第六十八話 開くまで待とう
―惑星シラーナルⅢ エーコル諸島近海 海底約320m
艦内時刻 午後3時51分
「ー少なくとも敵ではない、かといって味方とも言い切れない、というのが現状で出せる結論ですね」
ダナンは額にずり落ちてきた白髪を軽く整え、丸机の反対側に座る人物に視線を合わせた。
この艦がまだ宇宙を飛べた頃は上級クルーの会議室として使われていた部屋が、今はこの委員会…レサンクス復興委員会の議事場として使われるようになっている。
「…なるほど。やはり、移住は必要でしょうね」
視線の先の委員長席に座る女性が、ため息を吐きながら俯きがちに首を横に振った。
会議室の中の他の面々も、心なしか表情が暗い。
無理もないだろう、ダナンは何故か他人事のようにそう思う。
ここで出される議題は往々にして深刻なものが多かったが、今回はそれにも増して緊急性が高い。
つい数刻前にこのレサンクスは何者かに発見されたのだ。
彼らは探知機を投下するだけしてその後は静観を決め込んでいる。状況証拠からするとこちらの存在を認識しているとは言い切れないが、この世は常に最悪のケースを想定しておかねば裏切られる。
「数時間前から、断続的な地盤振動も観測されています。地殻変動によるものである可能性は低いかと…」
おずおずとクウラが端末を叩くと、円卓中央に浮かぶホログラムがノイズと共に周辺の海底地形とソナーマップを表示する。
その青白い光に照らされて、机に向かう面々の顔に影がかかった。それを見て、時の流れを実感する。自分も、この艦も、共に肩を並べて生き伸びるために足掻いた仲間も、皆等しく老いたのだと。
一人であれば、もうそろそろ潮時だから、流れに身を任せてただ終わりを待とうと思ったかもしれない。
ただ、と横を見やる。
壊さないように慎重に古びた端末を操作するクウラの顔には、不思議と影がかかっていなかった。
懸命に泳ごうとする若人の足を引っ張るほど、性根まで枯れてはいない。
「震源からすると、恐らく北方大陸側だと推定されます。…かなり大規模な爆発…?のような振動みたいです」
そのクウラの推測を裏付けるように、この艦のまだ生きているソナーセンサーが探知した振動グラフが、定期的な山なりの波形を描きだしている。
地面と海水は空気よりも振動を遠くまで伝えやすい。遠く離れた大陸で何やら大掛かりなことが行われているのは明らかだった。
「最後の地上探査によると、饕界の連中は地上に巣を張る。…その『来訪者』が奴らと交戦状態にあるのだとすれば」
言葉に力を入れるようにステッキで地面を一突きし、眼光鋭くジーガメが言葉を紡ぐ。かつて戦術長を務めていただけあって、足を悪くした今でも威厳と圧は衰える兆しが見えない。
「しかし、ここで事を急いては…」
それを押しとどめるように、幾分若いオーファが声を上げた。元戦術長の圧に物怖じすることなく、言葉を続ける。
「友好的な文明とは限りません、あまりにも情報が少なすぎます。まだここに住む数千の人々をいたずらに危険に晒す訳には…」
「確信できるまで待つというのは、座して死を待つのと何が違うのかね?」
伸びた白髪の眉を上げ、ジーガメが尋ねる。
「友好的な文明なら、既に何かしらのアクションを起こしてきてもいいはずです…!それなのに、通信一つ無いではありませんか」
オーファの答えに、ダナンは軽く頷く。
確かにその通りだ。散々こちらの位置を探っておきながら、呼びかけ一つ寄こさない。だからと言って非友好的と決めつけるのもいかがなものかと思うが、逆に友好的だと判断する材料にも欠ける。
こちらから通信を送るべきだったかとも思いつつ、ふと一つの可能性に思い当たった。
「或いは…通信は送ってきているのかもしれない」
思考の断片が勝手に言葉に乗って口から漏れ出し、部屋の空気を震わせた。
腰を上げかけたオーファが椅子を引き直し、ジーガメはこちらに向き直る。
「どういう意味だね?」
老戦術長の眼光が一段と鋭くなる。
真剣に話を聞こうとすると意図せずそうなる、という彼の癖に気づいた日から彼への苦手意識が消えた。
「彼らが異星文明なら、もちろん通信手段も違うはず…単に我々が感知できていないだけで、既に通信を送ってきているのでは?」
オーファとジーガメが考え込んでいるのを横目に、委員長席の方に視線を移す。
