第四十二話 見慣れた敵
―シラーナル星系 第五惑星衛星軌道
海都標準時 9月20日 午後7時頃
満天の星空を背景に、星ではない12対の青い光が滑るように移動していく。黒を基調とした無人機の群れを先頭から駆り立てるのは、尾翼に差し色の入った機体だった。機体の外観にはそのわずかな色調の変化以外に違いはない。しかし、形だけのコックピットしか持たない黒い機体たちと異なり、その機体のコックピットは人が人として搭乗できるように設計されていた。
機内は妙に静かに感じられた。
吐息がパイロットスーツのヘルメットに当たるくぐもった音、微振動を繰り返すエンジンの駆動音、搭載されたレーダーが定期的に立てる電子音、そういった音は沢山響いている。
それでも、本来なら必ずあったはずの母艦の管制士からの誘導や、付近の艦艇からの情報提供、僚機との会話といった、人の意思が介在する音がない。ただ規則的に、機械的に繰り返される音色だけ聞いていると、まるでこの広い宇宙の中で一人ぼっちで飛んでいるかのような錯覚に陥る。
艦が当たり前のように駆け抜けるたった一つの宙域ですら、人が一人で進むには広すぎた。
正面に巨大なガス惑星と、その環が見える。さらにその奥には小ぶりな衛星が素知らぬ顔でポツンと浮かんでいた。
一瞬、ほんの一瞬だけ、その衛星と環の間の暗闇で何かが光ったのが見えた気がした。レーダーには反応はない。光学センサーもチリか何かだと断じて処理するほどの小さな何か。
しかし、「何か」がいる。ほとんど直感のような確信が脳裏に走った。
ほとんど無意識に武装のセーフティーを外す。それに連動して追従する無人機たちも巡航状態から臨戦態勢へ移行していった。命令を出さずともわずかに間隔を広げ、前方の機体との軸線をずらす。
無人機とはいえ、累積されたデータと培われた戦術は本物で老獪だ。まるで人の思考を読んだかのような動きをすることはよくある。
間もなく第42巡洋戦隊がビーコンを撒いた地点だった。出撃前に設定したポイントのアンカー表示がディスプレイ上で近づいてくる。環を構成する凍てついた小惑星一つ一つが見分けられるほどの距離に近づいたとき、レーダーがけたたましく警報音を奏で始めた。画面の奥で点のような何かに赤い枠が付き、照準が固定されたことを知らせる。
「…行くぞ」
ほとんど呟きのような声が、レシーバーに拾われた。それを攻撃許可と受け取り、無人機たちが一斉にエンジンを吹かす。ノズルから青い閃光が伸びると同時に翼からミサイルが放たれた。
途中まで一直線に突貫したミサイルたちは、突然向きを変えて散開する。その動きに合わせてディスプレイ上の敵影が急に動き始めたのが見えた。少なくともミサイルを躱そうとする意思はあるようだ。そしておそらくこちらに気が付いたのだろう。距離を詰めようと迫ってくるのがレーダーに映った。
次々とミサイルが爆発して前方の空間に多数の火球が広がる。その直前に赤い光が瞬くのが一瞬だけ目に入った。
「迎撃できるのか…?」
火球の影響でノイズが走るレーダーの復旧を待つことなく、操縦桿を引いて機体を持ち上げる。
これまでのオルム個体は基本的に対空防御に無頓着だった。きちんと照準を合わせて撃てばミサイルは当たるし、よほど接近しなければ機体が被弾することはそうない。よって対オルム戦法は、高速で接近し一撃を叩き込んでから速度を落とすことなく通過する一撃離脱戦法に自然と近づく。
奴らが最も見ているのはこの戦い方のはずだ。
ただ、新型の動きはどうもこちらの戦法とは異なり、格闘戦特化の機体に近い動きに見えた。
例えて言うなら、甲冑型のそれのように。
お互いにまっすぐ向き合ったまま凄まじい勢いで距離を詰めていく。相対速度は相当なものだ。誘導兵器の射程は確かに長い。しかし、特に銛雷は高速域での追尾性が悪く、機動力に優れた個体を遠距離から狙うのは現実的ではなかった。貫徹用の大型兵器であるのを考えると無理のない話ではあるが、今回ばかりは破壊力よりも軽さが欲しい。
