第七十話 薄い光明
―エルディア帝国恒星間巡航入植艦 レサンクス 艦内
何年ぶりだろうか、こうして艦の外部と通信するのは。
ヴーンと鈍い音を立てて浮かび上がる複合ディスプレイのフレームを見ながら、ダナンは物思いに耽る。
大きさの違う複数の円環が回転し、立体的な映像を映し出した。艦の状態、まだ生きているセンサーから辛うじて得られるデータ、更新日が十年前の星系図…。艦橋の中央情報板など、昔は来る日も来る日も当たり前に見ていた光景だ。
ただそれが、こうも懐かしく思える日が来るとは当時の自分は到底思わなかったことだろう。
「へ、返信来ました!」
通信卓からの声でふと我に返った。
どうも年を取ると昔のことばかり思い出してしまう。若い頃は嫌っていた懐古主義の老人にいつの間にやらなってしまっていたらしい。
「内容は?」
戦術卓に積もった埃を払い、ジーガメが問う。
あの頃からまた随分と白髪が増えても、その椅子に座る姿は昔のままだった。
「はい、えっと…この船の規格で平文で来てます。エストライ連合皇国…第九強襲艦隊…?旗艦風早というところから、攻撃の意思はない、早急な離脱を提案する…と」
クウラが通信卓に表示されたディスプレイの内容をかいつまんで読み上げる。
聞いたことがない国名だ。それに、「強襲艦隊」という名前も気にかかった。第九、ということは似たような艦隊が他にもあるということだろう。
そんな大国が近方に在っただろうか。一番最初に思い当たるのはラルノードだが、かの国は十年前の時点で政情不安でガタガタだった。国号すら変わるような政変が起きて尚、艦隊を揃えてこんなところまで足を延ばしているとは考えにくい。
それよりも気になるのは、この艦の規格で通信してきているということだ。
「相手の言語は?」
久しぶりに艦長席に腰を落ち着けたベルエが、クウラに尋ねた。
確かに、言語もそうだ。こちらから先に通信を送ったとはいえ、あれはあくまでアピールの一つ。言語の解析に使えるような翻訳表は送っていない、それなのにこの短時間でシステムがすらすら読めるほどの精度で翻訳してくる。技術レベルは相応に高いのだろう。
「送信言語と同じ、エルディア共通語です」
クウラが艦長席に向かって答えるのを聞きながら、私は腕を組んだ。
―或いは、エルディアを知っているか。
「しっかし、『離脱を提案する』っつったってどうしますよ。海底を動き回るならまだしも、大気圏、ましてや宇宙なんてすぐには無理だ。外殻は耐えても脆い部分から圧が漏れる。下手すりゃ浮上中に竜骨がバッキンだ」
横に歩いてきたヴィーノスが艦の自己診断システムの表示を見ながら文句を言った。
そちらに目をやると、確かに艦のほとんどの部分が黄色の警告表示や赤色の緊急表示で埋まっている。安全のために艦の中心に配置された居住区画と、辛うじて主機関は無事だが、武装はもとより推進器がまともに動くかも怪しい。
「現状でどこまで動ける?」
視線をデータからヴィーノスの顔に滑らせ、私は尋ねた。
「海底を移動する分には問題ない、が、浮上は慎重にやらないと不味いかもしれん。昔の感覚で上げると最悪水圧差で持ってかれるぞ」
その答えを聞いて、思考はまた振出しに戻る。
現状を打開する光明が漸く見えてきたとはいえ、全幅の信頼を置くにはちと頼りない。しかし、のんびりしているだけの時間もそう無いだろう。やっと降りてきたチャンスだ、みすみす逃す手はない。
相手に頼りすぎず、確実にこの星を出るにはどうすればいいか。そしてその先、目的地はどこか。
そんな思考を遮るように、ジーガメの声が鼓膜を揺らした。
「生き残った同胞がいるかもしれんのだぞ?」
「しかし、ここはやはり自力での脱出を試みるべきでは…」
目をやると、オーファとジーガメがまた揉めていた。
クウラは不安げな表情で、キーボードに手を置いたまま二人の顔を眺めている。べルエはというと、いつも通りの静かな瞳で傍観していた。
昔から周りに好きに意見を言わせておいて、一つずつ折り合いをつけていく。彼女らしいやり方であったし、良家出身だとそういうことも教えられるのかもしれない。
そろそろ頃合いかと、ベルエが口を開いたとき。
天井が、いや、空間が揺れた。
私はほとんど無意識のうちに、立ち上がったディスプレイの中から聴音機の窓を呼び出す。
「何事だ?」
ジーガメの怒鳴り声三歩手前の大声に、今度は部屋の空気が揺れた気がした。
まだ生きているセンサーの情報を統合させ、震源を突き止める。はたと手が止まった。
どうやら迷っている時間もないらしい。
「…饕界だ。距離33、方位80。ここを目指しているかはわからんが、移動している。今のは…海底から海中に出た音か?」
皆の顔色が変わる。
「煮詰める時間はなさそうですね。クウラ、上空の艦…風早といったかしら、に打電。『これより浮上を開始する。海底に大型のエネルギー反応あり、援護を求む』」
まるで昔に戻ったように、ベルエの声に張りが帰ってきた。
ヴィーノスは機関を見てくると言い残して、壊れたドアを開けたまま足早にいってしまった。
「武装はまず動かん。儂と同じで足も悪い、上が降りてくるかの賭けになるな」
「今は賭けるしかありません。それに…分が悪いとは思えませんしね」
ジーガメとベルエの話を右から左に聞き流しつつ、慌ただしく警告やら注意報やらを鳴らすディスプレイを淡々と処理していく。艦内工房など動かなくなって久しい、今更部品の交換期限など言われてもどうしようもない。
昔は下手に警告を消そうものなら整備班がすっ飛んできたものだ。
そんなことを考えていると、咳き込むような振動と共にメーターが上がり始める。久しぶりに仕事ができて、主機関も嬉しそうだった。
オマケ
艦艇解説
恒星間巡航入植艦 レサンクス
全長:476m
武装:26.7cm連装陽電子砲
3基6門 (上部前方2基 後方1基)
25mm連装対空間防御レーザー砲塔 16基
エルディア帝国がかつて運用していた恒星間入植艦のうちの一隻。
「恒星間入植艦」自体が艦級名として機能しているため、個別の艦級は存在しない。
レサンクスはその中でも後期型であり、設計の簡略化に加えて自衛火器の増備と単独航海性能の強化が図られている。




