ー幕間ー 姉妹艦
地表工廠について
航宙艦艇は基本的に、惑星環状拠点や星系基地などのドッグで整備や補修が行われる。
しかし、大規模な修繕工事や改装工事、また新造艦の建造となると、主に物資輸送や作業員の確保のしやすさなどから惑星表面の工廠が選ばれることが多い。特に黒鋼都は一大造船拠点であり、民間船から軍艦まで幅広く手掛けている。
ー出典:Spedia.org
―海皇都から58光年
ハツカラ星系 黒鋼都 第21地表工廠
全長298m、全高72m、全幅96m。
航宙艦というくくりで見れば中の中、あるいは中の小程度の大きさの奏薙型巡洋戦艦。
星になりそこなってしまい、岩というカテゴリに押し込められている小惑星でさえ、多くが数十kmもの巨躯をもつ。衛星や惑星ともなれば人工の艦など比べるべくもない。
宇宙空間では相対的に小柄で軽快、という扱いになる奏薙だが、ひとたび地表に降りればまるで建造物のごとき重厚感を放つ。何本もの支持架台やアームが艦体に取りつき、重量を分散していた。そのまま地面に下ろしてしまえば、恐らく地盤が陥没してしまうだろう。
そんな重々しい快速艦には、生々しい被弾痕がいくつも刻まれていた。特に左舷の傷は酷く、本来その位置にあったはずの副砲塔が、大穴となってその名残を残すのみとなっている。周りの装甲板もすっかり融解してめくれ上がり、薄灰色の塗装が泡立った後を残して黒く焦げ付いていた。レーダー、垂直ミサイル発射管のハッチ、艦底部のスラスターなど、直撃でなくともその余波で歪んだり破損したりした箇所は多い。
可動式の作業床や運搬用のドローンが艦の周りをせわしなく行き来し、あちらこちらで溶接や切断の火花が散っている。昼白色の作業灯で照らされた工廠内に、時折黄色の光が大きく旋回していた。
大きく切断する必要がある箇所には、吸着式のアームがとりつき、装甲板を抑える。今度は4機ほどの小さな丸いドローンが集まってきて、ぐるりと輪郭をなぞるように火花と甲高い金属音を散らして移動していく。それぞれが書いた線がつながり、アームが力を入れるとバギッという音と共に板が浮いた。警戒を促す黄色の明滅と、断続的なブザー音が鳴りやむと直ぐに、擦り傷と汚れの目立つ頭部保護帽と明るい水色が目印の作業員が集まってきて、内郭の損傷具合を評価している。
その様子を遠くから見ている3人の人影があった。
「…やっぱり中破じゃないよね、奏薙?」
そのうちの一人が、気まずそうに目をそらす戦隊旗艦に尋ねた。
ジルヨでの戦闘の際、奏薙は自艦の損傷を中破と蒼城に報告し、そのままライの追撃に参加している。もちろん彼女の独断ではないし、先頭で突っ込んだ蒼城の損傷も決して軽くはなかったのだが、やはり僚艦としては気にかかる。
砲身の歪んだ後部主砲塔を引き抜くために、大仰なクレーンがわずかな駆動音で移動するのを見ながら奏薙は答えた。
「……ほら?機動にも砲撃にも一応問題はなかったし?流石に蒼城と旋雪だけに任せるわけにもさ?」
当然のことであるが、サブフレームは虚偽の申告をするようには設計されていない。ただ、常に事実だけ話すように造られているわけでもない。
要は人間と同じで、誤魔化すのが上手な奴もいれば下手な奴もいるということだ。もちろん任務中はそんなことはしない。義務感というよりも、周りの人たちや僚艦を守るというのを動機としてきちんと事実を報告している。
単純に思考リソースが戦闘機動と照準と指揮に割かれているので、言動を調整する余裕がないのも報告が端的で簡潔になる要因の一つではあったが。
とにかくごまかしの下手くそな奏薙に、質問した風薙はため息を一つくれてやる。
「あれで?」
見るも無残に吹き飛んだ副砲塔、正確にはその名残の穴を指さして言い訳の続きを促した。
少なくとも戦闘には支障でまくりだろうが、というニュアンスを最大限込める。
後ろに立っていた夕奏が勢いよく横に向き直ったのを視界の端に捉えた。
「…か、艦長もいけるって言ったし、結果オーライってことで、ね?」
奏薙はジト目の僚艦の目線から何とかして逃れるために言葉を重ねていく。
