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―幕間― いつか箱庭の外で

艦艇及び星系基地統括支援システム基本法改正案について


基本法という名の通り、艦艇や各星系基地、銀路の駅などに配備されている「統括支援システム」の概念や技術基準、基本運用などを定めた法律のこと。

それの改正案が現在衆民院で審議中である。

宇宙船の歴史と共に成長してきたサブフレーム技術は、すっかり今の社会に馴染んでいる。ほとんど人間と同じように思考し、学び、感情を持つように見える彼女たちにも、休暇や保障…要は労働省が定める労働基準を保証する必要はあるのではないか?というのが改正案の根底にある。

争点はどこまで権利を認めるか、どこからが「自我と人格を持つ個」か、だ。

エストライはこれまで数多の種族との権利問題にぶつかってきたが、自らが生み出したものの権利を認めるかどうかは初のケースとなる。


ー出典:汐風新聞(電子版より抜粋)


―たか座方面外縁部 第二警戒ライン フォルド星系 第二惑星衛星軌道前哨基地


海都標準時 9月20日 午後1時12分45秒



無人の通路に一定のリズムで足音だけがこだまする。

静かだ、不意に私はそう思った。

数日前に入港してきた丙四任務部隊の乗組員たちは何やらピリピリしていて、とても寛げるような様子ではない。彼らと入れ替わりで出港していった丁二の人たちとは正反対だ。人数は今より少なかったのに、あの時はステーションの中が妙に騒がしかったのが記録に新しい。


そんなことを考えていながらも、足は勝手に目的地で止まった。

反応が一拍遅れる。気づいた頃には足音の余韻が回廊に吸い込まれて消えていた。もう何年も通い続けた道のりだ、頭よりも足の方が巡回ルートを覚えているのかもしれない。

―脚部に記憶装置なんて付いていないのに。

誰もいないのに笑いをこらえて、「植物園」と書かれた扉の横にあるパネルに手をかざす。

認証が成功する「ピロン」という電子音の後に、ガラス戸が音もなくスライドした。一歩足を踏み入れると、湿度と気温が少し上がったのを感じる。

私はこの空間が好きだった。

管理されている箱庭、もしかしたら必要ではないかもしれない物。そういった部分を、どこか自分の境遇に重ねていたのかもしれない。


私は私じゃなくてもいい。人型でなくても、感情なんてなくてもこの基地は回る。管理だけなら動力炉に直結されているメインコンピューターが、センサーやドローンを使って整備をすれば十分だ。

酸素だって、無理に植物を使わなくてもいい。植え方だって、こんないろいろな植生を再現して背の高い木々を植えなくてもいいはずだ。

でもここには、わざわざ広いスペースを使って木と、花々と、ちょっとした池と、本当にちょっとした滝がある。

私にも、二本の腕があって、足があって、作り物とはいえ肌と髪があって、服を着ている。

何の意味があるんだろう、ずっと頭の中でわだかまっていた問いがまた顔をのぞかせた。

ここ一、二週間のうちに色々な人が基地(ここ)を訪れては去っていった。

でもどうせまた、誰もいなくなる。また一人になる。


私は艦艇のサブフレームが羨ましくてしょうがない。

彼女たちはどこへでも行ける。

星の海を越えて、ガラス玉のような星々を遠くから眺めて、時折艦を降りて、自分の足で箱庭から出られる。そしてなにより、一人ぼっちなんてことがない。

僚艦がいるし乗組員がいる。一人で長時間行動することなんて無い。

上を見上げると、ドーム状の天井から光が差し込んでいた。

送風機から噴き出す風が木の葉を揺らし、地面に敷き詰められたレンガの小道に木漏れ日の模様を描く。いつか私は、この光景をどこかの星で見たい。

多分叶わない夢だろう。やっぱりそう思う。でも、夢を見ることぐらいは許してほしかった。

ずっと先、私が旧式のおんぼろになる頃にはどこかに放逐されるかもしれない。もしかしたらスクラップかも。もしそうなったら、最後にこんな小さな願いぐらい聞いてくれるんじゃないだろうか。


「…はぁ~」

ついつい重苦しいため息が出てしまう。

まあどうせ誰もいない園内だ。ため息の1つや…いや、3つや4つ許してほしい。

自嘲気味に頭を振ってから前を見た私は、思わず悲鳴を上げそうになった。

園の中央にそびえるひと際大きなカデイザの木。毎年時期が来ると綺麗な花を咲かせるのだが、今はそんなことはどうでもいい。

その木の根元にはベンチが置かれていて、木陰でのんびり本でも読んで過ごすことができた。目の前の滝の配管が段々と落ち葉で詰まってくると、バシャバシャという音が耳障りになってくるのだが、別にそんなこともどうでもいい。


