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第四十一話 厄介な小魚

―シラーナル星系 外縁部小惑星帯


海都標準時 9月20日 午後5時32分


艦橋は静まり返っていた。響いているのは機関が唸る低い音と、レーダーが一周するごとに鳴る電子音だけだ。相手の出方をうかがわなければならない分、どうしても時間がかかる。

「…第六惑星軌道ビーコン、反応消失」

規則性のある機械音だけが聞こえる沈黙を破ったのは、通信士の報告だった。

第六惑星軌道に散布されたビーコンの数は16個。投影された星図の中で、そのすべてが次々と反応を消していった。

「…砲撃か?」

艦長は訝しげに電測士に尋ねる。

これまでの交戦記録から考えると、惑星を掠めたであろう大型個体の砲撃はここから観測できないとおかしい。ガス惑星や衛星に当たったのなら不思議ではないが、なんとなく違和感が残った。

「…いえ、エネルギー反応は観測されませんでした。」

ビーコンの反応が途絶したタイミングのレーダーの履歴をさかのぼって確認し、電測士は顔を上げて報告する。

「じゃあ小型か?」

今度はサブフレームの初春(はつはる)の方に顔を向けて問いかけた。

「…本艦の索敵には敵影確認できず。後方で監視中の深澪(ふかみお)も、エネルギー反応及び敵影を見つけられていないそうです」

声をかけられたことを理解した彼女は、どこか遠くを見ていた目線を艦内へ戻す。

艦橋の窓からも、僚艦たちがせわしなく側面の灯火を明滅させているのが見えた。普段よりも情報の共有に時間と手間がかかる分、初春の顔はどこか不満げに映る。

「…オルムが実体弾を使用した可能性は?」

星しか映っていないディスプレイから目を逸らし、航海長が初春に尋ねた。

「いくら何でも惑星軌道跨いだ実体狙撃は無理だろ。ビーコンの直径は1mもないぞ」

その疑問は隣に座っている戦術長に否定される。

そんな芸当ができるのは第二か第八のごく一部の玄人ぐらいだろう。訓練でもする機会はまずないだろうが彼らならできてもおかしくはない。

少なくともオルムがこの短時間で身に着けられる技術ではないだろう。


収束射撃でも、実体弾による狙撃でも、小型個体による接近戦でもない。

そうなると。

「…完全なステルスか?」

最もシンプルで、最も厄介なシナリオを艦長は口に出した。

ステルスを用いた奇襲戦法の有効性は、既にフルトで第八要撃艦隊がこれでもかというほど示している。しかしいくらアクティブステルスに優れた艦艇であっても、航行した痕跡を完全に消すのは簡単なことではない。それこそ十数メートルの体躯を持つ小型個体が高速で動けば、厳戒態勢の澪影型の重力波ソナーには引っかかるはずだ。最も敢えて速度を落としていた場合にはその限りではないが、そこまで警戒できる理性があるならそもそもビーコンは囮と断じて無視するだろう。

もしも航跡すら完全に消せるほどのステルスを手に入れたのであれば、早急に手を打たねばならない。現状でも未知の学習能力相手に不利な状況に立たされているのに、下手をすれば一気に劣勢に追い込まれてしまう。


「…恐らく、そうではないかと」

じっと外を見つめていた初春が、二、三度瞬きをして焦点を艦長に合わせてから口を開いた。

「深澪から続報です。通信途絶前まで遡って精密観測したところ、第六惑星軌道から4.7光秒離れた地点までわずかながら航跡があったことが分かったそうです」

「タイミングはいつだ?」

艦長は短く問い返す。

「…ビーコン通信途絶の66秒前」

初春は答えながら、少し不思議そうな表情を浮かべた。


間隔が空きすぎている。仮にこちらの哨戒網を警戒して速度を落としたにしても、あまりにも遅すぎる。

「0.07c…最高速の十分の一ってところでしょうか?」

航海長が手元のディスプレイを軽くたたいた。

小型個体は基本的に機動力に特化している関係上、最高速度はそこまで早くはない。最も、無制限に加速し続ければその限りではないと思われる。しかしどうやらオルム個体には活動限界があるようで、逃亡を試みた艦艇に追いすがった個体が、徐々に減速して活動を停止した報告もある。