そこに腰掛けるこの艦の元艦長、ベルエはもうすっかり古くなったメガネをずり上げて、瞳を閉じていた。
「…あれ?」
突然クウラが声を上げる。
この事態をどう見るかと元艦長に向けていた視線を、思わずそちらへ向けた。
「どうした?」
オーファとジーガメも思考を中断して顔を上げる。先ほどから顎を指で叩きながらずっと黙っていたヴィーノスも怪訝そうな顔を向けた。
「えっと…あ、んと…」
言うつもりのない声だったのだろう。不意に部屋中の視線を集めてしまい、しどろもどろになりながら、クウラは続けた。
「すぅ、はぁ…。レサンクスってシールドを張ってますよね、電磁遮蔽幕も」
「そうだ。艦が潰れねぇようにするのと、機関や機器がだす電磁波なんかを隠すためだな」
一呼吸置いて話すクウラを落ち着かせるように、ヴィーノスがゆっくりと答えた。
「レーダーにも映らないようになっている」
ダナンもそう補足する。
といっても通信波などの必要な情報が出入りできるように、電磁遮蔽幕を透過できる特定の周波数が存在する。基本は艦隊毎、船団毎で決められていて、お互いに通信ができたり、位置がわかったりできるように造られていた。
「ですよね…ってことは、向こうの人たちからすれば、レーダーに影しか見えないし、通信送っても返事も聞こえないしで、そもそも人がいるかどうかすらわかってないんじゃ…?」
会議室の、空気が止まる。
「あ、えっと…」
何かまずいことを言ったのかもしれないとクウラが焦り始めた頃、ヴィーノスが何度も大きく頷いた。
「そういうことか…完全に盲点だったぜ…」
ダナンもやれやれと頭を振る。
歳はとりたくないものだ。自分ではまだ視野が広いと思っていても、やはり思考が凝り固まってしまっていたらしい。
そもそも幕で弾かれていては、届く通信も届くはずがない。お互いに無視されていると思い込んでいたのか。
そう考えると、途端にあの無機質な文明の意図に人間味が増す。
レーダーに影が映るから無人機を送り込んで様子を見て、通信を送っても返事がないので海底を音で探り、下手に刺激しないように遠巻きに見守る。
自分たちだってそうするだろう。
「歩み寄るべきはこちら…というわけですね」
ベルエが落ち着いた声で提案する。
この艦は癒えぬ傷を抱えたまま、もう傷付かぬようにずっと殻の中に篭り続けていた。
そろそろ、殻を開く時が来たのかもしれない。
これ以上膿がひどくなる前に、例えまた傷付くことになったとしても、未来を向けるように。
ーシラーナルⅢ 降下ポイント1-1
第九強襲艦隊旗艦 風早
海都標準時 9月21日 午前8時52分
風早の格納庫では、バタバタと降下の準備が始まっていた。
大気圏突入に耐えられる降下艇に、最低限の自衛策として陸戦型の甲冑を積み込み、小型の可潜機を固定する。
海底に潜ってエルディアの捜索信号を出し、相手の出方を窺う。手間がかかる上に受け身にならざるを得ない状況に、降下する隊員たちは若干不服そうだった。
一方艦橋では、より詳細な降下ルートの選定から先ほど無人機から得られたデータの精査などが行われている。
もしも返事がないのであれば、そもそも生存者がいるのかという振り出しに戻ってしまう。
いることを証明するのは簡単だ、でもいないことを証明するのは不可能なほどに難しい。頼むからいるなら返事をしてくれ、というのが艦橋要員の願いだった。
イラクサが他の揚陸艦に対しても、念の為降下準備を進めさせていた時、電測士が声を上げた。
「高エネルギー反応があります。極点方向に集中点が…移動してます」
「さっきの棘?」
思考を切り替えたイラクサが尋ねると、電測士は歯切れ悪く答える。
「恐らく違うかと…もっと密度が低く、範囲が広いです。極点方向から赤道付近へ移動中、速度20m/s」
何かはわからないが、何かが移動している。
それもそこそこのスピードで。
それが脅威なのかどうかを判断するよりも早く、今度は通信長が大きな声で報告した。
「所属不明艦より入電!発信元はシラーナルⅢ地表面と推定されます!」
「解析します!」
直ぐに風早が反応する。
同時に、格納庫から降下準備が整ったという報告が艦長席に届いた。
閉ざされていた殻が開こうとしている。
それと時を同じくして、別の厄介事も顔を出そうとしていた。




