第三十四話 段取り八割
包括動力省について
エネルギー管理を管轄する省。
なぜ「エネルギー省」にならなかったのかは謎である。
主に宇宙空間での大規模な発電プロジェクトを開発、運用する。惑星内部のエネルギー供給も管轄しており、星上管理省、産業省とは密接な関わりがある。
近年の国土の急拡大に伴い、送電網の拡充が急務とされているが、遠方では惑星の発電所で各々補っているのが現状である。
ー出典:Nelt百科事典
―海皇都から187光年 ミレファ・ノレイド星系
海都時間 9月18日 午後3時
ミレファ星系は銀河規模で見ても珍しい、三つ子の恒星を主星として持っている。一つの恒星が他の一つの恒星を飲み込んでしまい、不釣り合いな大きさの連星になったケースや、飲み込んだ際の超新星爆発で、かなり距離を置いた中性子星と恒星の連星になっている「元」三重連星はしばしば見受けられる。しかし、ほとんど同じ大きさと表面温度を持つ三重連星は、かなり稀有だと言われていた。
主星が仲睦まじいのは良いことだが、この星系は生命体の居住には向いてない。単純に恒星からの熱量が三倍であるため、惑星の大半は煮えたぎる溶岩でおおわれているからだ。
裏を返せば、一ヵ所のエネルギー収集施設で他の恒星系の三倍のエネルギーを確保できるということである。もちろんそれだけの設備容量と送電システムを構築する必要があるが、様々な恒星間に分散して配置するよりは効率的だ。そのためこの星系は、包括動力省が設立から最重要拠点として開発を続けている一大エネルギープラントとして栄えている。
その三つ子の恒星を横目に、百数隻の艦隊が滑るように航行していた。主力と思し艦影は、戦艦のように砲塔が目立っているわけでもなく、巡洋艦ほどシャープでもない。横幅のある艦体に、作図で用いる定規を載せたようなシルエットを持つ艦艇、航宙機母艦である。その中でもとりわけ大きく、どこかふくよかな印象を受ける艦。それが第四投射艦隊旗艦を務める龍鳳だった。
「それでは、今一度作戦要綱を確認する」
龍鳳の艦橋ブロックに配置されている作戦指令室、中央に浮かぶ星図を見ながらカロントは言った。
映っていたシラーナル星系の星図は一度消え、ジルヨやフルトなどを含めた星間図が浮かび上がる。ジルヨから一歩引いたフォルド星系には「丙四」、フルト星系には「第八要撃」と「甲六」とルビの振られた光点が一歩遅れて点った。
「最優先目標はシラーナルⅢの『奪還』である。これには生存者の可能性を想定し、地上の捜索が含まれる」
星図の縮尺は変わらないまま、シラーナル星系を示す光点から線が伸びる。線が近場の空白地帯に到達すると件の巣の画像が映し出され、事態の深刻さを物語っていた。
「これに関しては第九強襲艦隊が主力となる。我々はその前段、軌道上の脅威の排除を主任務とすることとなった」
先ほどの作戦会議の内容を脳内で反芻する。第八は純粋な攻勢作戦には向かない、第七と第五の主力は未だ修理と改修の真っ只中で動けない。現状第八や甲六に配備されていた第五所属の巡洋戦隊や宙雷戦隊は艦も乗組員も損耗が多く、一度後方で再編する必要があった。ジルグラードを警戒するなら第二を大規模に投入するのは現実的ではない。
消去法で我々しかいないわけだ。
部屋に置かれたテーブルを囲むように投影されている、各戦隊指揮官の映像が動くのを肯定と受け取り、カロントは続けた。
「第一段階として、現在フォルドにて停泊中の丙四、及びフルトから撤退した第44戦、47空と合流。第83巡洋戦隊及び第48航空戦隊を先行させ偵察情報を収集する」
その言葉と同時に星図が動き始めた。この艦隊を示す橙色の光点がフォルドに到着するとすぐ、小さな光点が分離してシラーナルに到着した。同時にフルトの方からも茶色の光点が分離してシラーナルに向かう。
「第二段階は強襲だ、星系外縁からの偵察により配備状況を探り、主力は外縁から4光秒の位置に展開する。甲宙機隊の発艦後、戦隊及び巡洋戦隊は前進。最大限注意をこちらへ引き付ける」
橙色の光点がシラーナルとジルヨの間の空間に移動する。あくまで暫定的な位置ではあるが、恐らくこのあたりになるだろう。
「星系内のオルムディアがこちらに気を取られたタイミングで、第三段階へ移行する。甲六が我々と対角方向の外縁部に進入、通常兵器を使用し軌道上構造体の破壊を試みる」
話の内容が星系内部へ移ったので、星図がシラーナルを拡大して描き出す。先ほどよりも詳細に艦隊が描写され、位置関係がより把握しやすくなった。
「最終段階として、第九が惑星表面を捜索及び制圧する。生存者が仮にいる場合、そのシェルターはまだオルムディアが侵食していない部分に存在するはずだ」
投影映像は星系図からさらに拡大され、シラーナルⅢを映し出す。投入される揚陸艦の数は旗艦風早を中核とする旗艦戦隊含め、三個揚陸隊13隻、数は十分だろう。
「作戦概要は以上だ。我々の主任務は制宙権の確保となる」
ここまで説明し、カロントは室内を見渡す。護衛、偵察、航空管制、皆がその道のプロフェッショナルだ。
「何か質問は?」
