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~6.

 受験生になっても俺が宮本夏樹という人間である以上は、襲い来る五月の病を避けられない。毎年毎年かかる病なのだが、俺の体には構築されるべき抗体の姿は見えず、予防接種で無理矢理ワクチンを押しこんでも意味がないであろうことを証明してくれている。

 体がだるい。英語の授業では教師の口から妙にやる気の感じられるネイティブな発音の呪文が繰り出され、聞き覚えのない単語ばかりが鼓膜に響く。このけだるさを増大させるのはあのヘンテコな呪文によるものなのではないかと、自分のやる気の無さを他人のせいにしたくなるのも五月病の症状のひとつなのだろう。

 鐘が鳴り響き、この呪文の授業が終わると同時に昼休みが始まった。


「夏樹、ちょっといい?」


 隣の席の文芸部部長に呼ばれ、あくびを漏らしながら返事をした。まだ弁当を食べていない昼休み開始直後、こいつは俺の腹の空き具合に対する配慮を持っているのだろうか。


「えー。文芸部部長として連絡事項があります」

「何だよ。早く言ってくれ」

「私たちにとって最後の文化祭についてです」

「ああ。そういやそろそろ考える時期だなぁ」


 文芸部はなにしろ創作活動が主なもので、なるべく早いうちからネタを考えておかなければいけない。締め切りに追われながら物語を作るのはあまり好きではないのだが、義務となれば放棄するわけにもいかない。


「で、今年は何やるんだ?」

「ネタはもう考えてあります」

「去年みたいな短編集の配布?」

「いや、今年は映像部と美術部との合同で映画を作ろうと考えています!」

「……マジ?」

「かなりね」


 予想の右斜め上を裏から予想外の武器で貫かれた気分だ。合同っていうことは、かなり大きなものになるような気がするのだが。


「ちなみに、映像部と美術部の部長にはもう許可も賛同も得ています。それぞれ顧問の先生方にも話は済んでいます」

「仕事が早いな。それで、俺は何するんだ?」

「私と一緒に原作を考えてもらいます」


 俺との共同作業を前提とした案ならば行動する前に俺に話すべきだろうと言いたいところだが、この少女の輝かしい瞳を見ると、そんな野暮なことを言う気が失せる。


「でねでね、原案は私が今まで書いた小説の中から使って欲しいものがあるの」

「なんだ。あるならそれでいいじゃねぇか」

「完結してないの。それに私には文才ないし、先に進まなくて」

「そんなもの、俺だってねぇさ」

「あるよ!」


 キラキラと輝いていた百瀬の瞳が、いつになく真剣な眼差しへと変わる。じっと俺の目を見つめる百瀬と視線を交え合うと、何故だか目を逸らしてしまう。昔からそうだった。


「まぁいいけど、どういう話なんだ、それ」

「バスケ少年が主人公のお話」

「和哉の話か」

「違うよ。参考にはしてるけど」


 物語に映像を付けるとなれば当然役者が必要になると思うのだが、俺は是非ともあの関西弁バスケ馬鹿に役を演じて戴きたいね。親友にクサい台詞を言わせて笑いをこらえる少し先の未来の自分が頭に浮かぶ。


「物語としてはね、小さい頃からバスケをしていた2人の少年達が、高校で全国大会を目指すものなんだけど」

「意外と普通だな」

「で、主人公はそのうちの1人。もう1人は親友なんだけど、正体がなんとバスケットボールなの」

「……どういうこと?」

「主人公が生まれたときからそばにあったバスケットボールが、実はその親友だったってこと」

「バスケットボールの精霊みたいな?」

「うーん。ちょっと違うけどそれでいいや」


 物に命が宿っているってことか。そのバスケットボールの命や心が具現化したものが、小さい頃から一緒にいた親友だったと。


「ちょっと現実離れした青春ものって感じか」

「まぁそうかなぁ。でも結末とか全然考えられなくて詰まってたの」

「で、俺に協力しろと」

「そう。ていうかしなくちゃ駄目」

「……そうか」


 断るという選択肢は用意されてなかったわけだ。予想通りである。

 ――とは言いつつも、そんなものが用意されていたところで俺の回答は変わらなかっただろう。自分でも理由はわからないが、この話に異様にワクワクしている自分がいるからだ。

 自分の考えたストーリーを、映像付きでたくさんの人に見てもらう。これまでそのような発想が浮かばなかった自分が不思議でならない。なんだ、考えれば考えるほど気分が高揚する。


 ――映画。音声と映像によりストーリーが補われ、視覚や聴覚を刺激しつつ物語を伝えていくメディアミックスのひとつ。俺に向いているのは誰かに演技を願う脚本ではなく、全てを自ら描写していく小説だとは思うが、何より自分の作品が多数の人間の目に触れるということが俺の意欲を駆り立てる。

 どうしたんだろうな。5月病真っただ中だというのに、柄にもなくやる気なんてものが湧いてきた。


「あれ? 夏樹、なんだか嬉しそうに見えるけど」

「馬鹿、気のせいだ。とりあえずその方向で進めていこうぜ。高校生活最後の文化祭くらい、やる気出して取り組んでみるからよ」

「やった! じゃあ今日の放課後に、私が書いた原稿渡すね!」


 百瀬はそう言って嬉しそうにはしゃぐ。これから先は進路やら受験やらで憂鬱に苦しめられると思っていたが、同時進行で面白いことができそうで楽しみだ。

 5月病に対する強力なワクチンを幼馴染からもらった俺は、空腹を思い出して鞄から弁当箱を取り出した。

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