第六十二話 開かぬなら
―シラーナル星系 第三惑星軌道
距離約26万km地点
海都標準時 9月21日 午前8時40分
艦橋の窓に映る星が徐々に大きくなってくるのを、艦長席からイラクサは眺める。
こちら側から見えるその星は、綺麗な青い海に直線状に列島が並んだ美しい姿をしていた。
丸い縁から覗く不気味な赤い光と、海の上を漂う黄色い雲に目をつむれば、の話ではあるが。
一つ息を吐き、制帽のつばを軽く直して思考を切り替える。
軌道上の喧騒がひとまずの終息を迎えた後、弦鐘たち乙四任務部隊からのGOサインを受けてここまで前進してきた。それでも、未だにイラクサの中では葛藤が続いている。
すぐにでも降りるべきか、「あちら」からのアクションを待つべきか。
今格納庫で休んでいる彩星が送ってきたデータからすれば、海底に人工物が眠っているのは間違いない。なおかつ、それがエルディア由来の「航宙艦艇」という確率もかなり高い。
未だに電磁遮蔽幕が作動しており、主機関が健在かはともかくとして各所に熱源もある。艦の機能も、その中にいる人も生きている可能性も高そうだ。
だからこそ、不安が残る。
向こうもこちらが彩星を送り込んだこと、つまりは「明らかに餐界以外の存在」に気が付いているはずだ。音浮まで投げ込んで騒ぎ立てておいて尚こちらに気付いていないのだとすれば、多分ここまで生き残っていない。そういう面ではエストライに移住してきた他のエルディア人と同じく、慎重派で警戒心が強いのだろうか。
相手が警戒している中で不用意に接触を試みれば、最悪のケースすら考えられる。
傷ついているとはいえ向こうもれっきとした艦艇である。何を積んでいるかは知らないが、ある程度の武装を持っていると見積もったほうが良さそうだった。
追い詰められた人間は、時として予想だにしない判断と行動をとってくる。
ましてや彼らがエルディア人であったとしても、彼らはエストライを知らない。
こうして列挙して考えてみると、警戒するには十分すぎる理由があった。
化け物に追われて海底に逃げ込んだら、十年ほど経ってから見知らぬ文明が探りを入れてきた訳だ。誰だって警戒する。
それでも、殻を開いてもらう必要があった。
さて、どうしたものか。
視線を卓上のモニターにくぎ付けにしたまま、後頭部から伸びる尾羽を弄る。
どのみち降下は必要だ。あの艦はかなり損傷しているはずだ、そのままでは宇宙空間を航行できないだろう。つまり、降下用舟艇や甲冑隊の準備はやっておいて損はない。
「風早、降下準備始めさせて。最終的には艦ごと降りないといけないけど、まずは降下艇と機体から。それと忘れずに海底潜水用の装備も」
自分の左に立っていた風早に声をかける。
多分僚艦と話していたのだろう、彼女がこっちを振り向いて返事をするまでに若干の間があった。
「…了解しました」
風早はそう言って、今度は格納庫へと指令を送る。
その様子を見ながら、イラクサは再びどうやってあの艦の殻を開けさせるかを考えることにした。
向こうが遮蔽幕を張っている間はこちらからの通信も通じないだろう。もしかしたら透過できる周波数を艦側で設定しているかもしれないが、規定される通信周波数は所属や任務によって変わっていく。艦名を特定すらできない現状意味は薄い。本来遮蔽幕とはそういう目的で使うものだと言われれば、それで終わりの話ではある。
自艦のノイズや航跡を隠しつつ、必要な通信は受け取ったり発信したりするための物だから、使用目的としては合っている。
正直なところ、通信さえ繋げればあとはどうとでもなりそうだった。この艦にもエルディア出身の乗組員は居る。彼らに話して貰えば、明確な共通の脅威が迫っている以上、説得は可能そうに思えた。
結局、どうやって接触するかに思考が帰結する。
また同じように機体を送り込んでも警戒されるだけだろう。下手に何かを海に投げ込めば、最悪の場合攻撃と取られるかもしれない。
どの考えも実行はできるが、名案と言えるほどの考えは浮かんでこない。
「いっそ向こうから返事してくれれば楽なんですがねぇ…」
半ば投げやりに電測士が呟く。
「それが理想だけどねぇ…あんまり気長に待てるほどこっちも余裕がない」
ため息混じりにその呟きを拾った。
コロニーの大半はいまだに生きている。甲六が頑張っているとはいえ、ハブらしきものが地中に埋まっているだの、識別システムが若干不調だのと、万事順調とはいかないようだ。
どこからともなくハエのように沸いてくる餐界個体相手に、長期戦を仕掛けるのは分が悪い。揚陸できる戦力では小型個体の相手が精一杯だ。あまり長居はできない。早く生存者を見つけて移乗させ、乙四と甲六で巣を叩いてもらう必要があった。
いっそ離れた地点に潜水ドローンを送り込み、エルディア時代の信号でも試してみるべきかもしれない。
電磁波は遮断されるが、音なら聞こえるだろう。試してみる価値はありそうだった。
そう決めたイラクサは視線を上げる。
だんだんと大きくなってきていた惑星は、既に艦橋の窓全面に広がっていた。
「間もなく降下予定ポイント1-1付近に到達します」
彼の目の前のディスプレイを一瞥して、航海士がそう報告する。
タイミングとしては丁度よかった。
「…海底の艦から距離を取らせた潜水ドローンによる音響通信を試みる。降下艇と甲冑隊を降ろす準備をしといて」
イラクサの言葉を聞いて、風早は格納庫に連絡を入れ、管制士は降下地点を絞り込み始める。
手近な目的がようやく決まり、途端に艦橋の空気が引き締まった様に感じられた。
悩みの種が一つ消え、ほっと息を吐くイラクサの視界に、星の輪郭からチラリと赤い光が映る。
それが見間違いかどうか判断する間も無く、通信卓から入電を知らせる通知音が鳴り響く。それを取った通信士の表情が、みるみるうちに強張っていくのが分かった。
「甲六より入電!」
艦橋が先ほどまでとは全く違う、緊迫した空気に包まれるまでにそう時間は掛からなかった。




