―幕間― 内部へ
―海皇都から銀河中心部方向へ1420光年
ラーレ星雲 航行警戒区域内
キト16星系 第二惑星
調査ポイント8-2地点
構造物「甲」内 管理用通路
翠暦3172年3月13日 海都標準時 午前9時
光の届かない廊下の暗闇をヘルメットのライトが鋭く切り裂く。
かつては整備士や作業員達が行き交っていたであろう通路にもはや活気はなくって久しく、ひび割れた隙間から入ってきた砂やひしゃげた鉄骨が墜落の衝撃を物語っていた。
「…中は随分ときれいですね」
初老の考古学者が、宇宙服のバイザー越しにあたりを見回す。
その目に映るのは、技巧的な装飾が施された故郷のエルディアの艦とも、機能美を追求したエストライの艦ともまた違う、武骨で重々しく、どこか余裕のなさすら感じさせる艦内の壁や天井面だった。
以前発掘された「砲撃艦」、今で言うフェルゼンと共通している。
『だなぁ…少なくとも墜ちた時にここに人がいた痕跡がほとんどない』
ふと漏れた独り言を髭面の隊長が拾う。
いつもの癖なのか顎髭に向かった手は、ヘルメットのガラス面に弾かれた。おっと、とだけ言ってから彼は手を下ろす。
この奥、つまりは我々が入ってきた方向にはエンジンルームがあったはずだ。もしこの巨大な艦が機関トラブルで墜落したのであれば…言い方は悪いがどこかに、修理に向かおうとしたが間に合わなかった亡骸が残っていてもおかしくはない。
山が抉れるほどの衝撃だ、常人なら生き残るだけで奇跡と言っても過言ではない。それにも拘らず、ここには人が生きようとした、否、生活していた痕跡が全く見られない。
最も、単に使われていない通路だった可能性も十二分にあるのだが。
『事前のスキャンデータによると、恐らくこの先は格納庫区画になっていると思われます。右方向、上層区画になるかと』
オペレーターが投影されたディスプレイを操作しながら隊長の方を向く。
この構造物に入ってから数百m、特に目ぼしいものは見つかっていない。ただ、格納庫となればなにか新たな発見があるように思えた。
『そうだな…艦橋までの寄り道としちゃ丁度いい。急ぎでもないし、行きましょうかねっと』
隊長はそう言ってメンバーを見回す。
皆異論はないようだった。
そうなってしまえば、まずはルートを確保する方向へと話が進む。
『まず我々が進入したのは、最下層ブロックの機関エリアに当たります。格納庫…正確には、それらしき巨大な空間はここより上方、20mは登る必要がありそうです』
まずはオペレーターがスキャン図を大きく映し出し、位置関係を説明する。
『まあ本来ならエレベーターなりなんなりがあるんだろうが、あったところでこんな状態だ。階段か梯子でもないと厳しいな』
隊長が肩をすくめる。
当然ながらこの構造物の電源はとうの昔に落ちていた。照明一つ点いていない廊下を見る限り、エレベーターや昇降機の類がそのまま使えるのに期待するのは望み薄だろう。
「ここまで歩いてきた通路には、そういったものは見当たりませんでしたね。場所が悪いのか、格納式か…」
入り口からここまでの道中を思い返しながらそう言った。
そうして上り口となりそうな物を探すべく、投影されたディスプレイを4、5人で囲んで睨みつけていると、前の方から光に照らされる。
顔を上げると同時にレシーバーから声が聞こえてきた。
『この先にエレベーターホールらしき空間がありました。作業員の詰所のような部屋もありそうです』
どうやら護衛の保安部員が二人で先行してくれていたようだ。我々が地図を囲んでいる間に、いつの間にか隊長が指示していたらしい。
『よし、じゃあ進もう。最悪エレベーターのシャフトから登ればいい』
彼はそう言うとくるりと踵を返して歩き始めた。
オペレーターがディスプレイを消し、我々も同じように歩を進める。
歩き始めて数分も経たない内に、通路に比べるといくばくか広い空間に出た。
一方の壁面には3つほど大きめの窪みがあり、それぞれの窪みの横にパネルらしきものが嵌め込まれている。表面はひび割れ、触っても反応することはないが、恐らくエレベーターのようなものだろう。
その反対側には扉があり、その上には何やら文字が書かれていた。
『…多分「作業員待機所」と書かれていそうです』
同伴していた言語学者がその壁を見上げて言った。
まだまだこの文明の翻訳は完全ではない。そもそも史料が少ないからだ。
まずはその待機所から調べようということになり、電源が途絶し動かない扉を、バールでこじ開ける。隊長と保安部員の片割れがバールを握っている間、もう一人が銃を構えていた。
言ってしまえば我々は侵入者だ。考えにくいことではあるが、万一警備システムの類が生きていた場合に備える必要がある。
結果的に扉は案外すんなりと開いた。ここまでの衝撃を受けても尚、フレームが歪んでいないあたり相当骨格がしっかりしていることが分かる。
保安部員が二人組で中をチェックした後、我々学者達も部屋の中に足を踏み入れた。
当然と言うべきか、内部はかなり荒れている。
固定されているであろう大きなテーブルこそ無事だったものの、他の物は部屋中に散乱していた。と言ってもあったのは椅子と思しきものが十数台と、ギリギリ原型をとどめている端末が一台程度である。床には幾つか大きなシミのようなものが広がっていた。液体を扱う種族だったのかもしれない。それにしては器の類が見当たらないのが気にかかるが、仮に脆い素材でできていたとすれば別段おかしくはないだろう。そう考えつつ、部屋の端へと足を進める。
「…椅子というよりも、足付きのゆりかごに近い…のか?」
衝撃からか部屋の端に固められた残骸の中から、比較的原型の残っている物を引っ張り出す。
一本の柱から2本の足が伸び、スタンドのように支える形になっている。上の方はと言えば、折れ曲がって柔らかい座面を吊るすような作りになっていた。座面自体も中央が窪んでおり、まるで平たいクッションの四方を吊っているような形をしている。
『…よし、格納庫に行くぞ』
ひとしきり部屋の中を調べ終わり、壊れた端末を拝借、ゆりかご椅子はデータだけもらって待機所を後にした。
少しばかりここで暮らしていた種族の生活の痕跡こそあったものの、まだわからないことが大半である。
墜落の原因とはなんなのか。
これはそもそも何を目的として建造されたのか。
後者に関しては、格納庫に答えがあるかもしれない。
そう思うとどうしても気持ちが急く。
逸る足取りをなんとか押し留め、ひとまずは階段を探すことにした。




