~7.
ふっくらとしたセミロング一歩手前の長さの少し茶色い髪は、窓の外から吹いてくる心地良い微風に揺られている。華奢な体躯に小さい顔の少女は、文芸部部長としての威厳を柔らかに醸し出しながら部員に文化祭の件を説明していて、その表情はいつものように明るい。
百瀬の大きな瞳は黒く清らかに澄んでいて、笑うという表情を際立たせている。ホワイトボードに書かれた綺麗な文字には、彼女の繊細な性格が滲んでいるようだ。
いつも近くにいるので気にしていなかったのだが、改めて意識して見てみると百瀬は割と容姿が整っている。長いこと時間を共にしている俺から見れば性格にも落第点は見当たらないし、成績もなかなかのものだ。
しかし、この女には今までの18年間で彼氏ができていない。告白されたことや告白したことはあるかもしれんが、俺はそういった話を聞いたことがない。これは俺の中で解明が困難な謎の一つであり、その謎を解く為には少なくとも数年の時間と多大な……。
「夏樹! 聞いてる?」
思考を言葉で遮られた。
「あ、おう。聞いてるよ」
「嘘。今返事するまでに名前3回も呼んだし」
「マジか」
俺は部長に直接色々と聞ける時間がある訳だし、ボーっとしているうちにミーティングが終わってしまってもよかったのだが。
俺ら以外の部員達は、映画の役者をする者とパンフレット作成に回る者で分かれることになり、映像部と美術部にもその旨を伝えた。
いつも大人しい後輩部員達が見たこともないようなやる気に満ち溢れた表情を浮かべている様子を見ると、自分が妙に熱くなっているこの現状に納得できるというか、自分は間違っていないと確認できるわけだ。
部活を終え、帰り際に百瀬から受け取った原稿を早速除いてみることに。受け取ったときになんとなくおかしいと思ったのだが……やけに薄いな、この原稿。
嫌な予感は外れることを知らず、予想していた展開へと進んだ。
原稿用紙がたったの5枚。仮にこの作品がつい最近書かれたものだとしても、あまりに枚数が少なすぎやしないか? 仮にも文化祭で公開する作品の原作なのに、まだこれだけしか物語が進んでいないって……。
そして何より設定をまとめたプロットらしきものもない。俺が小説を書くときは、キャラや世界観などの物語の設定をまとめてから始めるのだが、百瀬はそういった作業を踏まないのだろうか。
わからないことも多いので、とりあえず電話してみることに。
「あ、もしもし?」
『どうしたの?』
「どうしたもこうしたもあるか。なんで原稿こんなに少ないんだよ」
『続き書いてあるけど、駄作になっちゃったから』
「没にするほどつまらなかったのか?」
『というより、どう考えてもハッピーエンドにならなくてさ』
「あまり爽やかでない展開になってしまったと」
『そうゆうこと』
まぁつまり、原案を出して書いてみたはいいものの、百瀬の頭の中では鬱な展開にしか物語が進まなかったということか。主人公が自殺でもするのだろうか。
「じゃあこっからの展開は全部俺が考えていいんだな?」
『えっと、そこは相談で!』
「だるいな」
『いいじゃん別に。とりあえずハッピーエンドにしたいの』
「わかったよ。とりあえずは俺の思うように書くからな」
『ある程度進んだら見せてね!』
「はいはい」
そんなやり取りを終え、俺は久々の長編小説に手を出すことに。まぁ内心かなり創作意欲が溢れてきているから、筆を走らせることも苦痛ではないだろうな。
百瀬が考えた物語の設定は、バスケ少年2人が描く青春友情小説、ってとこか。出だしの文を見ると、主人公は物心がついた時からその親友と一緒にバスケットボールで遊んでいたそうで、小学校のクラブチームも中学校の部活も一緒だった、となっている。
そして憧れのバスケの名門高校に入学し、現在は高校2年生で、主人公が新キャプテン。まぁここまでは至って普通の設定だな。
肝心なのは主人公の親友が、主人公が持っているバスケットボールに宿った命が具現化したものであるということ。展開的には色々考えられるな。
主人公が突然バスケを止めると言い出し、バスケットボールを捨ててしまい、翌日にその親友が急に消えてしまう。しばらくして親友の正体に気付いた主人公が捨てたボールを必死に探し、空気の抜けてボロボロに汚れたボールを見つけ出す。そして復活を遂げた親友と一緒に大学で再びバスケの道を歩む。まぁこれがいわゆる王道だな。
あとは、部活引退後にバスケから離れる主人公と親友。そして徐々に元気のなくなっていく親友。親友は身の危険を感じて主人公に『バスケをやろう』と言うが、受験勉強に必死な主人公にそんな暇はない。構ってほしい親友と、受験勉強の邪魔をされたくない主人公とで溝ができ、2人は別々の道を歩むことになり……ってこれだとバッドエンドになるかもしれんな。
うーん。ハッピーエンドながらも感動要素を取り入れたいという百瀬の気持ちはわかるが、この題材ではベタな展開しか思いつかん。
物に命が宿るっていうのはいいネタなんだが、恋愛でもないのにどうハッピーエンドにしたらいいのだろうか。そもそも題材がちょっと熱いというか、クサいというか。
握った万年筆が空に文字を描く。さて、どうしたものか。
この主人公にとってのバスケットボールってのは、俺にとってこの万年筆なんだよな。誰からもらったのかもいつから持ってたのかもわからんが、一番古い記憶のときにはもう手に握ってたという生れながらの付き合い。
それに魂が宿ってて、すぐ隣で同じ夢を追いかけている。現実的ではないが、人を感動させるだけの要素は十分にあるテーマだ。だからこそ、俺なりのアイディアを絞り出して良作に仕上げたい。
小説の執筆というのは日によって進み具合にばらつきがあるものなのだが、ある程度のストーリーや結末を先に考えておけば、極度のスランプは回避できる。だが、制限された範囲で構想を固めていくというのはなかなか難しいことで、執筆を始める前に行き詰ってしまうことも多い。
まぁ、いつまでも悩んでいて書き出せないのはごめんだ。あと1時間で結末を考えよう。アイディアなんて、無限にあるのだから。
小説と言う現実とかけ離れた世界のことを、現実よりも真剣に考えてしまうのが作家というものなのだろうか。今この瞬間の自分がまさにそれに該当してしまうのだ。




