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第五十五話 帰り道

ーフルト星系 第四惑星軌道


海都標準時 9月21日 午前2時半ごろ



「…お疲れ様です…」

自分でも驚くほど嗄れた声を喉奥から絞り出す。

誰でもそうだとは思うけれど、ライゼは外が暗いうちに叩き起こされるのは好きではない。

フルトに侵入したコロニー用の超大型個体を斃し、第九と共同で艦隊の再整備を終え、ついでに報告書も作ってから、ようやく2、3時間前に床についたところなら尚更だった。

…宇宙では真昼でも外は暗い。そもそも昼夜の概念すらない。

寝ぼけているせいか、回転の鈍った頭で自分にツッコミを入れた。


『ごめん、起こしたね…。今大丈夫そ?』

メガネ越しでもボヤける画面の中で、青みがかった黒髪の人影が話しかけてくる。

入電の知らせを聞いてから、のそのそと5分ほどで着替えやらなんやらは済ませてこそいたが、まだ視界はまるで水中にいるかのように霞んで見えた。

「…ええ、大丈夫です。こちらこそすみません…。第九が出撃するんでしたよね?」

メガネをずらし上げ、目を擦って視界を安定させる。

ぼやけた焦点が次第にあっていくのと同時に、意識に染みついた霧が少しずつ晴れていくのを感じた。

『そうそう。一応連絡入れておこうと思ってね。あと、カロントの言ってた「最終手段」ってやつを、念のために確認しとこうとおもって』

ようやく霞が晴れた視界の中で、投影されたイラクサが軽く微笑む。

そういう連絡なら副長に伝えてくれれば良いのに…、一瞬浮かんだ感情を胸の奥深くに仕舞い込んだ。一応艦隊を預かっている以上、これも仕事のうちだと思い直す。


その代わりに意識を「最終手段」という単語に向けた。

「…作戦案4-1でしたっけ…?こちらでも把握はしていますが…」

作戦の番号は、基本的に大きくなるほど状況が悪化した時に発令される。標準案から始まり、予備、被害拡散の抑え込み、最悪の事態への対処、といった感じだ。もちろん攻勢か防衛か、主体となる艦隊がどこか、といった要素にも左右される。それでも、大体4番代の作戦が発令される時は戦況がかなり悪く、内容も撤退時の時間稼ぎがほとんどだった。

ただ、今回に限ってはそうではない。


『私らだって早々使わせる気はないけど、正直嫌な感じはしてる…』

イラクサにしては珍しく、思い詰めたような表情でそう言った。

嫌な予感というのは、それに限ってよく当たる。それが認知バイアスによるものなのか、戦闘艦を率いる者ならではの第六感というものなのかは、ライゼにはわからなかった。

「…そうですね…。第68戦隊(ろくはち)からの話も不穏ですしね…」

嫌な予感の原因の一つを思い起こす。

旗艦の穿峰(くがみね)で火器管制がアラートを出しているらしい。撃つべきなのに撃てない、だから艦橋に文句を言っている、という流れだと斜め読みした報告から読み取った。

どうやら向こうの火器管制は血気盛んなんだろう。第八要撃艦隊(私たち)の方はと言えば、「見つける」よりも「確実に当てる」ことを重視しているように思えた。そういう設計なのか、艦の個体差なのかは知らないが。


『…とにかく、万一に備えたい』

イラクサの口調はさらに真剣さを増していた。

作戦案4-1、普段なら作戦目標の放棄と残存艦艇の迅速な撤退、その中でも初期案。

今回の作戦目標は「シラーナルⅢの『奪還』」、それを放棄する。

撤退ではなく、星自体の破壊によって。

第68戦隊と共同とはいえ、上手く破壊できるかはわからない、実行を迫られるほどの戦局で、艦首砲を準備できるだけの宙域をそれなりの時間確保できるかもわからない。仮に上手くいったとして、政治的な波紋は避けられないだろう。

だからこその「最終手段」だった。

「…分かりました。…第八要撃艦隊は対応可能です」

すっかり眠気の飛んだ声でそう答える。

撃たねば国が滅びるのであれば、躊躇いなく撃つべきだ。しかし、撃たずして守れるものがあるなら、それを全力で掴まなければいけない。

『…本艦隊が降下した後でも?』

静かにイラクサが尋ねた。

言葉に詰まる。どんな状況でも、降下部隊が離脱できるだけの時間はあるはず、そう考えていた。しかし、戦場にはなんの保証もない。ましてや相手は常に進化と適応を続けてきた餐界だ。十分に成長したコロニーは何をしてくるのか見当もつかない。

すっかり冴えた脳で考えても、思考が堂々巡りを続けて全く結論が出ない。いや、出してはいけない気がした。

『な〜んて、私らだって殴り込みのプロだよ?ヤバいと思ったらすぐに引くよ。そもそも最悪あり得るかもしれないってレベルだしね』

表情をケロッと変えて、いつものイラクサの調子で笑う。

優しい人だと改めて思った。

やっぱり私には、覚悟が足りていないのかもしれない。前線で命を張っているわけでも、常に忙しく銀河を飛び回っているわけでもない。多数の平穏のために、友軍を撃つ覚悟なんて持っていなかった。


『ごめん、変なこと聞いたね。大丈夫、ちゃっちゃと終わらせて帰ってくるから、その間待っててね』

よほど自分の表情が思い詰めて見えたのか、フォローまでされてしまった。

「…分かりました。大丈夫です。帰り道はちゃんと作っておきますから」

せめて、きちんと微笑んで送りだそう。

不安や懸念が言霊にならないように、安心して彼女たちがいって帰って来れるように。


私は結局は撃つだろう。

でも、その標的に仲間が入ることが絶対にないように努力することをやめたくはなかった。

通信が終わった暗い画面を見ながら、すっかり目が冴えてしまったことに気づく。

窓の外では、帰るために行く艦たちがノズルを蒼く染め上げていた。


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