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第三十五話 弾く盾

――フルト星系 第二惑星 衛星軌道


翠暦9月17日 海都時間午後2時25分


赤茶けた大地を背景に、一つの衛星が浮かんでいる。完全な球体ではなく、長細い卵のような形状で、表面はごつごつと岩のようだ。言ってみれば少し大きいだけの小惑星と大差ない。しかし、クレーターからところどころ顔をのぞかせている結晶が、将来的な採掘拠点の候補であることを主張していた。

主星からの光を浴びた結晶がきらきらと煌めいている。空気のない宇宙では、本来光は瞬かない。しかし、一瞬だけ、その光がチラチラと輝いた。


「未確認個体、第五惑星軌道通過。移動目標はフルトⅣと推定されます」

玄弾(くろひき)の艦橋は物々しい雰囲気に包まれている。今朝からずっと動かず、騒がず、浴びる光を補正し、偏向させ、静かに狙いを定めていた。既に観測哨はデータ送信をやめている。星系外縁部の詳細な様子はわからなくなってしまったが、その分潜んでいる我々を見つけることは不可能に近い。

現に今朝方現れた未確認の超大型個体は、護衛を従えながら悠々と前進を続けている。その動きは直線的で緩慢だ、警戒する様子も見られない。

「…呑気なもんですね」

誰ともなしに戦術長が呟く。視線は光学モニターの先、件の超大型個体へ向けられていた。

星系内をまるで見せびらかすかのように移動するその個体は、これまでのオルム個体とはいささか様子が違う。どこか刺々しく、禍々しいそれらとは異なり、攻撃的な意匠は薄く、まるで緩く結ばれた蕾のような外観だった。

「あいつが指揮個体でしょうか?」

艦橋中央に浮かび上がる星図、そこに映し出される赤い光点の並びを見つつ、副長はライゼに尋ねる。

小型個体が少数の群れに分かれて散開し、その内側に基本個体の群れと数体の大型個体が収まる。どこで覚えてきたのか、陣形は立体的で仲間の射線を極力遮らずに、かつ即座にカバーに入れるような陣形を組んでいた。ここ数日でオルムが隊列を組む光景はすっかり見慣れたものの、ここまできれいな隊列は初めて見た。

「…恐らくですが、違うと思います」

じっと視線を注いでいた光学モニターから顔を上げ、ライゼは答える。

微かに感じた違和感を、慎重に言葉を選びながら言語化していった。

「…いとも簡単に、群れを使い捨てにする指揮を執る個体が、前線に出てくるとは思えません」

ここに至るまでのオルムの戦術を今一度思い返しながら、そう続ける。

第七遊撃艦隊の反応を見るためだけに、大型個体を4体も投入した。今いるフルトにも三千を超える数を逐次投入し、損失を度外視しているような戦術が目立つ。最終的な目的が何かは知らないし、興味もないが、少なくとも仲間の死を悼むという高度な知性を持ち合わせているわけではないだろう。むしろ、頭を生かすためなら末端はいくら死のうが構わない、という感情や個性の介在しない極端な合理性の片鱗が見える。であれば、そもそも指揮個体が前線に出てくる意義は薄い。

私たちが乗艦して指揮を執るのは、その場にいるからこそできる判断をして、少しでも味方を生かすためだ。他にも、実際に現場を知る指揮官の方が信頼を勝ち得やすい。数値化されなくとも、結局のところ実際に艦を動かし、戦うのは人だ。そして、人の出せる能力は時に感情に左右される。

そうした理由がないのなら、指揮する存在は後方に居るのが正解だ。


「では、あれは…?」

見るからに戦闘用ではない割に、手厚く護衛されている蕾を指して副長が尋ねた。

ライゼは再び視線を落とし、少し考え込んで答える。

「…種です」

副長が少し怪訝そうな表情を浮かべる。

他に丁度良い言葉が見つからなかった。

確かに陣形を組む中核にはなっているのだろう。しかし、あれが指揮を執っているわけではない。もっと別の目的があるはずだ。

「コロニー構築用の母体、ということですか?」

玄弾がもっといい表現を出してくれた。

そういえば、フルトの到着してすぐのころ、自分でそう言っていたのを思い出す。

「そうですね…」

自分で言っておきながら、全く思い出せなかったので少し落ち込んでしまう。

「…と、いうことは…」

航海士が思わず声を漏らす。

恐らく最悪の予想に思い当たったのだろう。そしてその予想は当たっている可能性が高い。

「ああ、増える。間違いなく」

漏れたその言葉を引き継いで、副長が言い切った。


「では!今すぐに撃つべきではありませんか」

戦術長が勢いよく立ち上がる。

それを押し留めて、ライゼは言った。

「撃たせようとしているんです」

今撃てば、あの種は落とせる。喫緊の脅威はなくなる。代わりに、私たちがフルトにいることが確実になってしまう。

しかし、撃たなければフルトを守った意味がなくなる。種が芽を出す前に落とさなければこちらの負けだ。

あちらを立てればこちらが立たず、私たちが撃っても撃たなくてもオルムにとっては得になってしまう。

「…」

艦橋は沈黙に包まれた。

ライゼは頭に手を当てて考え込む。こちらの位置を悟らせることなく、あの群れを落とさなければならない。

「…偏向傘を使用するのはいかがでしょう?」

しばらく黙りこみ、何かを計算していた様子の玄弾が提案する。

「というと?」

顔をあげ、ライゼはそのサブフレームに視線を向けた。

「はい、意図的に拡散、反射させてこちらの位置を最大限撹乱させます」

偏向傘は単なる外部展開式の盾なだけでなく、当て方によっては光線を拡散させる矛にもなる。案としては悪くないが、もう少し予防線を張っておきたかった。

「わかりました。ただ、念のため、宙雷戦隊に打電。艦首砲発射後、速やかに展開し、撃ち漏らしを排除します」

手詰まり感のあった艦橋が、動き始めた。



何もない空間から、突如水色の尾を引く物が打ち上がり、水色の花が次々と花開く。バラバラに咲き乱れたエネルギー球を見つけたのか、群れの個体が動きを変えた直後。

主星の影から撃ち出された水色の閃光が、次々と方向を変えながら数を増していく。ようやく大きくなってきた緑の惑星を間近に捉えることなく、その群れは姿を消すことになった。


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