第五十八話 機望的観測
―シラーナル星系 シラーナルⅢ 諸島部上空
海都標準時 午前4時5分21秒
無人の偵察機が一機、翼の端から薄い雲の帯をたなびかせて高度を落としていく。
薄く黄みがかって色づく雲を抜けた先には、データベースに多く記録されている青い海が広がっていた。偵察カメラに映る水平線の向こうに、白い岸壁の島々が浮かび上がってくる。
彩星はプログラムされた通りに、巡航高度12,000mに到達した。エンジンノズルから覗く黄色い炎が明るく大きくなり、減速していた機体は高度を維持したまま速度を上げた。
―気象条件:良好。風速:8m/s。機外温度:-50℃。推定地上気温:26℃。降下停止、水平飛行へ移行。
システムに異常は出ていない。観測機器は全て正常で、対地速度も気温も通信状態も問題なかった。レーダーにも反応はなく、大陸側の惨状が嘘のように静かだ。前方を捉えるカメラに映るのはただの島だった。
海面から鋭く切り立った白い岸壁に、その上から覗く緑の若木たち。海岸線に沿って一定のリズムで砕ける白波に、少し遠くには砂浜もちらりと映る。
とてもこの星の半分以上が菌糸状の構造体に覆われて餐界の巣になっているとは思えない、のどかな風景が広がっていた。風景だけならのどかなものだが、異常が全くないとは言えない。
―大気組成:窒素67%、酸素23%、二酸化炭素4%、メタン2%、不明成分1.5%、その他2.5%。
短期的な生命維持には支障ないものの、長期的な暴露は非推奨。
大気汚染の数値は未開発の惑星に関わらず許容値をオーバーしている。雲を抜けた際に取った成分組成からも、大陸側の構造体から汚染物質が風に乗って海上を流れてきていることがわかった。そのせいか、外観は整っている環境なのに生命反応が探知されない。絶滅してしまったのか、そもそもまだいなかったのか。
微生物の存在は状況証拠から推測できるが、昆虫や魚や鳥といった類は一切カメラに映らない。
静かすぎる島の上空を抜け、再び海上へ出た。
カメラは海面の様子を撮影し、発振機が海底の地形に向かって音波を放っていく。
80,000m程直進してから旋回し、少し軌道をずらしてまた直進していった。ジグザグに南下しながら、海底の地図を描き出しては上の風早に送信する。
―海底地形測量終了。一部海域に反射層を確認。
そうして島々の周りをぐるっと囲み、事前のプログラムに従って島々の精密観測に移ろうとしたところで、風早から新規の命令が入った。
『座標46.88-121.50を再走査せよ』
その命令に従い、優先度を変更する。
―針路変更、右ロール60。機首下げ5。
砂浜へ向けていた機首を再び海上へと戻し、高度を落としながら加速していった。
指定された座標に到着すると、ゆっくりと旋回しながら再び地図を描き出す。先程と同じように、ドーム状の何かがその形を現した。
地図を最後まで描ききる間もなく、新たな命令を受信する。
『可能な限り低空から追加走査。海面下反応の境界を確定せよ』
その指示に従い、彩星は徐々に高度を落としていく。高度計の表示がぐるぐると回り、ついに3000を切った。
高度をさらに落とし、波間一つ一つがはっきり見えるほどの距離になった頃、海面から吹き上がる風が機体を揺らす。スラスターや制御翼を使って何とか姿勢を安定させると、もう一度発振機を起動した。
―姿勢制御、正常稼働中。音波測定及び超短波による精密測定を開始。
返ってきた波形を元に、まっさらなメモリに何度目かの地図を書き起こしていく。そこに映る影は上空から見たよりも鮮明で、単なる層ではなくドーム状の形をしていることが認識できた。周りの地形から推測できる海底面から、最大で50m程度の高さまで広がっている。境界面は海底に没しており、真上から形状を表現するとするなら楕円形をしていた。
―反応は立体的な構造体と認定。類似する生物及び構造物及び現象を検索中。
走査が終了しても彩星はその海域を旋回し続ける。既知の自然生成物との一致率は極めて低かった。初探査の星系であることや、シラーナルⅢ自体がオルムディア個体群コロニー体に侵食されているという異常事態を変数に入れたとしても、この反応は異変である可能性が高い。
