第四十七話 遠方にて
ー海皇都から遥か6000光年
たか座方面 白矩地方
カラン恒星系 第二惑星シュターヌ
惑星首都シュレイラード 旧総督府
海都標準時 9月19日 午後11時ごろ
現地時間 1月23日 午後2時40分
カルミは窓の外に広がる景色を眺めていた。
ここシュターヌの建築様式はエストライやエルディアのそれとはまったく異なっている。元々の宗主国たるラルノードの様式とも違う。独自の技法や思想で建てられたこれらの建物は、元来ここに住んでいた人々の重ねてきた歴史の重さを感じられた。
この星には「海」という概念がない。巨大な大陸がひしめき合い、ところどころに湖や川が流れているだけだ。水平線までただひたすらに広がる海や、そのなかでぽつりぽつりと浮かぶ島といった見慣れた景色はどこにも見られなかった。
その代わりというように、大木が生い茂る樹海が一面に広がっている。農業や畜産に適した平地は少なく、背の高い樹冠が大陸を埋め尽くしている。そのため人々は樹に生活する場所を求めた。太い枝の上に家を建て、畑をつくり、巨大な切り株を加工して工場として使う。
「…森の民って感じ…」
上下に分離して広がる街を見ながら、カルミは呟く。
まるで元々存在していたかのように堂々と枝の上に鎮座する家々と、それに真っ向から反発するように画一的でどこか重々しい建物が森を切り拓いて建ち並んでいた。
もともと総督府だったこの建物もその一つだ。ラルノードが内部から崩壊した後、尚も統治を維持しようとする総督らに対してシュターヌの人々は立ち上がり、彼ら特権階級を排除して独立を宣言した。
それ以降彼らは、外宇宙の存在に対して排他的な姿勢を取り続けている。今回の交渉にこぎつけるにも、外務省はかなりの労力を払ったらしい。
「交渉席に相手を座らせた時点で、交渉は半分成功したようなものだ」とは誰の言葉だったか、そもそもテーブルについてくれないことにはどうしようもない。でもテーブルについてくれたということは、少なくとも取引自体には乗り気だ。となれば、後はどう落としどころを見つけるかを決めるだけ。アリスは以前そう言っていたが、カルミからすればそこが一番難しいと思う。
「戻りました。何とか成立です」
横にスライドする扉から、擦れるような音が聞こえてカルミは振り返る。
ようやく役目を終えた分厚い書類の束を、目の前のテーブルにドンと置いて、アリスは軽く息を吐いた。腕を頭の上で組んで伸びをすると、それにつられて頭の羽もピンと伸びる。張り詰めていた緊張を全て取り切るように、深い溜息と一緒に全身の力を抜いたのが分かった。
「お疲れ様です。長丁場でしたね」
そう言いながら、持ってきていた茶道具の中からカップと茶菓子を取り出してさっと淹れる。
交渉の席で出されるのは当然こちらの品だろう、シュターヌのものもおいしくはあるものの、リラックスするにはやっぱり慣れた味が一番だ。
「あ、ごめんなさい。ありがとうございます」
アリスは申し訳なさそうに礼を言ってから、カップに口を付けた。
一口飲み込んで、安心したように本日何度目かの息を吐く。調整に難航したというよりも、気疲れしたという印象を何となく受ける。
「カルミさんは何を?」
こちらが労うより先に、彼女はそう尋ねてきた。
「この周辺の航路や注意を必要とする環境特性がないかを軽く確認していました。拓路庁からの依頼でもありますけどね」
朝霧型や澪影型が集めた環境データをもとに、友鶴で星図を作成する。その間にカルミ自身は許可を取って、この建物のラルノード時代の資料を探しては航路策定に関係ありそうな情報を探していた。
「それは…大変ですね…」
アリスは眉をハの字にしてカップを置く。
「遠洋艦隊ですからね。これも仕事ですよ」
軽く肩をすくめて答えた。
第三遠洋艦隊の主任務は戦闘ではない。未知領域の探査や利用価値のありそうな星系のリスト化、暫定的な星図の作成といった調査の分野から、こうした外交官の護衛や場合によっては異文明とのファーストコンタクトまでその任務内容は多岐に渡る。
「何かありましたか?」
今度は焼き菓子を摘みながらアリスは質問してきた。
どうやら興味を引かれたようだ。
「う〜ん、確証はありませんけどね…」
そう前置きしてから手持ちの端末を操作する。
テーブルの上に置くとひとりでに立体映像が投影され、ここカラン恒星系の周りの簡単な星図が映し出された。
いくつかの青い点が散らばり、朧げながら数本の道を浮かび上がらせている。
「これは…」
アリスが言葉に詰まった。
「恐らく通商路ですね、それもかなり昔の」
カルミはその出かかった言葉を引き継いで続ける。
「青い点は見つかったデブリの位置を示しています。観測哨とか、小惑星砲台とか、難破船もあったようです」
いくつかの光点を指で指した。
ここ白矩地方にはこういった遺物が多く見つかっている。一つ一つの遺物は学術的価値が低いものばかりだが、その足跡を辿れば大体は安定した航路が出来上がっていた。それにしても、このカラン恒星系の周りには数と密度が多い。
「昔は主要都市だったのかもしれませんね…」
アリスは顎に手を当てながら製図を覗き込んだ。
窓の外では、枝と枝を結ぶ橋を渡っている人々の鮮やかな色が遠くからでも良く見える。
「破壊したのはラルノードでしょうか?」
ふと顔を上げて、彼女はこちらに尋ねた。
「…恐らく違いそうです。残っていた資料の中に、破壊された遺物の調査ログがありました。彼らがここにきた時には既に放棄されていたんじゃないかと」
この施設の中で埃をかぶっていたディスクの内容を思い出しながら答える。
どうやら銀河は拡張による繁栄と、脅威によって衰退するのを繰り返しているらしい。
「…ふむ…一体これを作った人たちはどこから来て、どこへ行ったんでしょうね…」
星図に浮かび上がる船の道をみながら、アリスは訝しげに言った。
「そして、彼らを追い詰めていた何者かも」
この航路の整備具合からすると、星間国家の首都圏とまでは言わずとも地方の中枢惑星が近くにあった可能性は高い。そんな宙域を丸々放棄せざるを得ないほどの何かが、この辺りにまだ存在するかもしれない。
「次の依頼主は科学省ですか?」
アリスが冗談っぽく口角を上げる。
その様子は、外交官というよりも唯の友人と話す一人の女性のようだった。
「残念ですが、もう別の任務が来てますから。今度はエルディア領内に向かいますよ」
努めて真面目な口調を装いながらも、カルミ自身も頬が緩むのを抑えられなかった。
オマケ
惑星紹介
シュターヌ
所属:カラン恒星系第二惑星
大きさ:直径約3万4000km
公転周期:海皇都基準で約436.3日
自転周期:海皇都基準で約23時間56分
人口:35億2000万人
気候:多湿、中温
地形:大規模な森林、火山帯多数、海無し
エストライから見るとかなりの辺境に位置する惑星の一つ。
かつてラルノード帝国の植民惑星の一つであり、現地民を征服して労働力として利用していた過去がある。帝国崩壊後の混乱において、住民が決起した結果当時の総督らは星を追われており、その後の消息は不明。
惑星表面を覆い尽くすほどの樹冠と、雨の多い環境でありながらも、自転の影響で常に西から風が吹いており高温ではない。
酸素濃度が高い影響で昆虫類がエストライの既知の種に比べて大型。文化的には主食となっている種もいるため、苦手な方は移住や観光の際はご注意を。




