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第六十四話 防衛本能

―シラーナルⅢ 地表面



今は見る影もないが、その場所は一時期湖だった。

テラフォーミングの過程で大きな淡水の湖が出来上がり、数年のうちに他の星から持ち込まれた多種多様な植物が繁茂する静かな庭園になっていたのだろう。

研究者たちはこの星全体がこんな美しい様子に移り変わっていくのを楽しみにしていたに違いない。いずれ昆虫や動物が持ち込まれれば、さらに生態系は豊かになり、エルディア人にとっての新たな故郷になる。

そのはずだった。


今、目の前に広がるのは荒れ果てた窪地である。

地面はひび割れ、潤いの一つもない。以前は生い茂っていたであろう草木もその姿を消し、まるで風景から色が抜け落ちているとさえ感じられた。

新たな主とばかりに居座るのは不気味なコロニー体ばかりである。

遠目からでは真っ白な大木に見えるそれらが立ち並び、大きな傘を広げて日差しを遮っていた。菌糸のように張り巡らされた白い根が割れた地面に深く潜り込み、時折紅い光がうっすらと浮かび上がる。

それ以外には何の動きも音もない、不穏な静寂が満ちていた。


突然、そんな静寂が破られる。

大樹のようにそびえる構造体の表面に紅い光が流れ込み、濁流のように菌糸を伝って地面へ雪崩れ込んだ。まるでホースに水圧がかかったときのように菌糸が波打ち、乾ききった湖底のひび割れを一層押し広げていく。かつての湖畔から一斉に地下へ向けて紅い光が集まっていくと同時に、地鳴りと地割れは大きくなり、中心部分からは土煙が上がり始めた。一直線に走るひび割れがあちこちで繋がり、そのたびに振動と土煙がもうもうと立ち込める。

かつての湖底が土煙に包まれた後、さらなる振動と煙と共に中央部の地面が盛り上がる。


最初に土砂から顔を出したのは、黒くてしなやかな「棘」だった。

鋭く尖って地面を突き破ってきた割には柔軟性があり、鱗に覆われた爬虫類の尻尾に似ている。違う点と言えば、それは体のバランスを取るためであったり、泳いだりするためのものではない、という一点に尽きる。

それは明確に、空を貫くために造られた器官だった。


地上へ顔をのぞかせるや否や、棘は放たれた矢のように一点へ向かってその身を伸ばしていく。

周りの土砂も、菌糸のように広がる根も、空へと傘を広げる構造体も、その上で紅く光る結節点すら巻き込んで、凄まじい速度で太く、長く、高くへと伸びていった。

それが目指す先は一点、ただ一点。



―地表面より約6000m地点

第68戦隊旗艦 穿峰(くがみね)艦橋


「目標さらに加速!到達まで11秒!」

「上は捨てろ!四番砲塔照準急げ!」

「613駆の砲撃は効果を認めず!」

アラートが鳴り響き、赤色灯が灯る艦橋では警報音に負けじと怒号が飛び交っていた。

電測士が秒数を読み上げ、戦術長が砲塔を急かしている。その間にも穿峰の目は忙しなく艦橋と窓の外とを行き来していた。

穿峰型の砲塔配置では、下から伸びてくる目標に対応できるのは下部の四番砲塔だけだ。上部の砲塔を使うべく軸転を入れたとしても、重い砲塔では旋回に時間を取られてとても間に合わないだろう。ただでさえ一番から三番砲塔は今逆方向を向いているのだ。

「機動性が良い」の前に「重戦艦級にしては」という枕詞が付く穿峰型には、この状況で艦体を旋回させて強引に照準する第七式戦法も使えない。


艦底部の光学センサーには、一切速度を落とすことなく突っ込んでくる黒い槍が映っていた。

その目指す先が自分自身(本艦)であることを、穿峰は誰よりも理解している。

戦術においては冷静な計算機であるサブフレームらしからぬ焦燥感に追われ、砲塔側のセンサーが火器管制と同期したのを認識するや否や穿峰は口を開いた。

「補正計算終わり!四番、照準良し!」

待ってましたと戦術長が引き金を引く。

一瞬砲門で光が球状に収縮した直後、艦底部から青い閃光が放たれた。

「弾着―今!」

空間を引き裂きながら突進する3本の光束は、その焦点が重なる直前に黒い棘に突き刺さる。真正面から砲撃された棘の先端が砕け、数十メートルほどが抉り飛ばされて爆炎と共に崩れ落ちた。