要は人が座っている。この結論に行きつくのに3.6秒使った。

それ自体はなんてことない普通のことだ。ただ、さっきまであんなことを考えていただけに、思考を通常業務に引きずり戻すのに時間がかかってしまった。

完全に油断していた、どうせ誰もいないだろうと思っていた結果がこれだ。どれだけ他者と関わってこなかったのかと嫌でも自覚させられて、何とも悲しい気持ちになる。

こっちから見えるのは後ろ頭だけだ。

私は声を出してない…はず…。長いこと業務を一人でやってきたせいで、独り言を言う癖でもついていなければ、の話だが。もしあったとしても、誰も指摘してくれる人なんていなかったし自分じゃ気づけない。


一旦深呼吸を挟む。機械の身体に意味があるのかは知らない。

ひとまず、こっちを見向きもしないということは、私がベラベラと大声で喋ってはいない、ということだろう。或いは様子がおかしいと思われて無視を決め込まれているか。

その可能性を掘り下げると辛くなってくるので、一旦それは頭の隅の方に追いやる。

とりあえず、邪魔にならない程度に普段の仕事をしよう。

なんというか、配属時よりも頭の回転が鈍くなっているような気がする。

或いは焦るようなことがほとんどなかったせいで、常に処理の一部を問題解決以外の何かに回す癖がついているか、だ。


「…あの…どうかしましたか?」

終わった。

なにも終わっていないはずなのに、私の中にはその四文字…「。」を入れれば五文字か、が浮かんだ。

多分こういうことばかり考えているから処理が遅くなるのだろう。

「いえ…少し驚いてしまって。ここに人が来るのは珍しいですから」

完璧な返答だ。私は今ほど機械で良かったと思ったことはない。

にこりと愛想良く笑って、振り返った相手の顔を見る。後ろ頭から女性っぽいと思っていたが、どうやら当たりらしい。

その人の眼を覗いた時、人間ではないと察した。

サブフレームだ。

「そうなんですか?こんなに素敵な場所なのに…」

彼女は私から視線を外すと、周りをぐるりと見渡してそう言った。

とりあえず誤魔化しに成功した、と頭の中で拳を握る。そこまで隠すことでも無いけれど、思い返すとセンチメンタルすぎて恥ずかしい。


そんな感情をおくびにも出さずに、ゆっくりと歩みを進めた。

「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいです。手入れした甲斐がありました」

これは本心だ。

あまりにも退屈すぎて、自動管理ドローンから植物管理の仕事を奪ってからというもの、毎日少しずつ手入れをしてきた。大きな木や池なんかのレイアウトは初期から変わっていないけれど、花を植えたり池に浮遊性の浮草を並べたりはできている。

「やっぱり!」

と彼女はポンと手を合わせた。

どことなく所作が上品な人だ。良家の令嬢、小説か何かで読んだそんな言葉がしっくり来る。

「ドローンが手入れしてるお庭とは、ちょっと違うと思ったんです。整ってるけど、どこか暖かい。そんな感じがします」

その笑顔に、これまでに無いほど感情が動いた。

頭の中の整理が追いつかないまま、冷却液が瞳に集まってくる。私は慌てて目を瞬いて液を逃した。


「…ありがとうございます」

なんとか普段通りの声を絞り出す。

一呼吸おいて落ち着いたところで、こっちから質問することにした。

「今日はどちらから?」

…思ったよりも私は平静を失っている。

どちらからも何も艦以外どこから来るというのだ。

「あ、ごめんなさい。自己紹介がまだでした。私は第48航空戦隊所属の、翔環(しょうかん)型航宙機母艦。白燕(びゃくえん)と申します。よろしくお願いしますね」

『どちらから』というのを所属を聞かれたと思ったのか、彼女はスラスラとそう名乗って綺麗な姿勢でお辞儀をする。

私も自己紹介を忘れていたと、慌てて頭を下げた。

「私こそ忘れていました。フォルド星系前哨基地統括サブフレーム、フォルデです」

誰かに名乗ったのは久しぶりだ。

それも、サブフレーム相手となると以前はいつだったか思い出せない。普段はお互いに単なる管制と艦艇としか見ていないし、直接会う機会もそう多く無い。だからこれは私のせいじゃなくて仕方がないことなんだ、と思いたかった。


