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第五十三話 増える脳

―シラーナル星系 第三惑星軌道 


海都標準時 午前3時前



警報を鳴らし続けるブザーがいい加減黙らされ、艦橋の壁面に取り付けられた赤色灯と、戦術卓と電測卓のディスプレイのみが異常を訴えていた頃。


穿峰(くがみね)は艦底部のカメラの映像を戦々恐々と眺めていた。

眼下の惑星がドクンドクンと脈打ち始めている。まるで一つの生命体のようだった。いや、確かに元々生き物ではある。それでも星の内部から、地面から生えた接合部に向かって何かが送り出されている様子は、どこか脳細胞を連想させた。

「…地表構造体よりエネルギー反応…いえ…磁場…?電気信号…?」

目の前でカメラ越しに起きている事象を上手く人の言語で説明できない。

艦橋の喧騒はとうに意識の果てに遠のいていて、素体(からだ)の視線は外の星海に投げたまま、忙しなく内部のタブを切り替えていく。

高微細カメラから映像、重力波ソナーから重力の揺らぎ、レーダーから内部構造やエネルギー反応、そして火器管制から脅威判定、あらゆる観測艤装から集められるだけのデータを集めた。異常が起きている、そしてそれが自分たちにとって危険なことはわかりきっている。

でも、その原因がわからない。どう対処すべきなのかも。


「どう考えても明らかにおかしい!」

光学モニターで眼下の惑星を見下ろしていた戦術長が声を上げた。

それまでてんでバラバラに明滅していた接合部の紅い脈動がそろい始めている。砲撃で潰された結合部はなおのこと赤みを増していた。

「艦長!いったん距離を取りましょうか?」

航海士は既に舵を当てている。

明らかに広がる異常を見て、訓練校時代と実戦で磨かれた直感と生存本能が「逃げろ」と叫んでいるに違いなかった。

「乙四の弦鐘(つるがね)より入電!『構造体より高エネルギー反応検出。防衛個体の動きにも変化アリ、警戒されたし』!」

通信士が振り返りざまに艦長に叫ぶ。

星の反対側でも異常が起きているらしい。つまりは惑星自身が目覚めようとしているということだ。

結合部からの紅い脈動は、いつの間にかそれぞれを繋ぐ菌糸のような白い部分にも広がり、一定周期でほのかに赤い光を放っていた。

「前衛の駆逐を下がらせろ」

艦長はそう命令した後、穿峰の方を向いた。

先ほどまでと変わりなく、視線はどこへ向けているのか分からぬままの彼女からはもどかしさと焦りがありありと伝わってくる。


「…やっぱり…同期してます…」

艦長が声をかけようとしたその時、グリンと勢いよく穿峰が振り返った。

「どういうことだ」

艦長は思わず問い直す。

接合部の発光が同期しているのは見ればわかる。でも戦艦のサブフレームともあろうものが、長々と考えた上でそんなわかりきったことを言うとは到底思えない。

「惑星の地下から地表の構造体へと、電気信号に近いものが流れています。その周期と、交戦中の個体群の行動変化が一致していました」

穿峰はここで一旦言葉を切って、少しだけ視線を泳がせてから続けた。

「…構造体は単なる生産場ではありません…。あの接合部の一つ一つが、情報をやりとりしながら思考しています」

艦橋に沈黙が降りる。

大型以上の個体はある程度の指揮能力を持つこと、

おそらくこのシラーナルⅢがこの辺りの指揮の中核であること、

この程度なら見当はついていた。

惑星を覆うコロニーも、ある程度の指揮能力を持っているなんてことに至っては、交戦した瞬間からわかることだ。


しかし、あの大きさのものが巨大な脳兼生産場になっているとは想定外だった。

「つまり…あれは、個体としては複数いるが、思考に関してはほぼ単一だって言いたいのか…?」

艦橋の中央に浮かぶ星図を指さす。

赤く染まった表示には、眼下の惑星が大きく映し出されていた。

「はい。より正確に表現すると、意識を共有したまま演算処理と、指揮のための出力は並列化出来ているかと…」

穿峰が淀みなく答える。

彼女はさらりと言ってのけたが、艦長の中で厄介度のレベルが数段階上がった。

この間にも大量の個体が構造体から吐き出されている。歪で小さいが、雑兵でも統制された数が揃えば脅威となることは歴史が証明していた。

かといって闇雲に接合部を破壊して回るのも得策ではない、中核が地下にある以上多少処理が遅くなる程度で、根本的な解決にはならないだろう。地下にも個体生産用のコロニーなんかがあればおしまいだ。


「…良し」

しばし考え込んでいた艦長は、膝を打って頭を上げた。

自然と艦橋の視線が集まる。

「穿峰、地下に埋まっている中核とやらは、さっきのアレ一つか?」

火器管制が騒ぎ立てた際に見つかった、あの赤く光る球根みたいなもの、あれ一つなら話は簡単だった。

「…いえ…確かにあれもハブの一つではありそうですが、本体ではないかと…」

少し小首を傾げ、自信なさげに穿峰は答える。

周りに比べれば強い磁場を放っている分、信号の集約点ではありそうだったが、発信源ではない。

「まあ良い。嶺牙(れいが)鷹峰たかみねに打電。『本艦は惑星地下の反応を攻撃する、嶺牙は後に続け。鷹峰たちは後方より支援砲撃を』…一個一個片付けるぞ」

艦長の命令を届けるべく、通信士が卓に向き直った時、丁度入電を知らせる通知音が鳴り響いた。

「っと、だ、第九強襲より入電!」

「右舷前方よりワープアウト反応!」

通信士と電測士の声が重なる。


赤だらけだった星図に、青い光点が一斉に姿を現し始めた。



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