第六十六話 整理
ー海皇都 横瀬区 統合司令部庁舎
海都標準時から時差1時間
横瀬区時間 9月21日 午前10時
通信を切ったアスーイが部屋の入口へと視線を向けると、丁度来客の後ろで扉が閉まったところだった。
「どうした、天翔」
ほぼ毎日のように顔を合わせている乗艦に声をかける。彼女は何か報告することがある時に、通信や文面でも特に支障はないにも関わらず何故か大抵執務室にやって来る。来ないときは本当に些細な要件か、本人が別件で忙しい時ぐらいなものだ。
そんな天翔は、ついさっきまで早歩きの最上級みたいなスピードで足音を響かせていたとは思えないほど涼しい表情で言った。
「司令、相手を確認せずに扉を開けるのはいかがなものかと」
細かいことを気にする奴だ。そもそも執務室のある6階のこのフロアには、普段ほとんど人が来ない。室内から足音が聞こえる範囲に来た時点で、目的地なんてほぼ一択だ。
「足音で大体誰が来たかわかるだろ」
呆れ気味にそう返すと天翔は驚いたように目を見開いた。
何か変なことを言っただろうか、そう思っていると、彼女の目線が俺の頭より少し上で止まる。
「ああ…そういえば司令は耳が良いんでしたね…」
そう呟いて、どうやら一人で納得したようだった。
「それでも、やはり確認は必要かと」
視線を下にずらし、真っすぐこちらの目を見つめて天翔は釘を刺してくる。
正直ここに来るような面子の足音は大体覚えているし、庁舎に入れている時点で関係者だ、と思わなくもない。
ただここでそんな反論をしても意味がないし、いつまで経っても本題に入れない。それに、こちらのためを思ってしてくれる提案を無下にするのも悪い。
「悪かった。それで、急いでいたようだったがどうしたんだ?」
口に出した後、さっきも同じ質問をしたことに気付く。
その時天翔が答えなかったということは、火急の件ではないか、或いは…
「…急ぎの報告はあったのですが…丁度作戦室から詳報が送られたようでしたので…」
…内容が被ったということだろう。わかりやすく残念そうに彼女の表情が曇っていた。
天翔は旗艦ネットワークを使って、今前線にいる龍鳳や風早とまるで会話してるかのように連絡を取れる。
ただ、それはあくまで自艦や周りの艦隊のケアもしながらやっている、いわばついでに過ぎない。前線にいる彼女たちが忙しい時には、通信科の仕事の方が早いケースも時々あった。
「送られてはきたんだが、まだ目を通せてないぞ…本当についさっきのことだからな…」
そう言うと、これまた分かりやすく天翔の表情が明るくなる。
場合によっては人間よりも人らしいんじゃないか、そう思いつつ、丁度ダウンロードの終わった龍鳳からの戦闘詳報を開いた。
「では、現状のシラーナル星系での戦闘情報をお伝えします」
どこか嬉しそうに映像を投影する彼女を横目に、送られてきた報告をざっと斜め読みする。
下から上へと流れる文字列の中で、一瞬映った「海底に艦と思しき構造体を確認」の一文。そちらへ意識が流れる前に、天翔の声に呼ばれて頭を上げた。
「…まずは損害報告ですが、累計で大破5、中破8、小破20隻。航宙機の喪失が21、未帰還17機との報告が上がっています」
四角く投影されたリストには、横から見た艦の線画が並び、それぞれの艦の被弾箇所に色がついている。無傷なら無色、表層で止まった損害であれば黄色、内部まで修理が必要なら橙色、交換したほうが早いくらい、もしくは完全に消し飛んでいるなら赤色、といった具合だ。
「人的損害は…やはり出るか…」
詳報に淡々と並ぶ死傷者数に目を落とし、息を吐く。噛みしめた奥歯が軋んで小さな音を立てた。
艦が傷つけば、当然そこに乗っている人間も傷つき、時には命を落とす。…今回は有人機も出ていた。その判断が間違っていたとは言えないが、彼らのことを単なる数字として処理したくはないし、仕方がないものと割り切るつもりもない。
