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第三十七話 対局

山駒について


ボードゲームの一種。

先手と後手のターン制であり、それぞれの手番に一度だけ駒を動かすことができる。動かし方は駒によって異なり、盾兵のように十字にのみ動けるものや、山稜兵のように変則的な動きをするものもある。盤は9×9マスの物を使用する。一マスごとに市松模様に塗られているのが特徴。

基本的なルールとしては、自軍の王を守り、敵軍の王の逃げ道を塞ぐのが勝利条件となる。敵軍の駒とマスが重なった場合、後から置いた方がその駒を取れる。取った駒はその局中再使用はできない。


近年では人工知能の急速な発達によって、人間よりも強い人工知能が多数生まれている。そのため、敢えて次善手のみを使用するルールが用いられる場合もあり、なかなか興味深い対局が見られる。


ー出典:Nelt百科事典


―海皇都 横瀬区 統合司令部庁舎

6階 総司令執務室


9月19日 午前10時36分


インテリアには、単にそこに在るだけで空間に一定の存在感と彩りを与えてくれるものと、実用性と装飾としての美しさを両立したものがある。

ボードゲームはその中でも有名なものだろう。幾何学模様が並んだ盤と流麗な立ち姿の駒は、ただ初期配置で並んでいるだけでもどこか理知的な雰囲気を醸し出せる。最も、部屋が整理整頓されていることが前提の話だが。


盤上に伸びた指が、背が高く頭の丸い駒を摘まみ上げ、敵陣から一歩遠ざける。

「……珍しいですね」

対面から穏やかな声が聞こえてきた。

普段は平坦なその声に、好奇の色が強く滲んでいる。

「いつも同じ手だと、さすがに読まれますからな」

そう答えつつ、アスーイは盤上から手を引き戻した。

互いに自陣の王を守りつつ、相手の王の逃げ場を失くして敗北を認めさせる。昔からどこの国にも、どこの星にでも似たようなゲームはあるだろう。言ってしまえばありきたりな遊戯だが、単純なルールで幅広い戦術が取れるというのは、これだけ普及してもなお飽きられないこのゲームの明確な強みだ。

「しかし、結局は前に出るのでしょう?」

機動力に優れた山稜兵(さんりょうへい)が仲間の頭上を飛び越えて白の陣地を飛び出し、一歩引いた青い弓兵に迫ってきた。

副司令は山羊の頭を模したその駒の角度を調整し、こちらを正面に見据えさせる。

敵陣を突き崩さない限りゲームは終わらない。向こうから王がのこのこと出てくるのを待つのは流石に非現実的だ。

「…もちろん。ただ、後ろを置いてけぼりにすると後が怖いですからね」

弓兵の代わりに前に出た槍兵に山羊を追い払わせる。

山稜兵は奇襲にはめっぽう強い一方で、重武装の近接職相手には少々分が悪い。すぐそばに弓兵がいる都合上、槍兵を降しても面制圧されるのがオチだ。

「…なるほど」

副司令は白い山稜兵の駒を摘まむと、くるりと背を向けさせてその場から下がらせた。

駒の動きを考えると一手では届かない位置。もし仮にこれが実際の戦場なら、現場の兵はさぞやきもきさせられることだろう。そこに居ることはわかっているのに、こちらからは手出しできない奇兵は盤上でも厄介極まりない。

「厄介ですな」

思ったことをそのまま口に出す。

副司令がすました顔で眼鏡を押し上げるのを視界の端に捉えつつ、右端に居た自軍の青い弓兵を前進させた。

意識が一ヵ所に向くと足元をすくわれる。どんなゲームでも共通して言えることだ。


「こちらとしても、です」

青い弓兵が丁度陣地の死角に滑り込んだ。すりガラスで作られた背の高く丸い頭の駒に渋い顔を向けて、副司令は頬をかく。

こちらがされて嫌なことは、大抵相手も嫌がる。そして強いプレイヤーほど嫌な手、一見意味の分からない手を打ってくるものだ。

代わりというようにこちらの槍兵が一体取り除かれ、代わりにその場所に白い盾兵が進出してきた。護衛を失った中央の青色の弓兵のために、青い山稜兵が白い盾兵を弾き飛ばした。

「…やはり盤面全体を見渡すのは難しいですな」

ほとんど初期配置から動いていなかったが故に、意識の外側へ追いやられていた青い山羊を見やって、副司令は腕を組んだ。

椅子に腰かけ直し、次の一手を熟考しているように見える。

「…ですな。動き方も複雑ですから尚のことです」

そう答え、すっかり湯気の消えたカップに口を付けた。

淹れたてに比べるとやはり風味は落ちている。

「本来なら、我々がこうしている間にも動いているわけですしな」

盤面からこちらへ視線を逸らし、副司令は背もたれに体重を預けた。

駒はこちらが望んだとおりに動き、望んだ手順で、望んだ結果を得る。我々は盤上の動きをすべて把握できるし、その時間を止めたまま次の手をじっくり考えられる。

「おまけに相手の盤面は見えないと来ています」

カップを机に置いて、彼にそう返した。

お互いの盤面が見え、同じ動き方と性能の駒を同じルールで用いる。単純にプレイヤーの技量が勝敗を分けるのがボードゲームだ。ゲームは公平でなければ成り立たない。

「その代わり、駒一つ一つが失うのが惜しいほど優秀です」

副司令はそう言って破顔する。


常に帰る場所を守り続ける第一。

実力の伴った抑止力として留まる第二。

そもそも敵を作らないことを目標とする第三。

慌てず、騒がず、理路整然と援護する第四。

全体の潤滑油として、いつも忙しく飛び回っている第五。

最後の切り札として出番が来ないことを願い続ける第六。

一隻も失うことなく侵攻を食い止めた第七。

今も静かに、守るために待っている第八。

取り返すために、危険を顧みず降下する第九。

陰に隠れがちだが、国家の血液を回し続ける護衛総隊。


「…後は頭がしっかりしていれば勝ちは堅いですな」

深く、深く息を吐いた。

「…その心配は必要ないように思えますがね」

笑みを崩さぬまま、副司令は続けた。

「大義名分も、戦う理由もできました。あとは信じるだけです」

諭すようなその口調に、アスーイはなぜだか自己嫌悪を覚える。

「…もちろん、信じていますとも」

少し目を閉じ、気持ちを切り替かえた。

駒と呼ぶにはおこがましい、優秀な仲間の顔を思い浮かべる。

どうか生きて帰ってきてくれ。なぜか無性にそう思った。

祈ってどうにかなるなら、あの時ももっとマシな結末になったろうに。浮かんだその考えを、頭の奥深くへ押し込めながら。






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