背後の巡洋戦艦はというと、大穴の周りを囲む溶けてめくれ上がった装甲ブロックを、いくつかに分割して取り外されていく。内部にまで及んでいる損傷を明らかにするために、一つ一つ手順通りに工程は進んでいっていた。
「…へぇ~あなたのところの艦長、随分と無茶させるのね」
風薙は思ってもいない言葉を並べる。
エストライの軍人に、艦が悲鳴を上げているのにさらに無理をさせる人間はそういない。なぜなら文字通りの意味で悲鳴を上げる存在が、艦長席の真横にいるからである。最も、サブフレームが悲鳴を上げるほどの事態となると、そもそも無茶が効かないレベルで艦体に損傷が及んでいる場合がほとんどではあるが。
「っ、そんなことない!ちゃんと私に行けるかって聞いてくれたもん!」
奏薙は風薙に詰め寄る勢いで食って掛かってきた。
同時に後ろから咳き込む声が微かに聞こえてくる。
「じゃあ、自分でいけるって言ったのね?」
後ろで口元を抑えて肩を震わせる夕奏は一旦無視して、興奮冷めやらぬ様子の奏薙に切り返した。
後部主砲塔はゆっくりと抜き取られ、艦の横にある支持架台に固定される。後は砲身を抜いて取り替えるついでに、砲塔内の洗浄も行うそうだ。
一瞬の沈黙の後、奏薙は自分が何を言ったのかを理解したのだろう。なんとなく顔色が悪くなり、目も虚になる。おそらく全ての思考リソースを現状の打開に回している、と風薙は思った。
「今回は大丈夫だったけど、次どうなるかわからないでしょう?」
反論や誤魔化す余裕がなくなったのを確認してから、風薙は優しく諭す。
「正直に言って、無理しないで欲しい」
せめて一緒に連れて行って欲しい。
これは本音だ。僚艦としても、良い友人としても、無事でいて欲しいと思う。
艦尾のノズル付近に被弾し、航行不能になった風薙からは、奏薙の損傷具合はよくわからなかった。贔屓目に見積もってギリギリ中破と言えなくもない損害だった、と知ったのはフォルド星系で応急修理を受けている時だ。
あの時、もっと上手に回避できていれば、奏薙に無茶をさせることもなかっただろう。そう考えると、どうにもやるせない気持ちになる。
「風薙…」
奏薙が少し驚いたような顔で見つめてくる。
その顔が、なぜかどうしようもなく癪に触った。
「…あと、あなたが沈むとネームシップが居なくなって、収まりが悪くなるし」
「風薙ぃ!?」
数秒前のしんみりした空気をいきなり吹き飛ばされ、困惑の色が浮かぶ奏薙を尻目に、修理中の艦の方へ向き直る。
「ブフッ…」
とうとう夕奏が堪えきれずに吹き出した。
この数分間ずっと、俯いて肩を振るわせながら耐えていたと考えるとむしろよく持った方だろう。
「ちょっと!夕奏、何笑ってるのよ」
奏薙がむくれて詰め寄る。
「ご、ごめんなさい…ちょっと、ふふ…緩急が…」
声と肩を震わせながら、夕奏はなんとか答えた。
風薙がかけたカマにものの見事にハマる奏薙と、不器用に心配する風薙のやりとりは、横で見ているだけで面白い。
流石にそれを本人たちの前で言うわけにはいかないけれど。
「…そういえば、明奏はどうしたの」
じわじわ続く夕奏とそれを一周回って心配し始めた奏薙を見つつ、風薙が話題を変えた。
「…ふ〜えっと、明奏は頭が痛いと言うので、整備室に連れて行きました」
一旦手を挙げて、呼吸を整えてから夕奏が答える。
サブフレームの素体の構造は、概ね人体と似てい造られていた。痛覚も再現されていて、不調や異常が本人たちにもわかるような設計だ。
「じゃあ、様子見にいこっか」
奏薙がそう言ってから夕奏の手を引いて歩き出す。
風薙は最後にもう一度振り返ってから、彼女たちの後を追った。
右舷側の大穴は、順調に塞ぐための下準備が進んでいる。後一週間もすればすっかり元通りになるだろう。
オマケ
企業解説
ライエラ重工株式会社
通称「ライエラ重工」。
ライエラグループの中核となる企業で、主に航宙艦艇用の装甲ブロックや各種構造体を開発、製造している。
本社と工場を黒鋼都に置いており、エストライの航宙艦艇の歴史を裏から支え続けた企業。
この企業が中核となって設計した艦艇は、基本的に手堅く機動性や抗堪性が高い水準でまとまっているのが特徴。




