第三十話 裏口
合同評議会について
各省庁間の調整や連絡を円滑に行うための組織、管轄は国務省。
各分野ごとに複数に分かれて存在している。
一例として、産業省、経済省、包括動力省、星間交通省、労働省、財務省、国務省が参加する「星間産業評議会」が挙げられる。これは合同評議会の中でも最初期に設立され、8つもの省が参加する評議会として知られている。
その他にも外交、技術、法令など、複数の省庁との連携が必要不可欠となる分野に存在する。
-出典:Spedia.org
―海皇都 横瀬区 統合司令部庁舎 6階
横瀬区時間 9月17日 午前9時
『…なるほど、それでわざわざ私に話を…』
ややオレンジがかった照明の明かりが、机を照らしている。妙に静かな執務室に、機械を通された女性の声が響いた。
「本来ならもっと通すべき手続きがあるんだがな、多分これが一番手っ取り早い」
そう、本来なら各省間の連絡機構である合同評議会を通したうえで、外務省からエルディア継承連邦政府へ掛けあうのが正攻法だ。が、正規ルートは時間がかかりすぎてしまう。
『こちらからアプローチして、先方の立ち位置を示してほしい、ってことですね?』
「そういうことだ、欲しいのは政治的なスタンス。あくまで『奪還』であることを強調すれば、世論もそこまで文句は言わないだろう」
当然ながらシラーナル星系は、エルディアからすれば辺境も辺境だ。単に領有権を主張したからといって、世論が動くとは到底思えない。なんらかの強い動機付けが必要になる。
『…奪還、ということは、大部隊を投入するだけの価値があると思わせないといけないわけですね?』
問題点はそこだ。餐界の巣があることを公表したとして、大半の惑星住民からすれば対岸の火事だ。惑星を飲み込んでいることは伏せる必要がある以上、やはり即座の軍事行動は難しくなるだろう。
ただ、どこか含みのある物言いに違和感を覚えた。
「…何か妙案でも?」
仕事用の端末から立ち上がる映像に対して問いかける。もとより、こういった分野に関しては彼女の方がはるかに専門家だ、意見を求めていた節があったのは間違いない。
『妙案というほどでもないですがね。…シラーナルⅢは元々、テラフォーミング試験中だったんですよね?』
どこから話を聞いたのか少し気になるが、それは本題ではないので一旦棚上げすることにする。公表されているわけではないが、部外秘な情報でもない。
アスーイは頷いて、続きを促す。
『担当していた技術者たちは避難したそうですが、その周辺地域の逃げ遅れた人員。あるいは本星陥落後の移民船団のいくつかが不時着している可能性があります』
全く荒唐無稽とは言い切れない推論が飛び出してきた。徐々に追い詰められたエルディア帝国は、本星喪失後特に混乱を極めていた。国外の未知領域へ新天地を求めて当てもなく旅立った数多くの移民船団のうち、今のエルディア継承連邦に合流できたのは多く見積もって4割程度。残りの船団の消息はいまだにつかめていない。
もし辺境のテラフォーミング途中の惑星の存在を知っている関係者がいた場合、そこから再起を図ったとしてもおかしな話ではない。
「…なるほど…ありえない話ではないな」
流石外交官である。仮に誰もいなかったとしても、あくまで可能性があったから出動したに過ぎない。と答えられる。
『でしょう?』
彼女は得意げにそう言う。頭の羽も嬉しそうにパタパタと動いていた。
前言を撤回したい。ここまで感情が表に出やすいのは、外交官的にはどうなんだと思ってしまった。いや、むしろその素直さが長所なのかもしれない…そもそも自分が言うことではないな、と思考を戻す。
「…では、無理を承知でお願いします。アリス外交官」
姿勢を正して、映像の向こうの外交官に呼びかける。一瞬、部屋の空気が引き締まった感じがした。
『分かりました。アスーイ総司令』
向こうも努めて真面目な声色で返事をしてきた。先程まで風を起こしていた羽も、定位置に戻って動かない。この切り替えの速さも外交官に必要な能力の一つなのだろう。
アスーイはそう思い、簡単に挨拶をしてから通信を切った。
部屋に静寂が広がる。防音の室内に、僅かな雨音が聞こえてきた。どうやら今日も雨らしい。
戦略目標は変わらない。餐界のコロニーの破壊だ。ただし、方法を変える必要があった。惑星の奪還、そして生存者の捜索と救助、単なる破壊に比べて任務の難易度が上がってしまう。
「…司令」
ソファーにかけて、通信が終わるのを待っていた天翔が声をかけてきた。
「ん?」
頭を上げて、目線を彼女へ向ける。
「生存者救助を名目とする以上、惑星への火力投射は制限されます」
その懸念はもっともだ。規模を考えると第六攻塞艦隊が出撃するのが妥当だろう。しかし、それをするにしても事前の惑星表面の捜索が必要になる。
ただそれは簡単なことではない。惑星表面をびっしりと覆っていた、あの数の餐界個体を潜り抜けて高度を下げなければならないからだ。
「分かっている」
思考を止めることなく返事をする。
そんな芸当ができるのは、第九強襲艦隊ぐらいなものだ。ただ、降下作戦や救助任務が主である第九には、対艦打撃力が不足している。
外の個体群を引き剥がし、第九を降下させ、その間宇宙空間で最大限注意を引き付ける必要があった。
「だから、今フルトで削った後、今度は外殻を剥ぐ」
今頃フルトでは作戦が進行中だろう。第九が到着する前に、できるだけ数を減らしておきたい。
「とりあえず、第九に出撃を下令してくれ。目標星系はフォルドだ」
「承知しました」
そう返事をして、天翔はどこか遠くを見つめている。
第八要撃艦隊、甲六任務部隊、第九強襲艦隊。作戦に参加する部隊と、その指揮官を思い浮かべる。彼ら彼女らに対して不安はない。あとは自分が間違わないようにするだけだ。
雨はしとしとと降り続けていた。