「少し…フォルデさんが羨ましいです」

私の言い訳がましい思考を遮り、膝の上に広げていた本を閉じて白燕さんは言った。

きっと私はさぞ怪訝な顔をしていることだろう。羨ましいのはこっちの方だ。

「艦内だとこんなに綺麗にできないんです。特に私は空母なので、格納庫がある分高さが取れなくて…」

眉をハの字にして、彼女はそう続けた。

確かに艦艇と比べれば基地はスペースに余裕がある。でも、私はそれより、と口を開いた。

「私は…白燕さんが羨ましいですよ。だって、どこでも行けるじゃないですか。私はここから出られないので…」

そこまで言ってから失言に気がついた。

受け取り方によっては完全に嫌味だ。


白燕さんの顔が青ざめる。

言わんこっちゃない。言ってないけど。

「あぁぁ…ごめんなさい!私そんなつもりじゃ…」

慌てて弁明しながらパタパタと手を振る白燕さんを見て、私は内心天を仰いだ。

どう考えても、気の良い相手にあんなこと言ったらこうなることぐらい簡単に予想できるだろうが〜!と自分をどやしつける。

「えっと、違うんです…!嫌味とかじゃなくて、単純に色々な星を見て回れるのが羨ましいなぁって思っただけで…!」

一体何が違うというのか。

だめだ、あまりにも対人経験が無さすぎる。何を言っても裏目に出る気がするし、かといって黙ってるわけにもいかない。

今度からもっと人と話すようにしよう、そう心に決めた。

「わ、私も、腰を落ち着けて誰かの帰りを待てるって良いなぁ、って思っただけなんです…!」

白燕さんも相当焦っているらしい。


数秒、気まずい沈黙が流れた。

何か、何か話さないと…と辺りを見回す。すると、ちょうど見頃を迎えたルチアの花が目に留まった。

一つの株から数本の茎が扇状に伸びて、先端に白い小ぶりな花を幾つか付ける。少し遠くから見ると、まるで白いアーチやカチューシャのように見える天然の花環だった。

「そ、そういえば、白燕さんは何を植えてるんですか?」

花の固有名スタートだと、それを知らなかった場合会話が終わってしまう。リスクヘッジだ、許せルチア、と未だ混乱の収拾がつかない頭が変な出力を返してきた。

「あ、えっと…高く育つ樹木系は少し難しいので…低木を少しとお花をほんの少しだけ…けどあんまり管理できてないんです」

伏目がちに彼女はそう言った。

よく考えれば、艦のサブフレームは艦全体の管理が仕事になる。管理する面積だけなら私の方が広いが、艦があっちこっち動き回る上に戦闘がある分仕事量は段違いだろう。針路の予想に偏向幕の管理、機関の調子だけでなく、彼女の場合は艦載機まで見ないといけない。部外者の私が思いつくだけでざっとこれぐらいある。私といえば基本は暇で、忙しいのは大規模な入港と出港の時ぐらいだ。

「でも、やっぱり植物ってあるだけで人を癒す効果がありますから。ここまで丁寧にされていると尚のことです」

やっとその顔に笑顔が戻ってきた。

つられて私も笑顔を浮かべる。口を滑らせなければ途中の気まずい空気はなかったかもしれないけれど、この話題になることもなかったかもしれない。

とりあえず終わり良ければ…で捉えておこう。


その後はベンチの隣に座らせてもらって色々話した。肥料のこと、丈夫に育つ花のこと、少し話題が飛んで読んでいる小説のこと…。

そうこうしていると、不意に白燕さんの瞳が動いた。

「あっ、ごめんなさい。呼び出しがかかったから戻らないと…」

と白燕がスカートを払って立ち上がった。

私にも、メインコンピューター経由で出港管制への呼び出しがかかる。どうやら出撃らしい。

「私にも来ちゃった。行かないと」

そう言ってベンチの上の本を手渡す。うちの備品ではなさそうだ。

「ありがとう。あ、そうです。個人用のメッセージID交換しませんか?」

本を両手で受け取ってから、彼女はそう言った。

「うん」


そう言ってIDを交換した後、白燕は小走りで桟橋の方へ駆けて行った。その姿が通路の曲面で見えなくなるまで見送り、反対側へ歩き出す。

足取りは軽い。

駐留は一時的なもので、どうせまた一人になる。でもそれは、入れ替わり立ち替わり色々な人と話せるということだ。

いつか私が箱庭から出られた時、見たい景色や会いたい人が沢山あるなら、それは本当に幸せなことなんだと思う。

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