第四十五話 真似できぬもの
ーシラーナル星系 第五惑星 第二衛星軌道
「撃ちーかたー始ーめ!」
後方の初春たちが甲冑型の紛い物を相手にしていた頃、急がば回れと一足先に衛星の裏側へ向かっていた吹雪の艦橋に戦術長の号令が響く。
ピタリと狙いを定めた砲身から一斉に青い砲火が迸った。追従して陣形を組んでいた深雪たちの砲塔も間髪入れずに轟く。
前方右寄りに小さく見えるこの戦いの首魁は、空母型、というよりもほとんど大型個体と差異がないように見えた。妙に傷だらけなこと以外は。
「…思ってたよりも変わってませんね」
高微細カメラを使い、その個体を外観から解析していた電測士が、ふとつぶやいた。
オルムディア個体は、種類ごとに全く違う生命体と見紛うほど外観に大きな差異がある。小型個体や大型個体のように流線型の一体化したシルエットをもつものから、基本個体や先ほどの艦載機型のように明確な手足を持つものもいるほどだ。それぞれの役割に特化して、全体のデザインに一貫性が見られない。最低限の共通点として表面が黒い岩石質で、紅い球体状の感覚器官を複数持つことぐらいしか挙げられないくらいだった。
「だな…まるで改装でもしたみたいだ」
砲撃が着弾する様子を見ながら、艦長もそれに同意する。
しかし、目の前の「空母型」は、長細い胴体に数本の触手を持ち、そのなかでもとりわけ長い2本を振り回して肉薄しようとする駆逐艦を追い払おうとしていた。少なくとも外観においては第七が「イカ」と評した大型個体によく似ている。
「装甲は硬いままみたいですね」
絶えず閃光を放つ砲門を操作しながら、戦術長が苦々しげに口元を歪めた。
一ヶ所への集中砲火で装甲の一部を破断させることができる、というのはジルヨ海戦の戦訓として挙がっていたが、お互いこうも動いていては一点に砲撃を当て続けるのは至難を極める。命中はすれども効果が薄い状況が続いていた。
突然、宙雷戦隊の駆逐艦たちが一斉に距離を取ったのがレーダーに映る。
「…音無瀬から、『艦載機型発艦の予兆あり、一時離脱する』だそうです」
変な機動を続ける空母型への照準と、その影から時折横槍を入れてくる基本個体の光弾の回避計算にリソースを圧迫されながら、吹雪は艦長の方を向いて報告した。
実際の音無瀬はもう少し色々言っていたが、それをいちいち処理できるほどの余裕はない。意外と重巡のサブフレームの処理能力は一杯一杯だ。
「右舷対空戦闘用意、暁雲と初霜にも打電」
吹雪に向かって頷いたあと、艦長はそのまま戦術長と通信長に命令する。
戦術長は主砲の砲撃は続けつつ、レーザー砲塔と副砲を起動した。自動的に主砲と概ね同じ方向に数多の砲身が射程外にも関わらず狙いを定める。通信長も再び通信卓に向き直り、横にいる駆逐隊指揮艦へ伝達した。
一方の吹雪はというと一旦戦隊の砲撃演算を深雪に預けて、空いた余裕でミサイルや副砲の照準用意にかかった。これ以上のマルチタスクはちょっと難しい。
「吹雪、回避の演算こっちに回せ。お前は指揮に集中しろ」
処理に集中するあまり、外界からの反応に鈍くなっていたのを見かねたのか、航海長が声をかける。
一瞬逡巡したものの、結局吹雪はそれに従うことにした。
「了解しました。航行演算、航海長に送ります」
「受け取った」
フッと頭が軽くなった気がする。
主砲の砲撃は引き続き深雪側の諸元に任せつつ、吹雪は今そばにいる14隻の陣形調整と防空に専念することにした。
「…ありがとうございます」
目まぐるしく変わる各艦の表示を視界の裏に捉えながら、ポツリと言う。
返事はなかったが、右へ左へと流れる星海を他所に、航海長がヒラヒラと左手を軽く振ったのが見えた。
「…艦載機型出現!数50を超えさらに増加中」
投影された星図の中で、夥しい数の赤い光点がバラバラと散っていく。光学モニターでは、触手の付け根あたりが赤く光り、次々と個体が吐き出されてくるのが映る。さっきの群れよりもきちんとある程度の陣形を組んでいるのが見て取れた。
「…近いからか?」
戦術長が顎に手をやって推察する。
単純に距離が近い分群れを統制しやすいのか、それとも何か別の理由があるのかは定かではない。
僚艦の暁雲たちが一斉にミサイルを発射した。一度真上へ向かったそれらは、軌道を変えてまるで吸い寄せられるかのように敵機の元へ突進していく。
