第六十九話 開いた隙間
―シラーナル星系 第三惑星軌道
第九強襲艦隊旗艦 風早艦橋
電測卓からの警告音、通信卓の通知音、艦橋要員の報告や命令の復唱…そして、一つ一つ命令を出していく指揮官のイラクサの声。
一気に音があふれ始めた艦橋で、風早は作業に集中するために目を閉じる。
暗闇が広がる視界の中で、まるでドームを作るかのように無数のディスプレイが立ち上がり、文字列や数列
が奔流となって流れ始めた。機関の稼働率、偏向幕の展開率、惑星の重力、艦内に働いている慣性や引力、空気や水の循環系統、熱交換システム…。この艦は私の半身で、情報は全て私にも見える。
しかし、今重要なのはそれらではない。
一つのディスプレイが目の前で立ち上がり、通信卓からのデータを展開していく。
エストライの規格ではない。現行のエルディアの規格とも一致しない。旧規格…照合。
意味をなさなかった文字列が、まるで号令でもかかったかのように整然と組み変わり、文章を形成し始めた。
暗号化、無し。内容の欠落、無し。発信源を特定…完了。
間違いない、海底だ。
最後に整合性チェックをしてから風早は瞼を開く。照明の光が飛び込んできて、視界を真っ白に染め上げた。すぐに感光センサーが反応し、視界に色と輪郭が戻ってくる。
頭の奥で処理装置の回転数が落ち着いたのを感じた。あまりにコアを使いすぎると、たった数秒しか経っていないはずなのに頭部の発熱と妙な倦怠感を覚えるようになる。
頭に残る僅かな鈍痛を振り払い、私は指揮官の方を向いた。
「解析完了しました!」
私の目を見つめて彼女は口を開く。
「内容はどうだった?」
さっき読み取った内容を頭の中で反芻し、浮かんだ文字列をそのまま読み上げた。
「はい。『応答を願う。応答を願う。こちらはエルディア帝国移民船「レサンクス」。現在海底にて潜航中、民間人約6800人が乗船中にて攻撃は控えられたし。付近の艦艇は所属と目的を明らかにせよ』だそうです。発信源もエーコル諸島近海の海底で間違いないかと…」
そう伝えると、イラクサ指揮官は何やら考え込む仕草をした。
確かに、なんだか助けを求めているようには思えない内容だ。それが翻訳の都合なのか、はたまた何か別の理由があるのかはわからない。それでも、ひとまず海底の艦は生きていて、話が通じそうな相手だとわかったのは大きな進捗だった。
「…エルディアの旧い規格で返信して。『エストライ連合皇国第九強襲艦隊旗艦風早より、エルディア帝国移民船レサンクスへ。当方に攻撃の意思はない。しかし、当宙域にて多数の敵対生命体が活発に活動中。早急な離脱を提案する』」
「了解。『エストライ連合皇国…』」
それを聞くとすぐに、通信長は卓に向き直って入力を始める。
その様子を見ながら、指揮官はため息を吐いた。
「…飛べるならとっくに逃げてるよねぇ…」
彼女が漏らした言葉のおかげで、私の中の何かが繋がった気がした。
音浮を使った音波測定では、海底に沈んだ艦が大きく損傷している事がわかっている。あれでは「潜航」というよりも「沈没」だ。でも何故かレサンクス側は、まるで今の状態が正常であるかのような口振りで通信を送ってきた。
要は信用されていないのだろう。だから弱みをできるだけ見せないようにしているのかもしれない。
指揮官はどうするつもりなのだろう、と思った丁度その時、意識の裏で解析していた移動する高エネルギー反応の分析結果が出た。
艦橋の景色よりも、一つ手前のレイヤーに浮かび上がったディスプレイに映し出されたそれを読み取って、私は言葉を失った。
「指揮官!先程確認された移動性のエネルギー反応ですが…!」
急いで伝えたかった言葉が、横からの大声に遮られる。
「68戦の鷹峰より至急伝!『結合部の反応に変化あり、分析の結果、中核が海洋極点付近に存在する可能性大にして厳重に警戒されたし』!」
思わず二人揃って通信士の方を向いた後、指揮官はこっちに視線を戻した。目には驚きと、僅かばかりの焦りの色が見える。
「まさかとは思うけど…」
言われずとも、続けて彼女が何を言おうとしたのかは簡単に見当がついた。
「はい。あの移動するエネルギー反応は、大陸側へ信号を送っている、コロニーの中核の可能性が高いかと」
正直なところ予想外だった。まさか地上のコロニーが広がっている大陸の地下ではなく、海の底にコアがいたとは。
ただ、考えてみると合理的だ。
わざわざ地面を掘らずとも、水圧にさえ耐えられれば海に潜ったほうが手間が少ない。おまけに冷却もしやすく、海溝のそばであれば地殻からエネルギーも取り出しやすい。
餐界の進化速度を考えれば、深海に適応するのも早いに違いない。なんといっても生身で宇宙を泳いでいるような生命体だ、惑星表面なんか楽勝だろう。
そのコアの進行方向にレサンクスがいるわけではない。けれど無視することは決してできなかった。
「…第91、92揚陸隊は強襲揚陸用意、目標、E2大陸。殲滅しなくていいから、注意を引けるだけ引き付けて」
迷いの消えた目でイラクサ指揮官はそう命じた。
待ってましたとばかりに高度を下げ始める僚艦と、ついさっきまで静かだったサブフレーム同士の回線が、にわかに騒がしくなったのを感じる。
「レサンクスより返信!」
通信長の方を見る前に、長い息を吐いてから私は裏で先に降下地点の割り出しを始めた。
きっともうすぐ、風早も降りることになる。