ただ、最高速度の約十分の一という数字に、艦長は頭の中のピースがはまったような感覚を覚えた。

「どの程度の大きさまでなら感知できない?」

ふと浮かび上がった仮説を証明するために、初春に尋ねる。

彼女は目を瞬いて何かを探すように視線を泳がせたあと、口を開いた。

「その速度で移動する物体であれば、おそらく10m以下…5m前後であればほぼ確実にソナーにも反応はないかと」

その答えで仮説が補強される。

少なくともステルス性は高くはない。単に小さかっただけだ。ただし、厄介なことに変わりはない。


「…!龍鳳から通信。『空母型が存在する公算大にして、各艦対空警戒に努めよ』」

初春が遠方から駆逐艦を経由して送られてきた光の明滅を読み取る。

どうやら艦長の推理は指揮官とほぼ同じ結論に着地したらしい。甲冑型の航宙機は低速域の運動性に優れる一方で、単体での高速移動には向いていない。そして概ね5m程度の大きさである。

「…空母…だと?」

戦術長が唖然とした様子で呟いた。

無理もない。群れの中核となり、その体躯から来る耐久力と砲撃力を武器とする戦艦級の大型個体と初めて接敵したのがつい最近の話だ。本体を安全圏に置いたまま、遠方を正確に攻撃できる空母という概念に到達するまでがあまりに早過ぎる。

いくら第七遊撃艦隊に空母がいたからといって、直接交戦したわけでもないのに一体どこから空母の戦い方を学習したというのか。


「龍鳳より続報。『各航空戦隊は艦載機発艦始め。前衛艦隊各戦隊は、宙隊交戦開始まで待機。その後事前の命令系統に従い、各部隊判断の上無線封鎖の解除及び交戦を許可する』、と」

そう言った後、初春は静かに艦長を見つめる。

今この周りにいる任務部隊の指揮権は彼にあるからだ。

「…了解した。全艦第二種戦闘配置から第一種戦闘配置へ。陣形変更、第53宙雷戦隊を先行させる。艦載機発艦準備」

長く息をついた後、艦長は矢継ぎ早に指示を飛ばし始めた。

それに呼応して艦橋も慌ただしくなり、窓からは護衛の駆逐艦が忙しなく舷側の灯火の明滅を繰り返しているのが見える。

その駆逐艦の遥か下、艦底から大きく距離を空けて矢尻型の編隊を組んだ柳星が飛んでいくのが目に留まった。


普段ならもっと最短経路で効率よく移動させられる。各機の間隔も、速度も、接敵のタイミングも母艦でリアルタイムで把握してコントロールできる。

しかし、今はそうはいかない。それぞれの部隊の指揮は先頭のパイロットに任された。こちらが戦う前にできることといえば、彼らの健闘を祈ることぐらいだった。



オマケ


艦艇解説

巡季型航宙母巡洋艦

全長:263m

武装:22cm連装実体弾兼用集束徹甲型陽電子砲塔

   3基6門(上部前方2基 下部1基)

   垂直ミサイル発射管 計48セル

   (上部と下部に16セルずつ 両舷に各8セルずつ)

   80cm銛雷発射管 計8門

   (4連装旋回式発射管2基8門)

   13.2cm広角型連装集束徹甲式陽電子球状砲塔

   4基8門(両舷2基ずつ)

   多目的投射機 12基

   28mm連装対空間防御レーザー砲塔 22基

   艦載機搭載数 28機(内4機は補用)

   七二式甲冑型汎用攻撃機 2個宙隊合計16機(+4機は補用)

   六八式汎用輸送機8機


航宙機運用能力を持った巡洋艦。書面上は重巡洋艦として扱われるが、実際の運用においてはかなり異なる。

前線支援を行う都合上、広い甲板は防御面において不安材料となるため、帰投に飛行甲板が必要となる航空機型は搭載しておらず、全機が甲冑型となっている。展開力と近接戦闘に優れた甲冑型の方が、この艦にあっているとも言えるだろう。

しかしながら、甲冑型も着艦時に飛行甲板と格納庫が必要になるため、艦尾に飛行甲板とエレベーターを装備している。



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