~5.
「和哉君、進路どうするのかなぁ」
家までの中距離を徒歩で行く帰り道、ちゃっかり自分までジュースを奢ってもらった百瀬が一言漏らした。
「大学でもバスケやりたそうだよな、あいつ」
「夏樹はどうするの?」
「まだ決まってない。お前はどうなんだよ」
「え、秘密」
「隠す必要あるのかよ」
こんな会話、昔にもした記憶がある。高校受験のときだ。夏になっても進路が決まらない俺が百瀬に進路を尋ねたときも、同じ答えが返ってきた。
結局少しぐだぐだしながらもこの西府高校に進路を決めたとき、初めて百瀬と志望校が被っていることを本人から知らされた。百瀬なら偏差値60を超えるもうワンランク上の高校を狙えたはずなのだが、本人曰く色々と事情があるとのこと。深く掘り下げて聞いてはいないが。
「夏樹も早く決めなよ。最近勉強サボってるからやばいんじゃないの?」
「俺は無理して上のランクは狙わないし、浪人するくらいなら底辺校でも構わん」
「そういう問題じゃないの。いい? 学生ってのは学業が仕事。勉強しない学生はニートと同じなんだよ?」
「はいはい」
なんていうか、真剣に進路を考えるのって疲れるんだよな。自分の人生を決める為に自分で決めなくちゃいけないことなのに、何故か他人事のような感覚。俺と同じことを思っている高校生は全国にどれほどいるのだろうか。
勉強は苦手ではないが好きでもない。大学は教育学部や心理学部に多少の興味はあるが、将来は役所勤めでのんびりと過ごしたいもので、大学で学ぶことを将来に繋げたいとは微生物の涙ほどにも思わない。
しかし、やたら小説の執筆が進む調子のいい日なんかには、将来は超大物作家になれたら等と思ってしまうこともあり、現実の厳しさを忘れて妄想に更ける自分がいることを思い知らされる。
「夏樹は理屈っぽいから、理屈っぽい職業に向いてると思う」
「秋の天候程に曖昧だな。具体的に頼むぜ」
「それは自分で決めるの!」
そう。他人がなんと言おうとも、自分の将来を決めるのは結局自分であり、自分の未来を築くのは今の自分自身しかいない。よく『他人に敷かれたレールの上』などという言葉も耳にするが、それを走るも止まるも脱線するも自分次第である。
追いたい夢を素直に追うことが俺にもできるなら、そりゃもう無我夢中になって筆を走らせたいものだ。しかし、嫌と言う程に見えてしまっている現実を無視するなんてことは俺にはできない。夢から覚めると同時に夢が冷めるのはおかしいことではないと思う。
「じゃあ今から夏樹の進路について考える会議を始める」
「……二人で?」
「うん」
おいおい。多数決になったら50%の確率で意見が真っ二つに割れるじゃないか。そんなものが会議になるのか。
そんな俺の思いを何食わぬ顔で素通りする百瀬に言われるがまま、つい先日も立ち寄った例の公園に向かった。
「さすがに全部散ったみたいだな、桜」
「あぁ。なんだか元気なくなっちゃうなぁ」
「なんでだよ」
「だって私も『さくら』だし」
「散った様には見えないけどな」
2週間前に来たときと今を比べると、とてもじゃないが同じ場所とは思えない。公園の木々が寂しく立ち尽くしている今の状態は『お花見公園』ではなく、もはやただの公園だ。
地面に落ちた桜の花びらを踏みながら右手の方に進んでいくと、桜の花とは違う、季節に関係のない変化が確認できてしまった。
「百瀬、ブランコがねぇ」
「あ、本当だ。なんでだろ」
細い鉄の柱にぶら下がる遊具。それが姿を消し、遊具を囲っていた青い柵だけが残されている。ただの地面と化したその跡は、かつてブランコという遊具がここにあったということをギリギリで認識させてくれる程度のもの。
「夏樹、見てこれ」
百瀬はすぐ近くにあった立て札を指し、小さな声で俺を呼んだ。少しだけ急いでその立札のもとに歩き、そこに記された内容に目を通す。
「『来夏に開始される住宅街の建設に向け、遊具の撤去を行っています。利用者の方々はご了承ください』……マジかよ」
「なくなっちゃうんだ……この公園」
そうなってしまうとこの辺に住む子供たちの遊ぶ場所がひとつ減る訳で、ここに建設されるという住宅街に越してきた子供たちも、この公園に咲く綺麗な桜の花を知ることができない。
何より、俺や百瀬が小さい時から一緒だった公園と桜がなくなってしまうということが寂しく思える。
「……嫌だ」
「嫌だって言ってもしょうがねぇよ、こればっかりは」
「子供の頃からずっと一緒だったんだよ? いきなりなくなっちゃうなんて悲しすぎるよ!」
「……そうだな」
時が経つということは、人が年を取り、環境が変化していくということ。見慣れていた風景も、時代が進むごとに姿を変えていく。
ついこの間までランドセルをしょっていた俺が、今後の進路について悩むまでに時が経ったんだ。これくらいの変化は異常でもなんでもないはずなのだが、なんでもないだなんて思ったのは俺だけだった。
「おい、泣く奴があるか」
「だって……」
年をとっても子供のような理由で涙を流す幼馴染を見ていると、人間の成長や変化について疑問が浮かぶと同時に、何故か温かい安心感に包まれた。