念のためと尋ねる。ひとまず重要な内容は説明したとおりだが、何か漏れや齟齬があれば今のうちに是正さなければならない。
控えめに手が上がった。
「ガーン少佐」
自分より少し年下の、巡洋戦隊の指揮官を指名する。
「はい…第八要撃艦隊、また第五機動艦隊所属の艦艇はどう動かれる計画でしょうか?」
おずおずといった様子で質問してきた。
確かに彼の指揮する巡季型は航空巡洋艦だ。本来前線に出る艦ではない。護衛が付くとはいえ、本職の前衛艦隊である第五や、より遠方からの高火力投射ができる第八がいたほうが安心材料になるだろう。
「第八はフルト星系に駐留し、引き続き防衛を維持する。入れ違いにならないとも限らないからな。甲八も待機命令が出された。第五艦隊所属艦は一度、甲五任務部隊として再編される。フォルドの造船所では設備も在庫も不十分ということで、補給と修理のため一度雷究都まで下がる予定だ」
正直なところ、万全とは言えない。そもそも外縁部にてここまで継続した戦闘を行うことが想定されていないため、補給網や整備基地は手薄になっている。今更工作艦や補修用部品を要請したところで間に合わない。
「…了解いたしました」
こちらの回答に満足はしていないだろうが、少佐はそう答えた。表情が曇っているように見えるのは、通信越しだからだけではないだろう。
他に手を挙げる者はいなかった。
最後にぐるりとそれぞれの面々を見回してから、カロントは思い出したように眼鏡を押し上げ、続ける。
「既に総司令から裁可は下りた。第九も移動を開始している」
そう言ってニヤリと笑った。
「…ここは宇宙だが、我々がこければ彼らの足を掬うことになる。上だけじゃなく下も見ろ」
特に深い意味はなかった。
「各員の奮励努力を期待する。以上」
いつもの口上を述べて会議を締め括る。映像越しの敬礼に合わせ、こちらも返礼する。
投影されていた映像が次々と畳まれ、一気に作戦室は静かになってしまった。
一人取り残されたカロントに、ずっと投影図の操作と各サブフレームへの情報共有をしていた龍鳳が歩み寄る。
「お疲れ様でした。指揮官」
「ああ、相変わらず星図の切り替えが上手いな」
簡単に返す。
最初こそ意思疎通に少々難儀したものの、今となっては言わずとベストなタイミングで星図を操作してくれる。作戦を説明する上でかなりありがたい存在だった。
「ふふ、ありがとうございます」
龍鳳は口に手を当てて少し笑みを浮かべている。
彼女には淑女という言葉が合うかもしれない、という考えが会議終わりの緩んだ頭をよぎる。
「ところで指揮官…フォルドに関してなんですが」
一旦呑気な考えを脳内から叩き出し、龍鳳に続きを促す。
「ニレロト長官の計らいで、工作艦2隻と予備資材を積載した輸送艦隊が星系基地に到着したそうです。甲五はそちらへ向かうとか」
どうやらあの長官はこうなることを見越していたらしい。亀の甲より年の功とはよく言ったものだ。この場合は甲は甲でも装甲だが。
「…もう少し早ければ、少佐を安心させられたんだがな」
表面だけ苦言を呈しておくことにした。どうせ聞いているのは龍鳳だけだ。
彼女は少し苦笑した後、こう言った。
「大丈夫ですよ、間に合ってますから」
艦がワープに入る直前特有の、微かな振動を足に感じる。フォルドまで後2日、少しばかりの休息だった。
オマケ
艦艇解説
龍鳳型超大型航宙機母艦 龍鳳
全長:620m
武装:13.2cm広角型連装集束徹甲式陽電子球状砲塔 (両舷5基ずつ)
垂直ミサイル発射管 計96セル
(下部に48セル 両舷に各12セル 両翼部に各12セルずつ)
多目的投射機 12基
28mm連装対空間防御レーザー砲塔 24基
28mm三連装対空間防御レーザー砲塔 12基
艦載機搭載数 140機 (内補用20機)
七〇式航空機型統合戦闘雷撃機「柳星りゅうせい」7個宙隊合計84機(内1個宙隊は補用)
七二式甲冑型汎用攻撃機 7個宙隊合計56機(内1個宙隊は補用)
六八式汎用輸送機12機
同型艦無し
第四投射艦隊の旗艦を務める大型空母。
甲宙機の搭載能力だけでなく、艦隊全体の甲宙機隊を指揮できるだけの能力を持つ。
速力は他の旗艦と比較して平均的なものの、艦の大きさを考えると加速性能に優れている。一方で大型艦の宿命として機動性は低く、旋回性能や運動性は蒼龍型と比較して明確に劣る。しかし、全長が2倍近く違うことを考えれば妥当だろう。
防御面に関しては、全通甲板を持つことや、格納庫の容量を確保するために物理装甲は薄い。その分を偏向幕と長射程型偏向傘を用いて補っている。そもそもが後衛であり、接近戦を考慮していない設計であることもかなり大きい。エストライの空母は、常に護衛する艦艇が存在することが前提である。
ちなみに基礎設計に関しては鯨型戦略指揮戦闘艦の設計を流用している。当初は「大鯨」という艦名で重ミサイル運用艦艇として設計された。
しかし、改装され航宙機運用試験艦となった、大和型航宙戦闘艦三番艦「信濃」の試験データから、航宙機母艦が実用化足ると判断されたことが転機となる。「大鯨」は途中で空母へと設計変更された経緯を持つ。その際艦名も「龍鳳」へと改名され、その後サブフレームが搭載された。