後続の嶺牙(れいが)の砲撃は、棘が衝撃で揺らいだために表面を焼いただけで通り過ぎる。流れ弾が地表に着弾し、どこかの構造体が火を噴いて崩れ落ちた。


それでも。

「目標、速度変わらず!到達まで8秒!」

棘は爆炎を貫いて、勢いそのままに突進を続ける。破壊され、露出した白い繊維質がみるみるうちに硬化し、黒い鱗に覆われていく。

砲撃は来る結果を数秒先送りにしたに過ぎなかった。

「近接戦闘!フルオート!」

下部を射界に収めるレーザー砲塔が、一つの生き物のように一斉に砲身を旋回させた。直後、空間が緑色に照らされるほどに、レーザーが限界出力で降り注いだ。されど雨あられと放たれるレーザーの嵐の中を、その棘は全く意に介すことなく猛進し続ける。

「総員衝撃に備え!」

艦長の命令が艦内に響く。訓練された乗員たちは反射的に近場の固定されているものにしがみつき、姿勢を低くした。


艦は回避機動を取り続けている。

艦首と艦尾からはスラスターの青い光が噴き出し、機関が甲高い音を奏でていた。最後の抵抗のように、レーザー砲塔が砲身も焼け付くほどの猛射を続けている。

ただ、穿峰には分かっていた。


躱しきれない。


「垂直上昇!最大出力!」

衝突の5秒前に艦長がそう叫ぶ。

舵を握っていた航海士が肩をびくりと震わせ、左手で機関のスロットルを中立に戻し、右手で操舵輪を思い切り引いた。

前方への加速が止まり、艦は惰性で横滑りしながら高度を急激に上げ始める。


直後、衝撃が音より先に来た。


艦底部に集中展開した偏向幕が水色の閃光を放ち、侵入者を追い返そうと奮闘する。

棘はそのシールドに焼かれながらも伸びる勢いを殺さずにいた。

艦底部でバチバチと閃光を飛ばしながら、艦全体が揺れ動き、持ち上げられるような衝撃が走った。

艦橋でも航海士がバランスを崩し、通信長が歯を食いしばっている。垂直上昇で多少は勢いを殺せたものの、やはりそう簡単に防げるものでは無かった。


「偏向幕耐圧限界!もう持ちません!」

穿峰には装置が悲鳴をあげているのが分かる。それと同時に、後ろにいる嶺牙が砲塔を回している情報が矢のように思考の中を横切った。


偏向幕が突破される。

ガラスが割れるような音と共に、艦を守っていた水色の幕が霧散した。下から突き上げていた力が消え、艦体がまた揺れる。

直後に黒い棘が第四砲塔の天蓋を斜めに突き破り、砲塔のターレットリングを貫いて内殻に打ち当たった。

再び大きな衝撃が穿峰を襲う。

破壊された第四砲塔は爆炎を噴き上げ、砲門からも煙と炎が覗いていた。

内殻が破られれば爆沈もありうる。

乗員が内心死を覚悟したその時。


嶺牙が放った青い閃光が、棘の根本を抉り飛ばした。

三連装砲4基、合計12本の青い閃光は、命中の瞬間にピタリと一つに重なる。炸裂型の名に恥じず、着弾直後に膨れ上がり凄まじい衝撃波と共に棘の外皮を吹き飛ばした。間髪入れずに流し込まれた陽電子が棘の組織と反応を起こし、文字通り消し飛ばす。

巨大なビルのようにそびえ立つ棘の根元に大穴が開き、膨れ上がった構造体そのものが風船のように弾けた。


穿峰に突き刺さった棘はビクリと震えた後、グッタリと力を失い、その全質量を穿峰に預けた。噛み合った装甲が荷重に耐えられずに悲鳴を上げて歪み、引き裂かれていく。

「上昇最大!持っていかれるな!」

特大の質量に引きずられ、高度が一気に下がる。機関がこれまでの艦生で聞いたことがないほど唸り、艦底部のスラスターの炎が伸びた。

近くの駆逐艦と嶺牙が慌てて急行し、上部甲板に牽引ビームを繋いでなんとか引き上げようとする。

そしてついに、

バキッ、メリメリ、カンッーと、艦底部に金属がヒビ割れ、剪断されていく嫌な音が響いた。

数秒後、パァンという甲高い音と共に第四砲塔が基部からもぎとられ、深く装甲に食い込んだ棘と共に、黒煙を吐きながら落下していった。

穿峰の巨体が跳ね上がり、艦内に三度目の衝撃が走る。


「各部被害報告!」

穿峰のシステム表示が赤く染まる。

彼女に第四砲塔からの信号が入ることはなかった。


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