―生物及び自然生成物の可能性:4.6%と推定。生命反応及び移動兆候確認できず。
データベース内に存在するあらゆる湿潤惑星の海底地形を呼び出し、並列処理で検索するが類似する反応はほとんど見つからなかった。この時点で彩星は自動的に警戒レベルと探査優先度を上げる。自衛用火器を起動し、長期作戦行動のためにセーブされていたエンジン出力やスラスターのリミッターを解除した。
再び風早から命令が下る。
『音浮投下、反応の中核を捕捉せよ』
―音浮起動、投下ポイント計算終了。格納庫開放、投下開始。
楕円形の反応の中心を真っすぐ突っ切り、両端と軸線上に3つ、合わせて5つの音浮を投下していく。機体の後方に投げ出されたそれらは、落下傘が開くと同時に減速しゆっくりと海面に着水する。海底の音波測量用に設定された音浮たちは、その名に反して海底へ沈んでいった。卵型の本体が砂地に着地するとアンテナを伸ばし、緑色のライトを明滅させながら音波で周りを探る。
―全音浮の起動を確認。データ収集中…。当該反応外縁は実体ではないと推定。内部により小型の構造体を確認。
両端に落とした音浮は何の抵抗もなく沈降し、ほとんど同じタイミングで起動した。一方で軸線に落とした3つはまちまちで、やけに落着が早かったものから、まるで起動してから転がり落ちたかのようなログを残したものもいる。
音浮たちは設定されたとおりに、一定の周期で音波の種類や方角を変えながらあたりを探っていく。そのデータが海上で旋回を続ける彩星、ひいては軌道上の風早に送られていった。徐々に中央に鎮座する構造体の輪郭が鮮明になっていくにつれ、彩星の警戒レベルは上がっていく。
―当該反応の中核構造体の輪郭確定。航宙艦艇と推定。全長約500m、複数個所の欠損及び破孔を確認。
今彩星が持っている艦種のデータにはこんな艦艇は存在しない。それが欠損部が大きすぎるせいなのか、はたまた単に未知なのかは不明だった。
『構造体の稼働状況及び生体反応を確認せよ』
またもや風早から通信が入る。
一度音浮たちの音響走査を終了させ、観測モードに切り替えた。海底の音浮たちのライトが消え、静かに周りの音や反応を集め始める。連動する彩星のメモリ上に、微かにいくつかの反応が灯った。
―複数個所に熱源を感知、主機関とは断定できず。生命反応:反応無し。
中核となる構造体の周辺の海水温は僅かに他の海域の水温よりも高い。この熱源は恒常的なものとみられた。しかし、主機関にしては反応が弱く、全体に分散するように点在しているため、艦として「生きている」かどうかは定かではない。
元々航宙艦艇の装甲や隔壁は堅牢に造られている。外部からの簡易な観測では生命反応など、分厚い装甲に阻まれてそうそう読み取れるものではなかった。
『了解。任務終了、風早へ帰投せよ』
ー了解。これより帰投する。機首上げ15。
母艦からの通信を受けて、彩星は探査ログを終了する。エンジンノズルから黄色い軌跡を残して上空へ駆け上がっていった。
役目を終えて電源を落とされた音浮たちは、海底で眠りにつく。つい先ほどまで静かに海底に鎮座していた艦が、にわかに騒がしくなったのを知る由もなく。
お知らせ
平素より当作品をお読みいただきありがとうございます。作者の藍洲です。
突然のお知らせで申し訳ありません。
端的に申し上げますと、投稿頻度をこれまでの月、水、土の週三投稿から、毎週水曜日の週一投稿へ変更したいと考えております。
実のところここのところ物語のテンポや内容にかなり違和感を覚えておりまして、有体に言えば進みが悪い上に内容が薄いわけです。
となると分量を増やすなり投稿頻度を上げるなりしてペースを上げるか、内容を濃くするかの2択となります。
ですが私は遅筆故、現状の投稿頻度で手一杯どころか時折すっぽかすレベルであり、これ以上の改善が見込めない状態になってしまいました。
そのため逃げのようですが、投稿頻度を減らす方向で調整しようと思っております。頻度が減った分、一話あたりの質を向上させられるように努力してまいります。
突然の変更で本当に申し訳無いのですが、ご理解いただければ幸いです。




