第六十五話 入電
―シラーナル星系 第五惑星軌道
海都標準時 午前8時47分
風早たちが惑星に降り立つための準備に追われ、前衛を担う乙四任務部隊の弦鐘たちが漸く地表の異変に気が付いた頃。
シラーナルⅢからはるか後方の、龍鳳を始めとする空母部隊の緊迫感は徐々に解けつつあった。
無理もない、とカロントは艦内の私室である指揮官室でひとり呟く。
最後方から指揮と航宙機による支援を主任務とする航宙機母艦と、最前線で砲火を交える駆逐艦や巡洋艦では、両者の間に物理的にも感情的にも、隔たりと温度差がある。
最前線に宙雷戦隊、少し引いたところに弦鐘型などの戦艦級、側面に巡季型航空巡洋艦が並ぶ。さらに後方に門瀬型が陣取って航宙機隊の中継地点兼援護射撃を担当し、主力となる航宙機母艦戦隊は、護衛と共に遠方から航宙機を管制するのが仕事だ。
大雑把に表現すればかなり縦長の陣形になり、面というよりも線で展開するのが第四投射艦隊の定石だった。
他の艦隊の旗艦が、基本的に前線で隷下の戦隊と肩を並べて戦うのとは対照的だ。
もっとも、旗艦とは常に戦場を俯瞰的に把握し、冷静に判断できる立ち位置を確保すべきだ、というのがカロント自身の持論でもあった。それが最善手だとも思ってはいるものの、艦種ごとの隔たりが気にならないと言えば嘘になる。
戦闘詳報を整理しながら仮眠明けの頭でそんなことを考えていると、卓上の通信端末が急報を知らせた。
キーを叩いていた指を止め、左手で軽く応答ボタンを押し込む。送信元は艦橋で、クリアに聞こえてきた声は副長のものだった。
『失礼します、指揮官。甲六より至急電が入りました。』
声量こそ抑えられているが、その声からは焦りが滲み出ている。通信の向こうから、内容はわからないものの、通信長や管制士が慌ただしく指示を出している声が聞こえてきた。
「内容は」
これはただ事ではなさそうだ。
返事をしながら、手は既に壁に掛けられていた制服に伸びている。
『穿峰被弾、砲塔喪失。惑星表面より高速で伸長する構造体が出現したとのことです』
戦艦一隻中破、全体で見れば損失は軽微だ。
しかし、これまで頭脳兼個体の生産場だと解釈していたコロニー体そのものが上空への攻撃手段を有した、という事実がカロントの脳を完全に覚醒させた。
『穿峰の被害状況、そして観測したデータは現在端末へ送信中です』
袖口のボタンを留めながら、彼は話し続ける端末に向けて言った。
「そのデータを司令部にも送信しろ、私も今から上がる」
『了解しました』
制帽をつかみ、足早に部屋を後にする。カロントが廊下へ出ると、背後で扉が音もなく閉まった。テンポの速い足音が遠ざかった後、思い出したように指揮官室の照明も落ちた。
―シラーナルⅢから遥か4000光年 エスト星系
海皇都 横瀬区 統合司令部庁舎 6階
横瀬区時間 9月21日 午前9時50分
アスーイは第二打撃艦隊指揮官から送られてきた報告書から一度目を逸らす。
窓の外にはどんよりとした雲が広がっていて、普段はひと際存在感を放つ軌道エレベーターの輪郭が、今は霧雨の向こうに薄っすらと浮かんでいた。
さてどう対策したものか、と風に揺られて動く霧を眺めていると、通信端末が緊急を知らせる通知音を奏でた。同時に部屋の外から駆け足一歩手前の耳慣れた足音が聞こえてくる。
ひとまず端末の応答ボタンを左手で叩くと、その画面が緑色に光り、通話が繋がるブツッという音が聞こえた。アスーイは返事をする前に足音が扉の前で立ち止まってから、右手で執務机に組み込まれた開錠キーを弾く。
「こちらアスーイ」
『こちら作戦室です。総司令、龍鳳より至急電が入りました。甲六任務部隊からも報告が上がっています』
通信の向こうにいるオペレーターの声は落ち着いていた。
「わかった、確認する。こっちに転送しておいてくれ」
『承知しました』
通信端末の画面が白色に変わり、通話が終わったことを告げる。
目の前に広がったディスプレイに、新たなデータが流れ込んでくるのを横目に、アスーイは足音の主へと視線を移した。