「…はい」
天翔も動きを止めたのが俯いた視界に映った。
数秒間目を閉じて、名も顔も知らない部下のことを偲ぶ。今の俺にはこれぐらいしかできない、せめてこれ以上被害を増やさないように、頭を使うことぐらいしか。
瞼を上げて、天翔の方を見る。先ほど見せた明るい表情から打って変わって、どこか心配そうに見えた。
気持ちと頭を切り替えて、部屋の空気を入れ替えるために続きを促す。
「現状、中大破艦は順次戦線より離脱中のようです。未帰還の航宙機に関しては第83戦隊を中心に捜索中だそうで…」
そう言いつつ、彼女は映像を切り替えて続けた。
「問題は、甲六を攻撃した未確認の構造体です」
映し出されたのは、長くしなやかな棘だった。表面は他の餐界個体と同じように装甲化されていて、先端の数メートル分は固く、滑らかにコーティングされているように見える。
「推測だと伸縮というよりも、成長に近いみたいだな…」
詳報に書かれた龍鳳側の推論を目で追う。
そうなると表面の装甲は、内部で急速に成長する組織が外側に追いやられて一瞬で老化した姿なのだろうか。
「恐らくそうかと思われます。もしこれが…」
天翔が言葉に詰まる。ただ、言わんとしていることはすぐにわかった。
「…第九に向けばもっと大変なことになる、か」
彼女が大きく頷く。
一方で俺は背もたれに体重を預け、天井を眺めた。
これまで攻撃する機会はいくらかあったはずだ。それでも動かなかったということは、何かしらの制約がある可能性が高い。根拠もないのに確率論に賭けるのは無謀だが、相手を過大評価するのも危険だ。
あの棘が成長する作りであるなら、それなりのエネルギーを消費するだろう。現に報告によれば、棘が出現する前兆として、大規模なエネルギー集約の反応が挙げられていた。
つまりはコロニー体からしても切り札を切ったと考えるのが自然だ。
それに、とさらに考える。
「…ただ、これ以上艦隊を拘束し続けるのは…」
まるでこちらの思考を読んだかのように、天翔が言った。
身を起こし、彼女の方へ視線を戻す。
「…結果的に損害が増える、だな…既に艦隊のローテーションもグダグダだ。これ以上第四を引っ張れば、人も艦も壊れる」
彼女が言いかけた言葉の続きを引き継いだ。
結局はそこだ。餐界との戦いがどのみち長期戦になるのは避けられない。コロニーがシラーナルⅢだけではないことが殆ど確定している以上、一部に無理を掛ければ全体が崩壊するのはわかり切っていた。
最悪の場合、シラーナルⅢを破壊してしまえばいい。そう短絡的な思考が囁く。ただ、海底に艦らしきものがあるという事実が、その引き金に鍵をかける。
降りろと言えばイラクサは降りるだろう。
しかし、もしその最中にコロニーが仕掛けてくるかもしれないというリスクを考えると、おいそれと命令は下せない。かと言って、コロニーからすれば時間は味方だ。悠長に体制を整えておく余裕もない。
そうして長考に入っていると。
「…え?」
突然天翔が困惑した声を上げた。
いつのまにか下がっていた視線を思わず音源へ向ける。
見て取れるのは驚きと困惑、天翔は視線を空へ投げたまま、眉をハの字にして怪訝そうな表情を浮かべていた。
「どうした?」
そう声をかけると、彼女は当惑した声と顔のまま、こちらに焦点を合わせて衝撃的な一言を発した。
「それが…風早たち、少し前に降下したらしいんです」
「は?」
今日一番大きい声が、防音の執務室にこだました。
旗艦サブフレーム同士は、それぞれが殆ど同期して情報共有ができる。ただそれは、別に最優先事項でも義務でもない。それでも彼女達はかなり頻繁に情報を共有しあっていた。
もし共有が遅くなった時、「今それどころじゃない」ということが言わなくても伝わるように。




