上の後ろにいる奴隷達を一瞥する。
兄妹で性格は随分異なる様だ。
「意地を張らず何時でも帰ってきてよいのだよ?父上から正式に家督を継いだら勘当は私が解くつもりだが、もっと早い方が良いなら父上を説得するとも」
「いえ、暫くはこのままで結構ですわ。では人を待たせておりますのでこれにて失礼致します」
「あ、そうなのかい?それは引き留めて済まない。ではくれぐれも身体には気を付けるのだよ」
……いや、誰も待たせていないはずだが。
私達を寂しそうに見送る兄上殿はそれでも笑って手を振った。
馬車の座席に積まれた本と本の間に挟まる様に二人で座り、宿屋へと向かう。
道中、主人は窓の外を眺めていた。
「……主人、兄上殿は良いお人の様だが」
「……良い人よ兄上は」
「主人は兄上殿がお嫌いか?」
「……嫌いじゃないわ。良い人過ぎて貴族に向かないのが不安なだけよ」
主人はつまらなそうに窓の外を眺める。
溜め息を付くと私を見た。
「陛下は……陛下はね、あの歳で国王をしている。いえ、やらされている。エルフやヒューマンでいうなら十歳くらいの歳なのに。あの肩に国家が丸々乗っている」
そう言うと主人は苛立ちに顔を歪めた。
「あのチビ、それが当たり前みたいな顔でこなしているんだから可愛げがないわ」
でもね、と主人は続けた。
「本当なら周りがもり立てるべきなのよ?ヴァンパイア貴族がね。元々ヴァンパイア達は享楽的で向学心が無かったけど、陛下一人に全て押し付けた今は更に怠惰になったわ。兄もその一人」
主人は顔を背け、また窓の外を眺めた。
「光神教など無くてもヴァンパイアが今のままならその内滅びるでしょうよ」




