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ー幕間ー 守りたいもの

食事について


文化の差は、何を使って食べるかという点にかなり大きく表れる。

例えばエルディアだと、正式な場では大きさや形の異なる、何本ものフォークやスプーンを料理によって使い分けるらしい。

その他にも、「野菜の茎を使い、使い終わったら食べる」とか「一口大にして串一本で食べる」とか、今上げたのは極端な例だが一つの惑星内でも千差万別である。


他惑星の場合は更に輪をかけて、「そもそも体の造りから違う」こともしばしば起こりうるため、自分たちの常識だけで判断するのは危険。

失礼に当たる程度ならまだしも、調理方法や素材によっては毒になるケースもあるため、特に他惑星で生活する場合には事前の調査が不可欠である。


ー出典:Nelt百科事典

―海皇都 横瀬区 定食店「かま屋」

横瀬区時間 9月16日 午前11時54分


昼時の店内はそれなりに賑わいを見せていた。比較的駅に近い上に価格も良心的なこのお店は、横瀬区で働く人たちからの根強い人気がある。厨房を囲うようにL字型のカウンター席があり、通路を挟んで窓側に二人掛けや四人掛けのテーブルが並ぶ。統一以前の様式と変わらない古き良き調度品にそぐわず、配膳用のドローンが座席の合間を縫ってせわしなく動き回っていた。


「にしても今時、わざわざ紙のメニューおいてるところも珍しいよね~」

窓際の四人掛けのテーブルで、向かいの席に座ったフィルナが冊子にされたメニュー表をパラパラとめくる。

最近開業した店舗の多くは、ほとんどのメニュー表がディスプレイでそのまま注文もできる。そうでなくとも、従業員かドローンが席まで注文を取りに来るシステムをいまだに採用している店舗はかなり減っていた。

「今更変えるのも手間でしょうし、内装丸ごとリフォームでもしないと機会がなさそうですね」

スズナはそれに軽く答えつつ、お冷の入ったコップを手に取る。

注文は既に決めていた。というよりも、元来特に食べ物に関して挑戦するような質ではないため、必然的にある程度選択肢が絞られる、という意味合いではあるが。

「配膳用ドローンを導入するなら、注文システムも一新したほうが効率的な気がするのですが…」

スズナの隣に腰かけていた天貫(あまぬき)がそう言って苦笑する。

「ただ単に馴染みがあるっていうだけなんじゃ?」

蒼城(あおしろ)は店内の様子を見まわしながら、そう言って笑った。

導入コストやら、新しい機器を扱う従業員側の慣れの問題やらあるだろうが、多分一番の理由はそれだろう。それまで上手く機能していたものをあえて変える必要がないという判断かもしれないが。

「それよりも、指揮官。まだ決まりませんか?」

蒼城が隣の座席のフィルナを見やる。彼女がメニュー表と格闘し始めてから既に数分が経過していた。


普段の判断は早いものの、こういう時にはかなり悩むらしい。自分とは逆ですね、とスズナは思う。指揮する艦隊の性質こそ「速度を重視した即応部隊」という一点が共通するものの、だからといって似ているかと言われるとそうでもない。所属する人間レベルになればなおさらだ。

「ちょっと待って、今三択まで絞り込んだから…!」

思ってたより種類が多い、とフィルナは頭を抱えている。

これは長丁場になりそうですね、と小さく息を吐いたスズナの上の耳に、ふと気になる会話が聞こえてきた。頭に4つある耳のうち、右上の耳だけが、音の方を向く。盗み聞きは誉められた行為ではないが、聞こえてしまったものはしょうがない。

「…がボロボロで帰ってきたらしいな」

営業か監査職の、休憩中と思しき男性が上着を椅子の背もたれに掛けてそう言う。

「代打で四と五が忙しくなって、こっちも大変ですよ。予定がパァです」

話しかけられた方の男性も、疲労を隠しきれていない声で答えた。

スズナはなんとなく申し訳ない気持ちになる。盗み聞きをしていることに対してではない。いや、それに関しても感じるべきなのだろうが、それよりも、自分たちの決定が守りたいものに影を落としていることに胸をチクリと刺されたような痛みがある。


「よし、決めた」

「じゃあ、呼びますね」

その声に、深く沈みそうだった思考が一気に目の前に引き戻される。

蒼城が卓上のベルを鳴らすと、店内を巡回していたドローンがふよふよとやってくる。

「ご注文はお決まりですか?」

両手で包めるくらいの大きさの球体が羽根も無しに浮いているなんて、子供のころの自分に言っても信じないだろう。更に喋るし料理も運べるときた。

「私はこの…『いつもの海鮮丼』で」

フィルナがドローンに向かって注文する。悩みに悩んだ末に、結局定番に行き着いたらしい。

「私は『焼き魚定食』でお願いします」

続けてスズナも注文した。結局のところシンプルなものが外れなく美味しい。

「『タレ漬け揚げ定食』を一つ」

天貫がそう続けた。

「お肉は何にしましょう?」

ドローンが液晶に「?」を映し出して尋ねてくる。こういった愛嬌は「人に似せられていない機械」独特のものだろう。

「鳥で」

「承知しました」

ドローンに表情が戻る。画素数をあえて落としてある、かなりデフォルメ化された点の集まりでも「顔」と認識できる。これはデザイナーの技術力と、人間の脳の造りのどちらがすごいのでしょう、とまた思考が逸れる。