無人機の約半数ほどがその銛雷を死重と判断したのか、投棄してさらに速度を上げた。中身に気を遣う必要のない彼らの機動力は高く、瞬間的に水平移動することも何のことは無い。
しかし、敵の動きはそれ以上だった。
自機の前に出た一機の翼端が吹き飛ばされる。直後に視界の端に爆炎が見えた。負けじと対小型個体用のミサイルを撃ち込み、回避しようとした敵機を機首を回して機銃で仕留める。そのまま機首を軸に弧を描くように滑り、近接信管にした銛雷を固まっている敵機に向けて送りつけた。
迎撃のために動きを変え、目標が逸れた隙をつくように2機の無人機がありったけの機銃弾をぶち撒けて斜めに突っ切る。
「結構やるじゃん」
褒めても何も出ないと分かりながら、思わず呟いた。
最初こそ先手を取られたものの、すぐに体制を整え直せる無人機の適応能力には驚かされる。
急旋回して迫ってくる敵機に牽制のミサイルを撃ち込みつつ、その外観や動きをよく観察する。
近くで見てようやく、なんとなく感じていた既視感の正体がなんなのかを理解した。
これまでのオルム個体とは全く違った造型のそれには、不気味なほどに見覚えがある。
「…やっぱ鎧か」
慣性そのままに急旋回し、相手の腕が回るより先に弾を叩き込んで呟く。
確かに胴体から4本の付属肢と頭部があり、頭部に感覚器、腕部に武装、脚部を持つのは甲冑型と一緒だ。しかしそこには、人が使うための「無駄」が存在しなかった。
甲冑型は多様な任務に対応できるように、基礎設計に余裕を持たせてある。わざわざ人型をしているのもそのためだ。武装の持ち替えだけで換装が済み、モジュール化されているのでパーツ交換もしやすい。簡単に言えば、「帰還する前提」で組まれていると言えるだろう。
逆に目の前のこいつらからは、そうした余裕が感じられなかった。鎌のような腕、脚は胴体の途中から生え、胴体から推力ノズルが直結している。頭部は細く、丸みを帯びた四角錐のようで、どこか昆虫味を感じた。整備や補給の概念がない、量産性に特化したような外観を持っている。
レーダー上の敵勢力の反応はどんどんと数を減らしていた。その分友軍の数も最初の3分の2ほどに撃ち減らされている。しかし、敵の正体も戦い方も分かった。
その瞬間、再びレーダーがけたたましく鳴り響く。同時に視界の端、星系の内側の惑星の影で何かが光った気がした。
猛烈に嫌な予感に襲われ、咄嗟に操縦桿を引いて軌道を変える。
「全機散開!」
その命令を聞いたのか、交戦中の無人機たちは蜘蛛の子を散らすようにその場から離れていった。
後ろから追い縋る敵機には銛雷を落とす。速度差を見誤ったのか、単に捨てたと思ったのかは知らないが、時限信管に設定された銛雷は追手の2機を巻き込んで爆発した。
直後に空間自体を揺るがすほどのエネルギーの奔流が惑星を掠めて飛んでくる。それは敵味方問わず粉砕し、無情に消し飛ばした。退避が遅れた4機がレーダーから消失する。
「クソッ…」
無人機とはいえ、軽々しく失っていいものではない。
悪態がヘルメットの中で木霊した。
光が通り過ぎただけだ。たったそれだけで、そこに確かにいたものがまるで最初からいなかったように消えてしまう。
静かだったディスプレイがにわかに騒がしくなった。
青色の光点の数々が友軍艦艇が動き始めたことを如実に物語る。
時を同じくして、一本の無線が入った。
『第42巡初春からベリエル1へ。空母型発見、これより攻撃を開始する。母艦へ帰投されたし』
文字に起こせば無愛想でも、なぜかひどく安心する。
一人ではないと思えたからかもしれない。
「…ベリエル1、了解。宙隊各機帰投する。敵機との戦闘データ、同期開始」
緩みかけた気持ちをもう一度締め上げ、残った機体に命令を出す。
無人機たちが集まり、母艦へ向けて加速し始めた。無傷の数機はやや後方を飛んでいる。
前方から数十隻の艦影が近づいてくるのが見えた。通信も、機関から出る光も一切隠していない。同航する航宙機隊は、一糸乱れぬ最短経路で戦場へ向かっていった。先頭を飛ぶ差し色の入った機体に敬礼する。
先ほどエネルギー波が飛んできた惑星の周りでは、遠目から見てもわかるほど、数多の青い光が瞬いていた。




