第五十七話 数字の海の底
―シラーナルⅢ周回軌道 降下予定ポイント1-1
第九強襲艦隊旗艦 風早艦橋
海都標準時 9月21日 午前3時37分
作戦開始時刻まであと23分
目の前に立ち上がるディスプレイには所狭しと「窓」が並んでいる。それぞれの窓は、同じ景色を違う視点で描き出し、重なり合って一つの最適解を透かしだそうと線を動かし続けていた。
大気成分、気圧、風向き、天候、地形、惑星の自転…そして、人間が生き残っている可能性の高い場所。
条件を設定し、降りられるか、どこに降りるべきかを導き出す。無人機も時間も有限な資源だ、それを最適な場所に最速で送り込む。それが強襲揚陸艦の管制官の仕事である。
同じ管制官という役職名でも、航宙機母艦の管制官とは役割が違った。彼らは遠くの宙を見つめるが、我々は眼下の惑星を見る。後ろの星々を守るのが彼らの仕事なら、我々の務めは目の前の人を救い上げることだった。
時間的余裕があるせいか脳裏に浮かんだ、妙にポエミーな考えを振り払う。
頭を切り替えるように、浮かぶ窓たちの中から光学モードに設定された一つに焦点を合わせた。映っているのは、何の変哲もない諸島。赤道直下から少し北向きに外れた、大洋に浮かぶ絶海の島々だった。
海がある惑星には、多かれ少なかれ大体こんな地形がある。サンプルとなるデータは山のようにあるし、もしここが通常の環境であれば降下自体に特に危惧すべき要素はなかった。
残念なことに、シラーナルⅢは通常の環境とは到底言えない。
確かに風早がざっくり指定したポイント1‐1は比較的、好条件がそろっている。
天候は安定しており、周辺に雷雲や嵐の類も見受けられない。お陰で雲に邪魔されずに観測ができた。地形は言わずもがな、海面温度や海流も降下と帰還に対して即時的な悪影響はなさそうだ。最早オルムディアの一部となりつつある大陸側に比べれば、遥かにマシと言わざるを得ない。
風向きのせいか、はたまた海流か、大気の汚染物質の濃度もおそらく許容範囲内に収まっている。気がかりな点と言えば、若干雲が黄ばんでいることと、探査限界ギリギリの海中にノイズが少々走ることぐらいか。前者は間違いなく大陸側に蔓延っているオルムディアが出す何らかの汚染物質だろう。少なくとも体にいいものではないだろうが、すぐさま異変が起きる、というわけでもなさそうだ。後者は恐らく水温躍層だろう。丁度探査限界で走査波が反射するせいでシステムがうまく処理できていないだけだ。どのみち今回の任務には関係なさそうだった。
精密偵察を開始する地点とルートを策定し終わったら、次は大気圏突入のコースを詰めていく。
今回使う偵察機、彩星が大気圏内の巡航高度一万二千メートルに到達するポイントから逆算し、惑星の自転と上空の気象状況のデータを自動航法計算システムに投げた。正直なところ発進地点と降下完了後の地点さえきちんと設定しておけば、後は機体側で周辺の環境を見ながら適宜修正してくれる。そこまで気負う必要もなかった。
計算結果は存外きれいにまとまっている。降下角度も対地速度も問題なく、いざというときの復帰余裕も十分に確保されていた。
これなら彩星は降りられるだろう。
そう判断し、艦長に声をかけた。
「艦長、偵察機の降下航路策定完了しました。ご確認を」
「了解、こっちに回して」
一つ頷きを返してから、完成したデータを送信する。
戦闘中なら命令と復唱が艦橋にこだましているが、そうでないときは意外と簡単なやり取りが多い。常に気を張りすぎているとそれだけで疲れ切ってしまう。
艦橋で降下ルートの策定が進んでいた頃、下層の電算室では技術科員たちがもっと詳細なデータを集めようと躍起になっていた。
艦艇に搭載されたセンサー類のデータは、全てメインコンピューターを介して艦橋に集約される。しかし、艦橋はあくまで判断の場だ。集められたデータの分析や精査をする余裕はない。だから電算室が必要となった訳である。
任務開始直前の緊張感の走る艦橋とは違い、電算室はディスプレイの駆動音が静かに響いていた。警報は鳴っておらず、大声も聞こえない。代わりに思い悩む沈黙がそこにある。
「…海水ではないな」
立ったままディスプレイを見つめていた電算室長は、ぽつりと呟いた。
目に映るのは島々の西の海中。
可視光観測では何も見えなかった。光学観測では何かノイズのようなものが走る。音響走査では反射して影しか読み取れず、重力波では影も形もない。
ただの海水の層にしては均一で、範囲が狭い。局所的な海溝があるにしては、周囲の海底地形が平坦すぎる。生物にしてはあまりにも大きく、形も整いすぎていた。
少なくともオルムディア個体ではない。重力震を全く生じさせず、彼ら特有の波長も観測されなかった。可能性があるとすれば死体だが、それにしては表面が綺麗すぎる。
そこまで考えてから、室長は眉を顰めた。
微かに既視感を覚える。なにか、どこかで見た覚えがあるような、知っているような気がした。
「…電磁遮蔽幕…?」
卓に向かった誰かの呟き声。普段なら聞こえるかどうかわからないほどの小さな音が異常なほど鼓膜を大きく揺らす。
「…それだ」
自分でも驚くほどの声が出た。
周りの科員たちが何事かと一斉に振り向く。しかしそんなことを気にしている余裕はない。
ピタリと嵌ったパズルのピースは、一つの仮説を描き出していった。
「あれは自然に生成された物ではない。人工物…恐らく、艦だ」
見覚えがあったのも当然だ。なにせ実家より長くそこで生活していたのだから。
電磁遮蔽幕。それは、エルディアの航宙艦艇における最外縁の展開式外部防壁だった。




