第五十話 中間の二人
―海皇都 横瀬区 統合司令部庁舎 4階
海都標準時 9月21日 午前7時
「ふぁ…」
周りに誰もいないのをいいことに、スズナは口元に手を当てて大きく欠伸をする。
朝に弱い方ではないが、ここ最近は色々あったせいか疲れがたまっているのかもしれない。あちこちに部隊を貸し出している上に、情報局から上がってくる報告を総司令に伝える前に一度整理しなきゃならない。彼女自身の真面目な性格も相まって、かなり時間と労力のかかる仕事だった。
スズナが指揮する第五機動艦隊も、組織図としては隷下に存在する情報局も、軍組織としてはフットワークが軽い。忙しい時はとことん忙しい分、何もない時は手持ち無沙汰になって妙に不安に駆られる。イルミナさん曰くワーカホリックというやつらしい。そこまで極端ではないと思うが、常に何かすべき仕事があったほうが落ち着くという一点に関しては認めざるを得なかった。
「休息も仕事のうち…ですっけ…」
階級は同格の、人生の先輩が言っていたことを思い返す。
『良い?スズナちゃん。落ち着いて聞いてね…?あなたは働きすぎです。せめて、少なくとも、最低でも、お願いだから…。2週間は休んで。巡戦の改修が終わるまでは、ね?』
あの時は肩をつかまれた上に、深刻そうな表情で目を見つめられて、気圧されるように頷いた。無理をしている自覚はなかったけれど、そこで手を払いのけるほど空気が読めないわけではない。心配しすぎな気もするけど、あの人は一度覚悟を決めたら冗談抜きでベッドに投げ込むぐらいはしそうだった。というよりも、以前自身の上官が投げ込まれたという話は聞いた。
普段温厚な人ほど真剣な時は怖い、というのはこういう角度でも当てはまるらしい。
そうして逸れていく思考を何とか連れ戻す。一度欠伸をしたせいか、集中力が切れてしまったみたいだった。目をしばたいて口元に手を当てつつ、
「何かあったんですかね…」
視線は端末に落としたまま、口から言葉が滑り出る。
投影された画面の光が妙に目に刺さって、少し光度を落とした。
こちらの通信を感知するかのような反応、第八の戦い方を模倣したかのような戦術、足取りのつかめないレイジ…彼が拘束されそうな事案に、思い当たる節はいくらでもある。
シラーナル奪還戦の大事な時期に新しい動きが次々と出てくるものだから、ルイスも大変なはずだ。彼もちゃんと寝ているのか不安になる。ただでさえ各地の戦闘詳報や監視記録も管理対象で、それに加えて近頃はジルグラードも徐々に動き始めているという情報も出ていた。もちろんその全てを一人で切り盛りしているわけではないにしろ、局長として目も回るような忙しさだろう。
再び思考が脱線しかけた時、ふと足音が聞こえた気がして耳が立つ。
噂をすれば、というものだろうか、静かでありながらも急いでいるのが音だけでわかった。そういえばルイスは現場に出ることはほとんどないだろうに、どうしてこうも気配を消すのに慣れているのだろうか。ふとよぎった考えを切り替えるように扉が開く。
「遅れてしまい、申し訳ありません。」
こちらを認めるや否やルイスは頭を下げてきた。
返事をする前に一旦様子を見てみると、服装は綺麗だし、若干ウェーブのかかった茶髪もいつも通りだ。
それでも、目の下には隈がうっすら浮かんでいて、表情筋だけでは隠しきれない疲労の色が滲んでいた。
「私も先ほど来たところですから、問題ありませんよ」
とりあえずそのことは棚に上げて、まずは頭を上げてもらう。
精々5分にも満たない遅刻に、いちいち目くじらを立てる方が時間の無駄だ。緊急を要する案件も控えていないなら特に。
「何か動きがありましたか?」
彼が椅子に座るのを待ってから、そう尋ねてみた。
ルイスも時間には正確な方である。にも関わらず遅れたということは、重要か、至急か、複雑な判断が要求される事態だったことくらい簡単に思いつく。
「はい。現状…正確には昨夜23時までの情報の精査と分析が終わりました。端的に言えば、奴らは空母を模倣しています」
そう言いながらルイスは次々とテーブルの上に解析された画像を並べ始めた。
艦載機型と銘打たれた手足のある個体は、確かにこれまでの餐界個体とは全く特徴が違う。ジルヨ星系で幾つか甲冑型のコアがなくなっていたことと照らし合わせると、答えは明白だった。
「…完成度はどれくらいですか?」
一瞬言葉を失ったが、なんとか口を開く。
空母運用はそう簡単に真似できないはずだ。例え艦載機がどれほど優秀だったとしても、母艦とその使い方が下手なら対処法はそれなりにある。
「第四投射艦隊をして未熟、だそうです。空母型と思われる個体も逃げもせずに砲撃を始めたり、展開力はあっても着艦させる気はさらさらなさそうだったり、といった具合で、とりあえず小さな個体をばら撒く能力だけ真似した、という感じでしょうか」
並べた画像のうち、空母型と表示された物を指で示しながらルイスはそう説明する。
その隣に浮かんでいる、交戦時の個体と宙雷戦隊の動きを光点で表した星図と見比べても、確かに不完全な点が目立った。
でもそれは、安心できる根拠にはならない。人間と同じように、餐界も試行錯誤と実戦経験で戦い方や固体の特徴を変えてくるのは、軍内では最早周知の事実だ。それを防ぐためには近くにいた個体を全て殺すしかない。
「現状確認された空母型はシラーナル星系のこの一体だけです。それも第53宙雷戦隊が撃破したとのことですから、まだ拡散は防げている段階かと。そもそもがジルヨ星系にて交戦した、レイジ個体を元に改装した適当なものですから」
私の深刻そうな表情を読み取ったのか、励ますように説明が付け足される。
悩みの種が一つ減ったのは喜ばしいことだろう。第七を一番学んだ個体はここでいなくなった。
作戦に参加した戦隊には後で報告を受け取ったときにでもねぎらいの電報を打つとして、その話を聞いても気分は晴れなかった。
「シラーナルⅢにあるコロニーが、やはり指揮の中枢でしょうか?」
その原因の一つを尋ねてみる。
「その点はほとんど間違いないと思われます。現にシラーナル星系内部では、これまでよりも陣形や群れごとの連携の精度が明らかに上がっていますから」
即答だった。
そうなってくると、もう目の前にいる個体を撃破するだけでは不十分だ。星すら包み込む巨大な脳を何とかしなければならない。もとよりそのための作戦ではあったけれど、より慎重さが求められてくる。
全長5mに満たない数機の航宙機でアレなのだ。もし全長100mを超え、数々の武装と安定した超光速航行を実現する機関と、これまで培われてきた戦術をため込んだ「艦艇」が向こうの手に渡れば…
悪い方向に転がり落ちる思考を意識的に切り替える。
そんなことを考えても仕方がない。
「では、こちらから報告は上げておきます」
「承知いたしました。続報が入り次第連絡いたします」
こうして常に動き回っている二人の会議は終わった。




