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第三十一話 見えぬけれども

-たか座方面 第三警戒ライン フルト星系

外縁部小惑星帯


翠暦9月17日 海都時間午前7時45分



真っ暗な空間に、いくつも岩が浮かんでいる。単に「小惑星」で括られるものの、実際に一つ一つに焦点を当ててみるとまた違って見えてくる。一抱えほどの大きさのものから、山のような大きさのものまで千差万別だ。そんな個性豊かな岩々は、フルトの主星が放つ、眩くもどこか温かみのある光を浴びていた。でこぼこした表面がくっきりと陰影をつける。惑星のように軌道を独占することはできず、帯のように連なって緩やかに公転していく。

そんな岩々の流れが、突然歪む。引き寄せられるように軌道を逸れるもの、惑星に向かって弾き飛ばされるもの。空間自体が揺らぎ、波紋が広がっていく。その波が最高潮に達した時、空間を突き破るようにして異質な影がゆらりと姿を現した。裂けた空間の向こう側に広がっていたのは暗闇ではなく、光だった。どこかおぞましく、見る者に本能的な嫌悪感を抱かせる湿った光。そこから、楔のような先端がスルリと抜け出てくる。

よく見てみれば、それは一つの構造ではなく、5本の扁平な触手が閉じて造られた形に過ぎないことがわかる。触手の根本付近には大きな紅い「眼」がほの暗い光を放っていた。眼球ではない、昆虫の複眼とも違う。ガラス細工のようで、無機質で感情が読み取れない。ただそれでも、「見ている」ことがはっきりと理解できる「眼」。それが無造作にいくつも散らばっている。

さらにその後ろに、胴部というべきか、すらりと伸びた流線型の構造が続く。表面は岩のように荒いものの、時折紅い光が脈動するように見え隠れする。

最初の一体が完全に姿を現すと、続けて取り囲むように周りの空間が一斉に歪んだ。鋭い槍状の個体、ずんぐりした蜂を彷彿とさせる、触手を使って空間を泳ぐ個体。そして、最初の個体と同種の、イカのような個体。一体、また一体と裂け目から這い出てくる。

大型のイカのような個体は、固く閉ざされた腕部の内側から、とりわけ長い二本の触手を伸ばし始めた。星系の惑星へ向けてそれをかざし、時折振り回す。フルトのすべての惑星や衛星に対してそうしていた。

後ろの個体たちは、その様子を黙って見つめている。前に出ることも、無駄に広がることもない。ただ整然と、まるで事前に配置が決まっていたかのように、這い出てきた個体たちはそれぞれの場所に向かい、そこから動かなくなる。


数刻前まであれほど苛烈に抵抗してきた小型艦の集団も、小型機の群れも、遠距離から狙撃してきた砲兵もいない。まるで最初からそうであったかのように、フルト星系は静けさに包まれていた。

先んじて星系内部へ侵入していた基本個体の群れが、大型個体の方へやってくる。群れ全体が一つの生き物のように動き、一つに合流する。お互いにかばうことができ、それでいて回避機動を邪魔せず、同士討ちも避けられる位置へ。お互いの進路を、定位置を知っているかのように動きに無駄はなく、泳ぐように加速し、滑らかに減速する。中央に大型個体、その両翼を基本個体の群れが包みこみ、その間隙や前方を小型個体が、いくつかの群れに分かれて散る。


自然にこうなったわけではない。ましてや本能によってこうなったなどとは到底思えない。陣形を組んでいる。これまでよりもはるかに統率され、合理的に、効率的に、「艦隊戦」に勝つための陣形を組んでいる。

刹那、左翼に展開していた基本個体の一部が、一斉に向きを変える。小惑星帯の岩々の中でも、とりわけ大きなもの。それに対して光弾が叩き込まれた。その小惑星は粉砕され、より細かな破片が周りに飛び散る。その中には、明らかな人工物もいくつか紛れていた。結果に満足したのか、基本個体たちは再び周りに向きをそろえる。まるで次の指示を待つかのように。



―フルト星系 第二惑星衛星軌道



薄い大気と赤茶けた岩肌が広がる惑星の軌道に、小惑星より二回り大きい程度の衛星が一つ乗っている。主星の光が片面に当たり、もう半分に暗い影を落としていた。

他に目に映るものはない。しかし、そこには確かに9隻の戦艦と2隻の重巡、1隻の軽巡と28隻の駆逐艦が、息を潜めて溶け込んでいた。光線を反射することなく僅かに歪め、主星の光に紛れて気配を消す。

怯えているわけではない、されど侮るわけにもいかなかった。


「…第一観測哨…破壊されました」

玄弾(くろひき)の艦橋に驚愕の声が響いた。

さほど大きな声を出さずとも、静まりかえった艦橋では声は予想以上によく通る。

「逆探か?」

副長が通信士にそう尋ねる。

小惑星に偽装していた観測哨は、そうそう見破れるものではないはずだった。

「恐らく。先程観測哨からデータが送られてきました。破壊される直前でしたので、可能性としては高いかと」

コンソールを2度、3度叩いて通信士が答えた。

僅かな送信波を即座に検知して撃ったのだとすれば、偽装小惑星を用いた索敵は難しくなってしまう。下手をすればこちらの位置までバレてしまうだろう。

「指揮官」

通信士の答えを聞いた副長が、艦長席に腰掛けるライゼに視線を向けた。

「今なら撃てます」

事実だった。敵は散開もしておらず、その場に留まっている。こちらの存在は恐らくまだ気取られていない。むしろ撃つなら今しかない、というタイミングだった。

「…ダメです」

だが、ライゼは撃とうとしない。副長の表情が訝しげになる。今撃たないでいつ撃つのかと言いたげだった。

その表情を見て取り、ライゼは答える。

「根比べです。オルムは少なくとも我々がここにいると知りません。ただ、『いるかもしれない』から先に囮を放り込んできたんです」

敢えて集合した陣形を取り、挑発するように観測哨を破壊する。撃てるものなら撃ってみろと言っているのだ。どこにいるかはわからない、そもそもいるかもわからない。だから、いるなら必ず撃つようなエサをぶら下げている。

「奴らが罠を仕掛けてきてるってことですか?」

戦術長が、既に焦点が合わせてある光学モニターから目を離して尋ねる。

「ええ、今撃てばあそこにいる群れは殲滅できます。でも、背後の黒幕までは届かない」

メガネの細いブリッジを押し上げて、ライゼは言い放った。

第八要撃艦隊は待ちの艦隊だ。待ち続ける忍耐力が肝要な一方で、巡ってきた最善の機会を決して逃さない瞬発力も必要になる。

ただそれが、「最善に見える」ように仕組まれているなら話は別だ。そしてライゼには今、撃つべきではないという強い確信が働いていた。

今撃てば、指揮個体を取り逃してしまう。

「…!重力震です!大きい!」

突然、レーダー員が叫んだ。

前方に広がるオルムの群れ、星系の外縁部ギリギリに大型個体など目でないサイズの重力震が轟く。

艦橋は再び静寂に包まれた。


「全艦、警戒態勢そのまま。決して撃つな」

レンズの奥の瞳は、冷たい光を湛えていた。

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