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第三十八話 観察者、聴音射

―シラーナル星系外縁から12光秒

 

海都標準時 9月20日 午前7時30分


星と星の空間。ただ広がる暗闇の中で、明るいオレンジ色の恒星が輝いている。

小柄で細身の巡洋艦を、数時間前に放たれた光が照らしていた。

「重力波観測、数値に変動ありません」

一澪(かずみお)の艦橋にて、手元の端末を操作していた一澪が顔を上げる。

フルト星系に新型の超大型個体を送り込んでからというもの、シラーナルの餐界コロニーは露骨に動きを鈍らせていた。星系全体に薄く広く散らばるような重力震も、外縁部に密集して発生する大きな重力震も一切観測されない。

「…引きこもってるのか…?」

艦長が怪訝そうな顔を一澪に向ける。

ここ数日で数千体ものオルム個体がフルト星系で撃沈されている。傷を癒すために暫く巣にこもるというのは、それこそ野生動物でもすることだ。オルムディアも同じようにしたとして何らおかしくない。

「恐らく…」

自信なさげに彼女は肯定した。

数を減らされたから、フルトで待ち伏せにあったから、一旦おとなしくしておく。その推測自体は筋が通っているように思えた。しかし、彼女の演算モジュールがどこかに違和感を訴える。不確定な変数、あまりに揃いすぎた端数。そうした数々の違和感が、ある一つの仮説を弾き出した。

せわしなく動いていた手を止め、一澪は欠伸を一つした艦長に声をかける。

「艦長。もしかすると、わざとかもしれません」

奴らは学習する。静かな宙域、何もいないように見える空間。そこから突然放たれる、不可避の砲撃。

「…引きこもってるように見せかけて、実は待ち伏せてるってことか?」

口を覆っていた手をそのまま顎にずらし、艦長は尋ねた。

ありえない話ではない、と思う。ここではすべてが予想外だ。警戒しておくに越したことは無い。と言っても我々にできるのは、もうすぐ到着するであろう第四投射艦隊にその仮説を共有することぐらいだが。


「わかった。玄弾(くろひき)に打電、『シラーナルにて重力波異常なし。されど突入時は惑星の陰に警戒されたし。第四旗艦へ共有願う』」

通信長が内容を復唱して、玄弾へ通信回線を繋げる。数時間前にあった定期報告で、本隊は潜伏場所を変えたらしい。さらに距離が離れたので、信号の強度をさらに上げて発信した。

その様子を見ながら、艦長は考え込む。

隠れるなら惑星の陰で間違いない。それに大型個体は集束式の砲撃も可能だ。第八の戦術をまねようと思えば簡単だろう。

わざと気配を消して回復中を装い、追撃しに星系内へ進入した艦隊を狙撃する。いやな想像ではあるが、これまでのオルムの動きを考えるとありえない話ではない。しかし、その戦術は索敵網があって初めて機能するものだ。できる限り遠方で敵を見つけ、正確な進路を予測して初めて効果的な砲撃ができる。ただ隠れていればいいというものでもない。全く警戒していない相手なら奇襲としては通用するかもしれないが、相手が警戒して進路や速度を変えてしまえば、ただ大ぶりな攻撃で位置をさらすことになるだけだ。

