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第二十七話 光明

「羽のない三人は四枚の翼に勝る」について


意味:翼がなくとも、三人が知恵を出し合えば、四枚の翼がある一人よりも上手く飛べる。

転じて、一人で悩むより誰かに相談した方が良い結果になる。という意味。


現在では殆どいないものの、かつて自力で空を飛べた人種がいたことを示す、珍しい故事成語。



―海皇都 横瀬区 統合司令部庁舎

合同作戦立案室

横瀬区時間午前11時10分


会議が終わってしばらく経ち、人と音が減った会議室でアスーイは深く息を吐いた。

「ため息が多いと老けるっていうよ?」

その音を聞きとがめたのか、まだ残っていたイルミナが声をかけてくる。言葉のわりに口調は穏やかで、困ったように笑っていた。

「悪いがこれは、白髪じゃなくて銀なもんでね」

わざとらしく左手で癖毛を梳く。何度櫛を通そうと毎朝執拗に跳ねあがる毛先は、例によって指から滑り出た途端すぐに丸まってしまった。イルミナはわかりやすく肩を落とすと、作業の手を止めて体ごと向き直る。

「私の言いたかったこと、わかるでしょ?」

先ほどより真剣な口調、怒ってはいないだろう。しかしこれ以上はぐらかすのも得策ではない気がする。「羽のない三人は四枚の翼に勝る」という言葉もある通り、試しに相談してみるのも手かもしれない。丁度ここには、片づけをしている天翔を合わせて三人いることだし、いい機会だろう。


肩にいつの間にか入っていた力を抜いて、口を開く。

「正直…迷ってる」

他の人には見せられない。国民と軍人、その両方の生活と命を預かる責任者は迷うべきではないからだ。

「すぐにでも対処しないといけない。でもそれじゃ、この国を、また戦争に引きずり込んでしまう…」

言い訳じみた言葉が続く。一度あふれ出した川の水が、水位が下がるまで止まらないように。

「あいつらは早い。こっちが1つ決める間、に2つ動く…もうただの害獣じゃないんだ」

こめかみを抑え、視線を落とす。こうしている間にも、次の進化の段階に進んでいる可能性もあった。数では明確にこちらが不利だ、その分は質と戦術で補わなくてはならない。艦の兵器としての質も、練度や戦術といった質も信頼している。彼ら彼女らは負けない。

…それでも。

「…それでも、俺が間違えたら…」

いくら戦術が優れていようと、熟練した乗組員がいようと、戦略が間違っていれば大局は変わらない。戦場にいる一人の天才でどうにかなるほど、世界は簡単にはできていない。

ぽつりぽつりと零れる弱音を、イルミナは黙って聞いていた。天翔も作業は続けているが聞こえてはいるだろう。

部屋に何度目かの沈黙が降りる。


「…間違ってもいいんじゃない?」

重い沈黙の幕を持ち上げて、イルミナの声が響く。いったい何を言ってるんだと、思わず顔を上げると、柔らかな笑顔と目があう。ただ、その琥珀色の瞳はこちらを真っすぐに射抜いていた。

「だってほら、私たちは計算機じゃないし。まして神様なんかじゃない。間違うことも、迷うこともある。それでも、前に進まなきゃ。…そうでしょ?」

そう言ってから、同意を求めるように首を傾ける。こちらが呆けて二の句が継げないでいると、諭すようにつづけた。

「…実際エルディアの大人には地獄を思い出させることになるだろうし、長官も、相当辛いと思う。生まれ故郷があんな状態…ううん。あれより酷いってことだからね」

確かにその通りだ。正直なところ今まで、エストライ(この国)を守ることしか頭になかった。彼らの目には、()()は守れなかった故郷のなれ果てと映るのだ。

「もちろん世間に公表するかは、国防総省(上の人)が決めるでしょうけど」

彼女は思い出したかのようにそう付け加えた。


アスーイは先ほどの自分の考えを修正する。戦場だろうが司令室だろうが、一人の人間だけで問題がなくなるほど世界は単純ではない。

まだまだ視野が狭く、未熟であると思い知らされた。大きなため息を吐いて、頼るべき部下(仲間)にしっかり目線を合わせる。

「そうだな…一つずつ片付けていこう。今の人の命と日常を守りながら、エルディアの故郷を取り戻す方法。…きっとあるはずだ」


今まで黙って様子を見ていた天翔が、待っていたように口を開く。

「…一つ、意見具申があります」

そう言いながらこちらを向いた天翔の表情は、やけに得意げに見えた。

「聞かせてくれ」

即答する。議会からも世論からも、支持はなくとも反感を買わない方法がベストだ。もちろんわざと被害を出す、なんてのはもってのほかだ。

「現在エルディア継承連邦は、エストライ連合皇国を構成する自治国の一つです。ただ同時に、法律上は同盟国の地位も持っています」

いきなり話題が飛んだ。そういえばエルディアとエストライが正式に合併したのは、比較的最近の話だったと思い当たる。建国してからまだ十数年しか経っていない分、制度や条約や法律はまだまだ整備途上だ。そういう抜けもあるだろう。

まだ話は見えないが、相槌を打って続きを促す。

「条約文を確認したところ、『旧エルディア帝国領内の星系においては、これを正当な領土と認め、返還することとする』という文言がありました」

別におかしなことではない。エストライとエルディアが講和する際、お互いに譲歩のラインを探り合いながら交渉したらしい。当時のエストライからすれば、まだ手に入れてすらない星系よりも、宇宙を自由に飛び回れる技術の方がはるかに魅力的だっただろう。

「自治国主権擁立法によれば『連合皇国における各自治国は、それぞれの国土、議会、条例を有し、それを行使することができる。国土あるいは国民あるいは主権または財産が脅かされ、あるいは侵される場合には、連合皇国がそれを保証し、保護する』とも明記されています」

ようやく話が見えてきた。

シラーナル星系はエルディア帝国の旧領、その端だ。そしてその星系は今、オルムディアによって占拠されている。これは立派な侵略行為と言える。現行法では同盟国エルディア帝国との条約と領土の所有権は、自治国になったエルディア継承連邦にそのまま引き継がれる。

「…つまり、シラーナルⅢを『奪還する』という名目であれば、法改正無しで作戦行動が可能かと」

エルディアからすれば、かつての旧領をわざわざ取り返してくれたことになる。一方でエストライや他の自治国からすれば、たかだか辺境の一惑星で軍がゴタゴタやっているだけだ。

「良い案だ。そうなると、国防総省にはシラーナルⅢの映像まで送っても良いが、他には文字だけの方が良さそうだな…あまり大事になりすぎると結局議会で突っつかれる」

今となっては時間が惜しい。多少強引でも最低限の手順で進めたかった。


「まってまって。落とす戦力はどこから出すの?」

イルミナがブレーキをかける。現状動ける戦力には限りがあった。

ただ、それに関しては一つ考えがある。

「こっちが数を増やせないなら、向こうの数を減らせば良い。天翔、フルト周辺の星系地図を頼む」

机に真ん中に投影された地図を睨みつける。

これが終わってから昼にしよう、仕事モードに切り替わる寸前の脳裏に、そんな言葉がよぎった。


(今回の艦艇解説はお休みします)

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