第六十一話 静かな宙
―シラーナル星系 第三惑星軌道
距離47万km地点
海都標準時 9月21日 午前7時45分
赤いボールにクモの巣が纏わりついたかのような惑星を背景にして、艦を丸ごと吞み込めるほどの白色の閃光が放たれた。間髪入れずに別方向から、それよりやや小ぶりの光弾が雨あられと降り注ぐ。
眩く光る明確な殺意を迎え撃つは、前衛を担う駆逐隊や巡洋戦隊。
そのうちの一隻、秋月型駆逐艦、望月の艦橋で、電測士の目の前の星図が赤く染まった。
「大型個体発砲!方位50の25!」
甲高い警報音に通信士の報告が重なる。
それを聞いた艦長の指示は早かった。
「回避運動!偏向傘も惜しむな!」
「了解、天舵60、面舵20!四戦速へ!」
艦長が言い終わるかどうか、というところで窓から見える星々が勢い良く流れていく。
航海長が操舵輪を軽く引き、角度を固定したまま勢いよく回したからだ。
「後部発射機開け。目標左舷前方空間、用意」
その横では戦術長が黙々とコンソールを叩いていた。
艦橋の裏側、艦の後ろ側の方の多目的投射機がハッチを次々と開く。
どこに着弾するかは撃ち出された偏向弾側の設定次第だ。サブフレームの望月は回避機動を加味して着弾地点を計算すると、結果をすぐさま艦のメインコンピューターに送った。
書き込みが終わると戦術卓のランプが赤色に点る。投射機に限らず、それが「いつでも撃てる」という艦からの意思表示だった。
「発射始め!」
その意志に答え、戦術長が号令と共にディスプレイ上のボタンを押す。
ほんの少しの間をおいて、右舷方向に青い光の球が幾つも花開いた。見た目こそ儚いが、それは望月だけでなく僚艦や後方にいる戦艦を守らんとする盾だ。
大型個体の放った収束射撃が、白い閃光となって空間を引き裂きながら艦隊へと突進する。
望月率いる第427駆逐隊は、その予測射線を挟んでそれと反航するような回避軌道を取った。望月の後ろに三日月、反対側には夕月と朝月が続く。
4隻が放り投げた光の盾は、少しでも閃光の勢いを削ぐべくその輝きを強めたように見えた。
「回避機動終わり、舵中立!」
航海長が操舵輪をさっきとは逆向きに回す。
艦首や艦尾からスラスターが噴射され、数回に分けて軌道を整えていく。
「偏向幕、最大展開!」
それと同時に望月が少し力んで声を上げた。
普段は透明なまま艦全体を覆う幕が、この時ばかりはレースのカーテンほどの存在感を発揮する。透き通った青色の幕が、波打ちながら艦の周りを包んでいった。
いよいよ到達した白い閃光は、そんな幕や盾ごと駆逐隊を呑み込まんと襲いくる。
満開になった青い花々は、抗うように一瞬水色の光を放ち、結局泡のように散っていく。しかし全く無駄というわけではなく、暴力的と言えるほどの威力を誇るその閃光を弾き、霧散させ、減衰させた。
全ての偏向傘が散る頃には、砲撃の軌道は歪み、威力は幾分か衰える。もはや後方の艦隊の脅威とはなり得ないだろう。
「偏向幕稼働率52%まで低下、本艦に損害なし」
望月は自分の報告内容に安堵する。
第七遊撃艦隊のお陰で、かなり大型個体の性質がわかってきた。特に砲撃の加害範囲の確定や、発砲の予兆などのデータはかなりこちらの損害を減らすのに役立っている。
4隻のかなり後方を、撃ち漏らされたオレンジ色の光弾が数発通り過ぎていった。大多数は陣形の反対側にいた駆逐隊が処理してくれたようだ。
同時に艦のはるか上方を、さっきのお返しとばかりに黄色い軌跡を残してミサイルの群れが飛んでいく。それらは吸い寄せられるかのように、大型個体へと突進した。大口を開けていたその個体は、飛んでくるミサイルに気付いたのか腕部の先にオレンジ色の光を灯し、猛スピードで逆進を始める。
誘導機能を持つミサイルの群れは一斉に向きを変え、逃げる個体を追いかけた。大型個体はさらに触手の先の光を強め、速度を上げる。
突然、大型個体の胴体部分で爆発が起きた。潜伏していた柳星の編隊が、一斉に銛雷を放ったからだ。いくら重装甲を誇る大型個体といえど、柳星に懸架された大型の銛雷が数十発も一箇所に集中されればただでは済まない。
まるで痛みに悶えるかのように、その軌道が乱れて減速する。
その隙を、追い縋ってきたミサイルが逃すはずはなかった。
5つに分かれた触手が引き攣って、開いたままになった砲口部に、燃料が切れかかったミサイルが殺到する。装甲化されていない内部に飛びこんだミサイルは最後の仕事としてその身を爆発させ、その役目を終えた。
砲口であり推進器でもある弱点を狙われた大型個体は、内部が誘爆し体が崩壊を始める。黒い大岩のような装甲から覗いていた赤い光は消え、ガラス球のような感覚器官は虚ろな鈍色を映す。触手は力無く伸び、崩壊していく体が動くたびに波打った。
「…大型個体の撃破を確認、軌道上に展開していた個体群はほぼ全滅しました。」
望月たちより後方、惑星が一回り小さく見えるほどの距離に、弦鐘たち主力の戦隊が並んでいた。
その弦鐘の艦橋で、赤く灯っていたディスプレイが普段の色に戻っていく。脅威となりうる個体は既に無いからだ。構造体からの高エネルギー反応も消えた。いくら活性化した群知能といえど、戦術の面ではズブの素人だ。まだ数がいれば相応の脅威となり得ただろうが、過半数を失ってから本気を出すようではあまりに遅すぎる。
「第九強襲艦隊、降下準備に入りました!」
緊張が幾ばくか緩んだ艦橋に、通信士の報告の声が響く。
惑星軌道の空間は再び静寂を取り戻しつつある。
今度は地上が喧騒に包まれようとしていた。




