第五十一話 識別信号
―海皇都から遥か4030光年 シラーナル星系 第三惑星軌道
海都標準時 午前2時頃
艦橋にやかましいほどの警報音が鳴り響いている。
穿峰が鳴らしているわけではなく、この艦自身が危険を訴えていた。
「どうした!?攻撃か!?」
なんの予兆もなく唐突になり始めた警報に負けじと艦長が声を張り上げる。
その声を聴くより前に、電測士は投影されたレーダーを睨みつけ、穿峰の方は視線を泳がせて原因を探っていた。
「重力震及びエネルギー反応、共に異常なし!」
「火器管制システムに異常検知!」
一秒と経たずそれぞれの結論に達した二人は同時に視線を艦長へ向け、立て続けに言葉を投げつける。
「火器管制だ?こっちだと特に脅威検知は…」
その穿峰の大声を聞いた戦術長が目の前のディスプレイを除きこんだ。
レーダーからの情報で構成されたスケルトンな映像には特に異常は見られない。緑色を基調としたいつもの表示だった。
一度脅威検知が作動すると、やかましいほどの警報音が端末から鳴り響くうえ画面も赤色になる。見間違えようがない。
光学モニターの方に切り替えても、白い菌糸に覆われた星のところどころが紅く光っているだけだ。十分異質で異常ではあるが、もはや見慣れた「さっきと同じ景色」だ。
「嶺牙の方はどうだ!」
艦長が少し離れたところにいる僚艦の名を呼ぶ。
穿峰たち第68戦隊は二手に分かれて攻撃中で、別れた方の分艦隊は少し離れていた。
理由もわからぬまま警報を鳴らし続けるメインコンピューターの相手で忙しい穿峰に代わって、通信士が後方の嶺牙に連絡を入れる。
その返答が返ってくる前に、艦長は航海士に回避機動を命令した。
「構造物に対して回避運動、星と距離を置け」
「了解。右軸転40、天舵20」
航海士の操艦に合わせて、艦は惑星に対して艦底部を向けつつ距離を広げていく。
多少距離が空いても相変わらず警報音は鳴り響いたままだった。
「嶺牙より返信!『当艦に異常なし、いかにされしや』」
通信士が内容を読み上げる。言い終わった後、小さく息をついた。
もし嶺牙の方でも異常が起きていたなら、原因は眼下の惑星コロニーで間違いないだろう。でも穿峰でだけ警報が鳴っているとなれば、艦自身の不具合の可能性が高くなる。
現に艦の半身たる穿峰でさえ、なぜメインコンピューターが火器管制経由で警報を出しているのかわかっていない。コンソールからしか情報を読み取れない電測士や戦術長はなおさらだ。
「電測士さん、識別信号って今どうなってます!?」
外を見たり手元に視線を落としたり。立っているだけだというのに忙しない様子の穿峰が、突然電測士の方に振り返った。
「識別か?異変は特に…」
そう言いながら電測士が手元のコンソールを数度叩く。周辺の移動反応を一覧表示させるが、その中にも特に異変のようなものは見受けられない。友軍艦艇はそのままだし、惑星から湧き出てくる個体たちの反応も先ほどまでと差して変わらないように見えた。
「そっちじゃなくて…構造体の方です!」
少し慌てたように穿峰から訂正が飛ぶ。
ああそっちかと電測士は再びコンソールを叩いた。今度は惑星表面の構造体の反応が表示される。火器管制へ攻撃対象として送られた結合部は黄色の四角で縁取られ、既に破壊したものに関してはその枠が緑色になっていた。幾つか青い枠も見える。捕捉はしているものの、攻撃対象ではないことを示す表示だ。
「…なんでこんなとこにあるんだ?」
電測士の口から思わず言葉が滑り出た。
確かに撃つだけ意味のないところは青枠で表示される。接合部同士を繋ぐ白い棒状の部分や、大型個体か何かの残骸なんかはそうだ。
でも、地面に反応が埋まっているというのは些か奇妙に思えた。
普段なら誤検知で済ませただろう。しかし今はサブフレームすらすり抜けて艦自身が違和感を訴えている、只事ではない気がした。
「何かあったか?」
「構造体の根本に反応が、攻撃対象ではないようですが…」
艦長の問いかけに、微妙に考えをまとめ切れないまま答える。
そもそも地中に反応があるのがおかしな話だ。結合部の探知は基本的に光学センサーが担っている。見えないものをどうやって見つけ出したというのか。
「やっぱり…火器管制側と相互エラーが出てます。攻撃対象のはずなのに、自動識別が拒否してます」
穿峰はやっとのことで原因にたどり着いたようだった。
「待て、そもそもなぜ火器管制が攻撃目標を決めてるんだ。普通識別側優先だろう」
艦長が疑念を呈する。
メインコンピューター内でシステム同士の競合が起きるなんて聞いたことがない。
少なくともこの艦では初めてのことだった。
「本来はそうなんですが…火器管制の脅威検出、識別が拒否したみたいなんです」
彼女自身も全貌が把握できていないのだろう、自動識別の判断ログを遡りながら答える。
火器管制システムは、カメラでの観測、重力震、熱源反応、生命反応などを複合的に見て、より脅威度の高い目標を優先して照準する。
一方で自動識別側も似たようなものだが、誤射を避けるべく友軍艦艇の識別信号が最優先だ。その上今回は接合部だけを狙う都合上、光学観測だ。識別側が見ていないところで、火器管制が何かを見つけた可能性はある。でも自動識別側の方がシステム的な優先度は上だ。通常なら火器管制は逆らえない。それをどういうわけか引き下がらずに、「艦の生存に関わる重大懸念事項」として艦橋にアラートを出してきた。火器管制システムのログにはそう残されている。
通常の手順をすり抜けて発した警報のため、しばらく原因がわからなかったらしい。
機械とは往々にしてそういうものだ、と艦長は思い直した。
「じゃあその目標ってのはなんだ」
「メインモニターに出します」
艦長が穿峰に問うと、彼女はすぐに応える。
先ほど電測士が言っていた、地中に埋まる反応がモニターに映し出された。拡大と鮮明化を繰り返し、構造体の根本へと画像が近づいていく。
貫通した砲弾の残したクレーターと、崩れ落ちた白いガレキに埋もれながらも、赤い光が漏れているのが見えた。
大地の下にも接合部が埋まっていたらしい。
面倒なことになったな、と艦長は思う。表面のカビ取りだけでなく、根まで掘り起こさないといけなくなったからだ。
戦術長が頭をかきながらため息を吐く。電測士はというと、今のうちに識別信号を手動で変更してちゃんと撃てるよう調整していた。
「…本体は上じゃない…?」
そんな中、穿峰だけは演算を続けている。
強烈な違和感を、なんとかして言語化するために。
艦底のカメラから捉えた接合部の脈動が、少しずつ早く、強くなっていく。
同時に、地表では土の中から紅い光がかすかに漏れ出していた。
まるで、微睡から醒めるように。




