ー幕間ー 銀河の車窓から
山野都について
首都圏と呼ばれる五つの初期入植惑星のうち、最後に入植された大陸型惑星。
地表面の約半分が大陸で構成されており、巨大な内海が一つ存在する。
内陸部は乾燥帯や山岳部が広がり、居住には向かないものの、山岳地帯からの湧水は沿岸部の広大な平野部に肥沃な生態系を構築した。そのため、人口は沿岸部に集中し、内陸部はほぼ未開の地となっている。
食糧生産を開発の指針とされたため、地平線まで広がる広大な穀物畑や巨大な牧草地が散見される。これらは観光名所としても好評だそう。
現在では増加傾向にある人口に対応するために、内陸の乾燥帯への環境改造計画が進められている。今後30年以内に農業に使用できる土地面積を60%増加できる見通しだと言われているが、極端な環境改造が予期せぬ結果を招きかねないと専門家は懸念している。
ー出典:Nelt百科事典
―ナナリ星系 山野都 惑星軌道銀路中継ステーション 旅客駅
海都標準時では午前8時、白羽都や富翠都などの発展した都市型惑星では、まだまだ通勤通学のラッシュの切れ目が見えない時間帯。
一方でホームの天窓から見える主星はというと、白い余韻を残して山野都の裏側へと沈んでいく。
山野都の中心エリア、新畑区で朝の喧騒がひと段落する頃には、この駅ではとっぷりと日が暮れていた。
ナナリの太陽が隠れきる前に放った柔らかな光を受けながら、一編成の列車が軽やかに加速しホームを旅立つ。
すっかり人がまばらになった乗り場が少しずつ速度を増して流れていった。少し耳に残る小さな甲高い駆動音と、構内に敷かれた軌道に誘導輪が擦れる走行音が音量を増すにつれて、駅の照明が長く尾を引いて一本に繋がる。
コォッという空気の壁にぶつかった様な音と共に、壁が窓のすぐ外まで迫り、一気に暗くなった。照明も数を減らし、時折その光で窓を薄く照らすだけだ。軌道の継ぎ目に差し掛かるたびに、誘導輪と台車が揺れ動くカタンカタンという小刻みな振動と音がやけに大きく感じられた。
突然その音と振動が消える。
残されたのは車内に微かに響く偏向機関の駆動音と一瞬の浮遊感。
それを自覚する頃には、既に外の視界は開けていた。
車窓から見えるのは夜の山野都。丁度真夜中頃だろう、沿岸部を縁取るように明かりが灯っているのがこの距離からでも見える。
物理軌道から解放された列車は、さらに速度を一段引き上げた。外に広がる山野都がどんどんと後方へ流れていくのと同時に、その端から白い光があふれだしていく。
この星の太陽が顔をのぞかせる直前、漏れ出した白い光に照らされた艦隊のシルエットが映った。
その影は主星の光にかき消されてすぐに消え、時折手前を横切る信号機のみが、その眩い光を一瞬だけ覆い隠す。
短いチャイムの後に、車内放送が流れ始めた。
『本日も、星間銀路旅客線をご利用いただき、ありがとうございます。この列車は、普通、門衛都行きです』
今や人工音声がかなり進歩していて、宇宙艦艇用のサブフレームなどは最早人間と遜色ない抑揚で話すことができる。
それでも、銀路で使われているこの自動音声は、惑星地表を走る鉄道時代からの流れを汲んでか、どこか無機質感の強い、それでいて耳に残る声をしていた。
利用者が少ないこの時間帯の路線には、2席ごとに向かい合ったボックス席の車両が充当されている。車内は閑散としていて、本来4人掛けのボックス席に、一人でもなんの気兼ねもなく腰掛けることができるほどだった。それでも尚空席の方が多いほどだから、回送にするくらいなら、少しでも客を乗せようというダイヤグラム作成者の思惑が見える。
車両前方のボックス席で、四人の学生たちがはしゃいでいた。より正確な表現をするのであれば、当の本人たちは、それでもかなり抑えているつもりなのだろう。
試験明けの振替休日、遊びに出かけるには絶好の日だ。今日ばかりはやたら容量の重い教科書も、未だに紙に書かなければならないノートのことも忘れていられる。ついでに昨日まで詰め込んでいた試験範囲の内容も、列車が加速するにつれて憂鬱な気持ちと共に後ろへ吹き飛んでいく。
気分が高揚しない方が嘘だというものだ。幸いなことに乗客は少ない。多少騒いだところでそうそう迷惑はかかりそうになかった。
列車は矢のように星系を横切り、緩い弧を描いて首都圏にだけ残された銀路用ゲートウェイ、その手前にある駅へ向かう。
丁度そこから、重連の機関車が貨車にコンテナを満載して飛び出してきた。赤いストライプが入った貨物列車は、ゲートウェイの深い泉のような暗い藍色の膜から、無限に続くかのように見えるほど長く貨車を引っ張り出していく。
そんな長編成の貨物列車が、この客車の屋根の上を越えて行き違った。
再び、抑揚の薄い声で車内放送がかかる。
『次は、上山野、上山野です。降り口は、右側です』
それと時をほぼ同じくして、列車がゆっくりと減速を始める。高かった駆動音は徐々にその音階を下げていき、再び窓の外がトンネルに入った時のように暗くなった。
少しの揺れと共に、誘導輪が軌道に当たった時のカタン、という音が次々と連なって響く。一気に外が明るくなり、隣のホームに別の列車が停まっているのが見えた。
ホームにいる人の数はさらに減り、十数人程度になっている。
ホームについているフェンスのゲートと、列車の扉の位置が寸分違わずピタリと合った瞬間に、丁度列車が停まった。
短いアラームと共に、扉がゆっくりと音もなく開く。
ここで降りる人はおらず、皆乗って来るだけだった。
その間に隣の列車が発車する。
窓越しに向かいのホームのドアが閉まり、車両がゆっくりと動き始めるのがわかった。
その奥にホームのドーム状の屋根を支えている柱が何本も並んでいるのが見えなければ、この列車が後進しているのではと錯覚するところだ。
誘導輪と軌道が奏でる小気味良い音が遠ざかった頃、発車を知らせるチャイムが構内に響いた。
こうして、銀路は今日も明日も巡り続ける。