こうして索敵していても、外縁部に偵察用の個体とみられる反応は一切ない。

自分たちが損害を被った戦い方が、相手にとっても有効であると見よう見まねで模倣しているだけに過ぎないのだろう。戦術とは、一朝一夕で身につくものではない。

それでも。

「何か…引っかかるな…」

偵察用の群れはいない。こちらに気付いている様子もない。

一澪たちはそれぞれ離れて星系を監視しているため、光学的にも重力波的にも補足されにくいはずだ。


「少し、艦の位置を変更します。よろしいですか?」

艦長の悩みを知って知らずか、航海士が振り返って尋ねた。

「良いが…どうした?」

一旦思考を中断し、星系地図に目をやった後航海士に答える。

「第三惑星が、第四惑星の衛星の影に入ってしまいそうでして」

そう言われて見てみると、確かにガス惑星が大量に従えている衛星の一つが、この位置からだと丁度件の星と重なってしまいそうだった。

「了解した。位置は任せる」

「はっ」

航海士が軽くレバーを引き、操舵輪を回す。

静かに光を湛えていたノズルから、蒼い光の軌跡が弧を描いて伸びていった。艦橋の窓から星々が動いていくのが見える。


その直後。

「右舷前方15度より、高エネルギー反応近づく!!」

「砲撃!来ます!」

異常を知らせる警報音が響くと同時に、レーダーを見ていた電測士と光学モニターを見ていたであろう一澪の声が重なった。

「回避!動き続けろ!」

艦長の怒号が届くより先に、航海士は操舵輪を押し込みつつ回す。

今まで真正面に見えていた恒星系が視界の左上へ飛んで行った。

一瞬後に艦が大きく揺れる。急な回避運動の制御で手一杯だった慣性平滑装置には、高エネルギー波の激震を御せるだけの余力などなかった。戦闘配置ですらなかった艦内の各所で、周りに捕まるものが無かった乗組員達が床に伏せた姿勢のまま天井に打ち上げられる。


「各部被害報告!」

背もたれに叩きつけられた頭をさすりながら、艦長は声を上げた。

「機関異常なし」

機関長が簡潔に報告する。

底舵を取りながら回避したため、艦尾を向ける格好になったが幸い距離は空いていたらしい。

「各武装及び火器管制に異常見られません」

戦術長がコンソールを叩きつつ答えた。

澪影型は長距離武装に乏しいため今すぐに反撃はできないが、姿を捉えたら何か打ち込んでやろうという気迫がありありと見える。

「操舵、航法システムに異常なし。時空間安定まで後600」

今回の立役者と言ってもいい航海士もそう報告した。この周りでワープするには後10分はかかるらしい。

「レーダー復旧まで20秒ほどかかります。重力波ソナーはしばらく使用不能かと」

電測士がノイズの走るディスプレイを尻目にそう続ける。

「艦内各部隔壁及び装甲、また格納庫に異常ありません。ただ、左舷から艦尾にかけて光学センサーとカメラの破損が多く見られます。現時点で艦内負傷者12名、いずれも重篤ではないとのことです」

最後に一澪が報告した。


全体として軽傷だが、状況は全く良くない。一体どうやってこの距離を正確に狙撃したというのか。

「発射地点は?」

電測士に尋ねる。

再起動が終わり、ようやく復旧したディスプレイを見やって電測士は言った。

「…現時点では不明です。星系内としか…」

最短でも数十秒かかる距離だ。こちらを捉えてから撃つのであればその倍の時間がかかる。そもそもここ数日、監視中一切音沙汰がなかったのになぜ今になってなのか。

「…通信か…?」

僚艦へ警戒を共有していた通信長がふと呟いた。

その言葉で、艦長の思考が一気に回り始める。

「一澪!オルムは通信波の探知ができる可能性はあるか?」

一澪はハッとしたように戦闘ログを漁り始めた。少しすると体の動きを止めて、頭だけこちらを向く。

「…先日のログを確認しました。観測哨がデータ送信直後に破壊されていることを考えますと、可能性は高いかと」

おそらく信号強度の問題で、これまでの通信は気づかれていなかったのだろう。ただ、移動した本隊に届くように信号強度を上げたことで、シラーナルにも響いてしまった。もし、そうであるなら。

「一旦距離を取る。それと、回避機動取りつつもう一度玄弾に打電!」


第四投射艦隊の大半は甲宙機主体だ。そして、その無人機達の管制は母艦側で行われる。もちろん各機体も自立戦闘はできるが、宙域の設定や主任務の指示は通信を通して出され、各艦載機の位置もフィードバックされるようになっていた。

このままでは、母艦が狙撃される。


真空の宇宙では、音は響かない。

しかし、人間の命令や情報はよく聞こえる。


野生動物は往々にして、目だけでなく耳も良いものだ。

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