第三十九話 ローテクの良さ
有人機について
基本的に無人機を主体とする国防艦隊艦艇において、有人機の任務は無人機にはできない仕事を遂行することである。
要は人間の持つ、直感や経験を元にした現場判断での即応戦術など、機械の持たない強みを活かせる状況において投入される。
その関係上絶対数が少ないため、必然的に有人機のパイロットは一人一人がかつてのエース級の操縦テクニックと胆力を誇るようになった。
基本的に機体は同じものの、運動性能に関しては多少リミッターがかけられている。ごく一部からすれば不満のようだが、無人機の機動性を人が乗ったままフルに活かせばどうなるかは想像に難くない。
ー出典:spedia.org
―シラーナル星系から36.4光年
ジルヨ星系外縁部
海都標準時 9月20日 午後1時2分
「…つまり、我々とは相性が最悪という認識でいいか?」
シンプルなカラーリングの調度品で統一された艦長室で、カロントは映像の向こうに映る人影に問いかける。
艦隊はジルヨの重力井戸ギリギリで停船していた。もう一度跳躍すればシラーナル外縁に到着する、といったところで緊急通信が入ったからだ。どうやら作戦の遅れは避けられないらしい。
『…はい、そうなると思います。偵察中だった83巡からの情報です。もちろん、推測も入っているとは思いますが…』
そう語るライゼの顔には、映像越しでもはっきり分けるほどの疲労の色が浮かんでいた。
無理もないだろう。こうも立て続けに事態が急変を繰り返していては、心身ともに休まらないはずだ。そもそも本来の運用を考えるのであれば、第八要撃艦隊は未知の敵を相手にする艦隊ではない。
「通信を逆探知し、発信源を遠距離から狙撃…敵ながら悪くない策を練るな」
人差し指で首をかき、空いた手で制帽を直す。
『国家相手なら使えそうな手ですね』
丸いフレームの眼鏡を少し押し上げ、ライゼは薄く笑みを浮かべた。
少なくとも冗談を言えるほどの余裕はあるらしい。いや、彼女の普段の性格を考えると、冗談を言うほうが疲れている証拠なのかもしれない。
どのみち、餐界は我々が感知できるタイプの通信は行っていないようだ。これまではそもそも意思疎通を取っているとは思われていなかったが、ここまで連携と戦術をとってくるとなると、何らかの意思疎通の手段は持っているだろう。
『…それと、シラーナルⅢ、つまりコロニー自体もある種の観測装置として機能している可能性もある、と』
すぐにその笑みを消し、ライゼは報告を続けた。
「了解した。もう何が来ても驚かんさ」
ため息をついて、眼を閉じる。
海皇都より若干小さい程度の大きさの惑星を、半分ほど飲み込んでいる巨大な巣だ。ここまでの進化速度を考えると、その巣本体がどんなびっくりどっきり生命体になっていてもおかしくない。最悪の場合、後詰の甲六任務部隊に破砕を頼むことになるだろう。
しかし、生存者の可能性を捜索するという主目標がある以上、それは作戦の失敗を意味する。星を傷つけずに、第九強襲艦隊が降下するための宙域の安全を確保する。正攻法では無理難題だ。
それなら、いっそこっちが退化すればいい。
「…わかった」
瞼を開き、ディスプレイの向こうにいる人物と視線を合わせる。
『…?えっと?』
ライゼは何が分かったのか理解が追い付いていない様子だった。頭の上にクエスチョンマークが浮かんでる様子が目に浮かぶ。
「通信や無人機が読まれるなら、枯れた技術で行こう」
映像の向こうで、ライゼの表情が変わらないままに首が傾いた。
どうやら流石に言葉足らずが過ぎたらしい。
「遠距離通信は発光信号で代用する。といっても拡散型の実体弾だがな。時限信管を調整すれば遠距離でも、簡易的な連絡は取れるはずだ」
そう言って補足した。
最も実体弾は弾速に限界がある。いくらか駆逐隊を使って中継する必要がある上、複雑な指示には不向きだ。それでも、防御力に不安の残る母艦が砲撃の危機にさらされるのは避けなければならない。
『…なるほど… あ、無人機の指揮もそれでできるんですか?』
小さく二回ほど頷いたライゼが、ピタリと動きを止めてそう質問してきた。
当たり前の話だが、無人機に実体弾の発光から意図を読み取る機能など搭載されていない。それに、高速で移動する甲宙機隊に対して、はるか後方の母艦から何隻もの駆逐艦を中継して信号を送るなど非現実的だ。母艦から十分な指揮が取れないとなれば、必然的に選択肢は絞られてくる。
「…いや、今回は有人機を攻撃に使う」
彼女の紫色の瞳が大きく見開かれた。
『…本当ですか…?』
彼女が人の決定に疑念を呈するのはよっぽどの時だけだ。どうやらそれだけ異常に見えたらしい。
「もちろん。そのためにパイロットが居るからな。各甲宙機隊の先導役として戦ってもらう」
無人機への通信から逆探知されるなら、いっそ有人機に現場の指揮を任せてしまえばいい。本来の目的も無人機の先導役だった。
『…分かりました』
ライゼは少し目を閉じて考えた後、続ける。
『本艦隊は万一に備え引き続き待機します。増援が必要であれば、一報いただければ』
少し息を吐いて、どこか吹っ切れたように彼女は言った。
「そうならないように善処する。それと、貴官は少し休んだ方が良い」
投影映像越しに彼女が頷いたのを見た後、通信を切る。にわかに静かになった艦長室で、カロントは制帽を被り直した。
元々の作戦ではアウトレンジからの波状攻撃の予定だった。しかし、相手が待ち構えているとなると、それを突き崩せるだけの矛が必要になってくる。となれば、突貫で修理した甲五任務部隊の合流を待つのが賢明だろう。場合によっては、甲六任務部隊も待った方が良いかもしれない。
「…音はたどれても、あいつらの思考はそう読めんぞ…?」
普段は手を焼く問題児達の顔を思い浮かべつつ、誰ともなしにそう呟いた。




