第四十八話 嵐の切れ目
―シラーナル星系 第四惑星軌道
海都標準時 9月20日 午後11時51分
「…大型個体の撃破を確認!周辺に敵反応なし」
電測士はそう言うと、安堵したように息を吐き肩の力を抜いた。
前方の暗闇には既に光を失った黒々とした岩盤が、恒星の光を浴びながら緩やかに崩壊していくのが見える。巨大なガス惑星の陰に潜んでいたそれらは、ビーコンの餌にはかからなかった。しかし、航宙機隊が交戦を始めると、直ぐに砲撃してまんまと己の位置を我々に晒す。一度位置さえわかってしまえば簡単なもので、まともな攪乱策など持っていない大型個体は次々とミサイルと砲撃の雨に撃たれた。第七や第五が身を張って集めてくれた戦訓と、それを解析した情報局が作った警報プログラムのおかげで、砲戦距離における大型個体の脅威度はかなり減っている。
「龍鳳に打電、『伏兵の排除に成功、本丸は目前なり』」
電測士の報告に一つ頷いた後、艦長は通信士の方に向き直って命令した。
もはやここに星系外にいる母艦を狙撃するだけの戦力は残っていない。伝言ゲームは終わりにしてもいい頃合いだった。
通信士が通信卓に伝言を打ち込み、送信したすぐ後、にわかに通信網が騒がしくなる。
巡季型や門瀬型を中心に、甲宙機の再編成が一斉に始まったのだ。前線に近い位置で回収された艦載機たちが次々と本来の母艦へ向けて発艦し、補修用の部品を満載した輸送機が連なって着艦する。その合間を埋めるように、星系外縁の母艦から飛び立った甲宙機の群れが近づいてくるのがレーダーに映った。
「龍鳳より返信!『全艦へ達する。現時点をもって無線封鎖を解除、作戦を第三段階へ移行する。軌道上に居座るオルムディア防衛群を甲宙機隊と共同で撃破せよ』とのことです!」
通信士の声に、一度弛緩しかけた艦橋の空気が再び張り詰める。
しかし、嫌な緊張感ではない。最後に残った大仕事を片付けるために、集中力の度合いが一段階上がったことを肌で感じる。電測士自身も、例えかすかな個体の反応であろうと見逃すまいと、目じりに一段と力が入った。
光学モニターに映るのは、人の住める美しい星、になろうとした星の残骸。
テラフォームの最中に放棄され、そのあとに化け物の巣に呑まれつつある哀れな星だった。
惑星の表面を半分ほど覆う、白みを帯びた網目の構造物が大地や海を汚損し、自らの養分として吸収しているのがこの距離からでもなんとなくわかる。
まるでカビだ。どこからともなく種が飛んできて、みるみるうちに物の表面を覆い、腐敗させてしまう。そしてさらなる種を生み出し、新たな餌場を求めてまき散らす。その行動に善悪の概念は存在しない。人間が勝手に排除しようと躍起になってるだけだ。
オルムディアも同じだ。彼らには自種族の繁殖と生存領域の拡大以外の目的は存在しない。その割に、こちらの使う戦術や兵器を妙に半端にコピーしている点が引っかかった。
「弦鐘より入電!『第41戦隊旗艦、弦鐘より、41戦、42戦、43巡、44巡、45巡、46巡、及び付近で作戦行動中の各駆逐隊へ。以上の艦は現時刻より乙四任務部隊へ編入、シラーナルⅢの軌道上に展開するオルムディア個体群に対し、後方より急行中の甲宙機隊と共同でこれを叩く。第二戦闘序列、陣形配置急げ』とのことです」
通信士が戦隊旗艦からの命令を一気に読み上げる。
一瞬頭によぎった違和感ははるか彼方へ吹き飛ばされた。すぐさまメインのディスプレイを光学から星図に切り替え、弦鐘を中心とした陣形の配置図を呼び出す。続けて先ほど呼ばれた戦隊各艦の識別信号を変更し、同一指揮系統で動く一つの任務部隊として再設定した。
「弓張!弦鐘と連携できたか?本艦の配置が欲しい」
航海長が自分の横に立っているサブフレームに呼びかける。
遠くで駆逐艦が滑るように針路を変えていくのが視界の端にちらりと映った。星図上でも一つの戦闘が終わった直後の、やや間延びした陣形が向きを変えて再び整い始めている。
「ごめん遅れた!今送ったよ」
せわしなく手元に浮かんだディスプレイを叩きながら弓張が航海長に答えた。
戦隊旗艦の弦鐘が任務部隊旗艦を兼任する以上、戦隊の指揮の一部は本艦が担うことになる。特に誘導兵器の照準なんかは完全にこちらの管轄になるはずだ。その調整がいろいろあるのだろう。
本来なら内部処理で済むはずのことでも、彼女はなぜか人間と同じようにディスプレイを使う。以前気になって本人に聞いたところ、どうも内部で複数処理を並列化するのが苦手らしい。サブフレームとしてそれはどうなんだと思わなくもないが、その分一つのことに集中した時の処理は速い。個体差というやつだろう。わき道にそれた思考を一旦着地させて打ち切った。
「右翼第43巡洋戦隊、及び45巡洋戦隊移動完了。本艦後方より弦音、鳴弦共に戦列に加わります」
代わりに星図上を動き回る光点を見つつ、報告を上げる。
航海長が切る舵に合わせて艦はゆっくりと進み、決まった配置へと並んでいった。艦隊の配置がわかるレーダー画面上では、前に秋月型、その少し後ろに天笠型、そして弦鐘型という順で並んでいる。緩い半円の弧を描き、突入するというよりも引き寄せて押し潰すための陣形だった。
陣形が完成すると同時に、惑星側の重力震が大きくなる。星図にポツポツと赤い光点が増え始めた。
「敵反応多数、総数20、40、80…尚も増加。こちらを捕捉したと思われます」
みるみるうちに数を増やす反応の主を確認しようと、星図を一旦端に追いやり、光学モニターをメインに投影する。
一瞬だけ、自分の呼吸が確かに止まったのがわかった。いや、艦橋自体の音が消えた。
そこに映し出されていたのは、明らかに脈動する赤い管。先ほどまで白かった構造体は、その三分の一ほどが真っ赤に染まり、ドクンドクンと膨張と収縮を繰り返していた。
「…来るぞ」
艦長の静かなつぶやきで、止まっていた時間が再び動き始める。
「弦鐘より入電。『全艦対空警戒を厳となせ。これより攻撃を開始する』とのこと!」
この戦いの最後の火蓋が、いよいよ切って落とされようとしていた。
オマケ
艦艇解説
弦鐘型重投射戦艦
全長:392m
武装:30.5cm連装実体弾兼用集束炸裂型陽電子砲塔
4基8門(上部前方2基 後方1基 下部1基)
垂直ミサイル発射管 計128セル
(上部と下部に32セルずつ 両舷に各16セルずつ翼部に各16セルずつ)
13.2cm広角型連装集束徹甲式陽電子球状砲塔
(両舷各3基 計12門)
多目的投射機 16基
28mm連装対空間防御レーザー砲塔 24基
48cm艦首固定式集束炸裂型陽電子砲
艦載機搭載数 4機
同型艦8隻
ミサイル等の誘導兵器運用を重視した戦艦。
計画段階では同様にミサイル重視の艦艇になるはずだった龍鳳(当時大鯨)を補助するために設計された。
第四投射艦隊が甲宙機運用による母艦艦隊になった後も、門瀬型同様貴重な砲戦火力を持つ艦として運用されている。
本分はその豊富な搭載量を生かした面制圧。




