第二十六話 望郷
艦隊旗艦について
艦隊を新設する際、最初にその艦隊の役割に特化した艦艇を建造し、それを旗艦としている。国防艦隊の名称に役割名が含まれているのはそのため。
一方で例外もあり、第一防衛艦隊旗艦「白鯨」及び第二打撃艦隊旗艦「黒鯨」に関しては、両艦とも「鯨型戦略指揮戦闘艦」に分類される。これは当初各艦隊の旗艦を準同型艦とすることで、設計の共通化を図った「汎用旗艦級艦艇案」の名残とされる。この計画案は、探査を主任務とする第三遠洋艦隊の新設決定に伴い破棄された。
第六攻塞艦隊も例外であり、九つある艦隊の中で唯一、旗艦が先で後から艦隊構想が決定した艦隊である。これに関してはフェルゼンという艦艇自体が特異であるとも言える。
―出典:Spedia.org
―白羽都 軌道上環状拠点 航行管制局 個室
通信を終え、ソフトを落とす。きれいになったデスクトップをよそに、背もたれに深々と体重を預けて大きく息を吐く。
「現状維持…か…」
先ほどの会議で決まった内容を今一度反芻していると、思わず呟きが漏れた。他に誰もいない無機質な部屋の中では、やけに大きく聞こえる。
内地からこれ以上戦力を引き抜けば、ほかの方面が手薄になる。それにたか座方面は地方だ、大艦隊を維持し続けるだけの補給網も拠点もない。現状の法制度では領土外のシラーナルへ武装艦隊を進めることも難しい。
かといって放置は得策ではない。それは総司令もわかっているだろう。情報を集め、議会を動かし、予算を付けて補給網を整備する。正しい手順だ、民主主義であるなら特にそう言える。
時間がかかるという点を除けば、の話だが。
あの時もそうだ。時間よりも手続きの正当性を重視し、結果として敵に学習する時間を与えてしまった。もっとも、それは結果論に過ぎない。自己弁護のようだが、あの時できる最良の決定をしたつもりだ。
椅子を回転させ、窓の外に見える星の海を眺めながら、ニレロトは過去に意識を飛ばした。
「第65戦隊通信途絶!」
「艦隊前方にワープアウト反応!友軍ではない!」
「ラグレス被弾!シラネル大破!」
あの時艦橋で響いていた声がそのまま脳裏に思い出される。数多のオルムディア個体が数えきれないほどの光弾を浴びせかけ、その間隙を縫うように槍状の個体が突っ込んでくる。対するこちらは戦列を組み、訓練通りの弾幕で応戦する。
『全艦、砲戦隊形維持しつつ、距離を取れ!』
記憶の中の自分が艦隊司令席から指揮を執る。
本来ならこうなる前に対処するべきだった。最初はただの敵対生物だとしか見られていなかった。戦術も何もない、ただ見境なく襲い掛かってくる化け物。国境に艦隊を配置し、領域内に侵入してきた群れを随時叩く。その対応で十分だった。
最初は小さな変化だった。国境の艦隊から、少しずつ敵の動きが変わっていると報告があった。砲撃が徐々に統制されているように見えるというのだ。それを裏付けるように、損害も少しずつ増えていく。
始めは無傷だったのが、小破が数隻、そのうち回避が間に合わず中破する艦も出てきた。
司令部が、ひいては私が、その異変に真剣に向き合い始めたのは、撃沈艦が出てようやくのことだった。
沈んだのは艦名すらつかない小型の宙雷艇、数値としてみるなら大した損害ではない。しかし、明らかに異常だと悟った司令部は、本腰を入れて調査と駆除を開始する。
今思えば、その沈んだ一隻が分水嶺だったのだろう。その後のやつらの動き、攻撃能力、機動はそこから通常の生物ならありえない速度で進化した。奴らは艦を、情報を、記録を喰らう。そのことを我々が知ったときには、既に餌をばらまいていた。
そこまで考えてから、一度思考が艦橋から逸れる。
一隻の喪失から、戦域全体を揺るがす事態へ発展する。それはエストライとの戦争と同じ構図だった。あの時地表へ墜落したのも宙雷艇だった。小型艦たった一隻、されど一隻。積み上げられた技術と、練り上げられた設計思想は、おのずと信頼性と汎用性を底上げする。