「私は『日替わり定食』にします。注文以上で」

蒼城がそう言って締めくくる。

ドローンは注文内容を復唱した後、伝票を印刷してまたふよふよと去っていった。


「ごめんね、迷っちゃって」

ドローンが浮き去ってから、フィルナが頰をかく。

「種類が多いと迷っちゃいますよね」

笑って返す。急ぎの用があったわけでもない。

「ここのメニュー、なんというか…安定感がありますね」

蒼城がメニュー表を片付けながらそう切り出した。

確かにかま屋のメニューはエストライの定番どころの料理が多い。

「統一前からあるそうですし、あまり変わっていないのでは?」

天貫がテーブルを指でトントンと叩いた。

テーブルに限った話ではないが、十年以上使っていれば大体がエストライ統一以前の代物だ。流石に電子機器や家電類といったものは、世代交代が激しい。かつての機器は、新たな技術で開発された革新的な商品に一瞬で駆逐されてしまった。

しかし家具類や調度品といったものは、技術力が上がってもそこまで革新的な変化はない。耐久性や工作精度は上がっているだろうが、デザイン自体もそう変わらないのですぐに買い替える人は少数だ。

「大戦潜り抜けたお店だしね。歴史は大事よ」

フィルナもそう言って、コップを手に取る。

今で言う横瀬区、引いてはこの諸島部は元々一つの共和国だった。その当時からの雰囲気を残しているのだろう。基本的にこの周辺の海産物を使っていることからも、地元に根ざしていることがよくわかる。


そうしてメニューについて雑談しているうちに、ドローンが料理を運んでくる。マニピュレーターに器用に四人分のトレイを持って飛んでくる様は、熟練の技を感じさせた。

「…それじゃあ、いただきます」

各々がテーブルに並べられた料理を口へ運ぶ。

魚の身には綺麗な焼き色が付いていて、微かな光沢が脂が乗っていることをありありと示している。箸を入れると僅かな抵抗を感じるのみで、ホロリと身がほぐれた。薬味として皿の端に盛られている下ろし野菜もいい塩梅で、相乗効果で更に魚の旨みを引き立てている。一口噛めば味だけでなく鼻に抜ける香りもまた食欲を掻き立ててきた。あまり意識していなかった空腹感が一挙に押し寄せてくる。


しばし無言で箸を進めていると、ふと視線を感じた。顔を上げると、こちらを見つめていたフィルナと目が合う。

「…あ〜、なんというか…スズナってすごい美味しそうに食べるなって思ってね」

目が合ったことに気づいてか、誤魔化すように彼女は笑った。

「…そんなに顔に出てますか?」

見られていたことが気恥ずかしく、思わず箸を止める。

「…う〜ん、別に顔に出てるわけじゃないんだけど…」

フィルナは一瞬視線を上へ上げた後、視線を戻して続ける。

「……顔に出てるね」

悪いことではないのだろうが、自分の感情が周りに筒抜けというのはやっぱり恥ずかしい。思わず顔を手で隠してしまう。


その隣で食事に勤しんでいた天貫に、秘匿回線で通信が入る。送信主は正面に座っている蒼城だった。

『スズナ指揮官っていっつもあんな感じ?』

目線すらこちらへよこさず、蒼城はそう伝えてくる。

天貫はチラリと隣の耳まで赤くなった上官を見やり、素知らぬ顔で蒼城へ返信する。

『嬉しいことあった時はあんな感じです。表情はそこまで変わらないんですがね』

一拍置いて、続きを送る。

『全部耳に出てます』

先ほどまでピコピコと、楽しげに動き回っていた上官の頭頂部の耳を思い出しつつ、天貫は少しだけ笑みを漏らす。


店内のざわめきはかなり遠くに感じられた。


オマケ


国家解説


ワレリア共和国(現横瀬区及び風崎区一部)

首都:ワラリス(現横瀬区ワラリス島)

人口:1億1300万人(統合前)


海皇都を構成する諸島の一部を領土として保有していた国家。かつては小型艦艇を中核とした海軍国家だった。平和的統合には比較的協力的な姿勢を取っていた。

ちなみに国名のワレリアとはそのまま「近くの大瀬」と言う意味。統合後の再編時に改名され、横瀬区が誕生した。一部の島が隣接する風崎区に編入されている。

主食は海産物であり、近くに良質な潮目が多いことから現在でも主要な漁場として知られる。尚軍事拠点としての側面も強いため、釣りに行く際はくれぐれも立ち入り禁止区域には近寄らないこと


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