赤い光が瞬き、ミサイルの火球がいくつも花開いた。ディスプレイの中で赤い光点が数を減らす。ある程度の対空能力を持つとはいえ、全弾撃ち落とすことはできないようだ。
『夏空より吹雪へ、2個宙隊が急行中、相手は任せろ』
後方の夏空の声が聞こえてくる。
今度は友軍機の反応が次々と現れた。艦長にそのことを報告しつつ、もう一度敵機との距離を測る。まだレーザー砲塔の射程までは距離があった。
艦橋の横を鎧のような機体が群れをなして飛んでいく。盾を持つもの、大きな機関銃を抱えたもの、両肩に体格に似合わないほど大きなミサイルを乗せたもの… 彼らは8機1組となって一斉に向かっていった。
数は相手に部がある、しかし動きが違った。
大盾を構えた2機が存分に注意を引き、近づきすぎた個体を腕部の機銃で仕留める。腕部から緑色のレーザーが乱射され、接近した個体は胴体に命中して爆発した。盾持ちが一気にバーニアを吹かして後退し、艦載機型の群れと距離が開くと雷撃役がすぐさま肩からミサイルを放って制圧する。近距離から放たれたミサイルに対応できず、大半の個体が巻き込まれて消滅した。生き残りは、自分たちの全高よりも長い機関銃を構えた銃手によって仕留められる。1発で推進器や腕部を吹き飛ばされ、あっという間に戦闘能力を喪失したものがそこかしこに漂っていた。その間に盾持ちはすでに別の敵へ狙いを定めている。
母艦を狙おうとしたものは、護衛の秋月型から主砲の弾幕を浴びせられることになった。オリジナルの甲冑型に運動性で劣るそれらの個体は、彼女たちからすれば演習の標的よりも容易く撃ち落とせる的だろう。
「右舷下方より敵機接近!」
数に任せて吹雪たちにも迫らんとする群れをレーダーが捉えた。初霜たちが艦体をロールさせて射界を確保し、主砲を連射する。秋月型には劣るものの、五月雨型も防空能力はそれなりに有していた。
「副砲照準よし」
吹雪は戦術長に声をかける。
「撃ちー方始め」
尚も突破しようとするその群れに、青い閃光が襲いかかる。モロにくらった一体は存在ごと消滅し、巻き込まれた個体は頭部を失って沈黙した。その様子を間近で見ているにも関わらず、生き残りは全く減速する気配を見せない。
「敵機さらに接近!数16!」
「右舷近接対空戦闘!」
電測士の報告から間髪入れず、艦長の命令が響いた。
吹雪の中では既に照準は終わっている。戦術長が引き金を引くと、艦から緑色の雨が噴き出した。
交差する光線が脚部を吹き飛ばし、続けて胴体に大穴を開ける。爆散した破片が偏向幕に衝突して跳ね返され、ぶつかったところには小さな波紋が漣のように広がった。
質の面で圧倒的に劣勢な艦載機型を今なお捻り出している空母個体へ向け、陣形を整え直した音無瀬たちが猛スピードで横腹へ突っ込んでいく。
吐き出されたばかりの個体たちが次々と襲いかかるが、対空間レーザーを撒き散らしつつ突貫する海風型にあえなく返り討ちにされていった。なんとか距離を取ろうとする空母型に、今度は逆に甲冑機の群れが襲いかかる。
「初春より入電。『敵機殲滅完了、これより援護する』とのことです!」
損傷した機体は一旦後方の伊勢に預け、代わりに予備機を出してやってきたらしい。
その甲冑機たちは振りかぶられた長い触手を軽々と躱し、返す刀で付け根あたりに銛雷を叩き込む。体のあちこちで爆炎が上がり、対抗するように強酸を噴き出す空母型が発艦口を開いたその瞬間。
目前まで迫っていた宙雷戦隊が一斉に銛雷を発射した。射出された直後の個体を運動エネルギーだけで粉砕し、発艦口の中に深々と銛が突き刺さる。
胴体の下腹部で同じことがあちこちで起きていた。音無瀬たちはその様子を見届けることなく、速度を落とさないまま空母型の下を潜り抜けていった。
大型個体の内部構造は意外にも脆い。外皮は極めて硬いものの、一度割れる、あるいは装甲の隙間を撃たれれば呆気ないほど簡単に沈む。
発艦のために装甲を開けなければならない空母とは相性が悪かった。
17隻の宙雷戦隊から撃ち込まれた、数十本の銛雷が一斉に起爆し、閃光と爆炎が噴き上がる。そのまま内部に誘爆し、体が崩壊を始めた。時折見えた赤い光はもはやなく、完全に推力を失った残骸は、大きなガス惑星の重力に引かれてゆっくりと遠のいていった。