普通なら良いことであるが、裏を返せば模倣しやすいともいえる。結果としてエストライは大和型を完成させ、我々が数世紀かけて磨いてきた宙を駆ける術を、たった数週間か数か月で手に入れてしまった。
それまで精々戦闘衛星、背伸びして垂直発射式の武装ロケットが関の山だった文明ですらそうなのだ。本能的に宇宙を泳ぎ、自分の身体を造りかえることすら容易な生命体からすれば、大破した小型艦はどれほどの「御馳走」だったのだろうか。
「…前菜は終わった」
再び呟きが漏れる。第七から上がってきた報告を考えると、ジルヨ星系で失った艦載機のコアのうち、最低でも一つは奴らが持っていっただろう。もちろん単に破壊され、残骸になった可能性の方が高い。
甲冑型なら5m程度の大きさしかない機体の、さらに制御システムの中核だ。破損した残骸を目印なしで見つけられるほど宇宙は都合よくできていない。それでも、嫌な確信がぬぐえない。明確な根拠を探していては、手遅れになる。かつての戦争から、私はそれを学んだ。
奴らはこちらを模倣するだけではない。同時に対抗策も練ってくる。戦えば戦うほど、被害が増せば増すほど、切り札を切れば切るほどに強くなる。奴らにとって戦いとは、文明の粋を凝らしたフルコースであり、美酒なのだ。
総司令の判断は軍を預かる人間として、政治と実働の架け橋としては正しい選択の一つなのだろう。
しかし、「正しい判断」とは何をもってして決まるのだろうか。我々は未来を知らない。故に「今日」、そして「昨日」、あるかどうかすらあやふやな「明日」から見て正しい決定を下す。
それが数日、数週間、数年先から見ても、「最善の決定だった」そう言えると信じて。
「…総司令が最善手を目指すなら、こちらは最悪を想定しましょう」
考えの整理が一段落つき、誰ともなしにそう言い放つ。誰もいない部屋に、その声が少しだけ響いた気がした。
丁度その時、扉が控えめにノックされる。
返事をすると、扉が横に音もなくスライドする。エルディアの両開きの扉とは違い、開ききる直前に一瞬減速した。
「失礼します。長官。報告と飲み物をお持ちしました」
廊下に立っていたサブフレームが、少しイントネーションに違和感のある敬語で声をかけてきた。
「ありがとう、大和。丁度よかったですね、少々頼みたいことがありまして…」
席を立ち、歩み寄りながらニレロトは旧敵ににこやかに答える。
かつては敵であり、挙句墜落した宙雷艇の模造品、とまで評価していた艦と組むことになるとは、つくづく縁とは数奇なものだ。
彼女からすれば私は侵略者と見られても何らおかしくない。それでも、この旧式のサブフレームからは、敵意や苦手意識といったものは感じられなかった。それがプログラムによるものなのか、それとも他の理由があるのかはわからない。
一つ確かなことは、彼女のすべての行動原理の根底に、「誰かを守りたい」という…意志があることだ。機械に感情があるとは到底思えなかったニレロトでも、単なるプログラムで規定されている以上の、強い思いを認めざるを得なかった。それ以来、大和以外のサブフレームにもそれなりに丁寧な対応をするようにしている。
「たか座方面の星系造船所に補修用部材と工作艦を回してください」
短く頷いた大和からカップを受け取る。
誰かを、ひいてはこの国を守りたい、それは私も同じ気持ちだ。
二度と故郷を失うわけにはいかない、そして必ずあの美しい星を奪い返す。
そう決意を新たに、ほのかに湯気の立つカップを口につけた。
正しいかどうかはこの際どうでもいい。国が、人が、星が残らない正義に、何の意味がある?
オマケ
艦艇解説
47型宙雷艇
全長:142m
武装:16.7cm三連装陽電子砲
4基12門 (上部前方2基 後方1基 底部1基)
垂直ミサイル発射管 計32セル
(上部と下部に16セルずつ)
62.8cm宙間魚雷発射管 計12門
(艦首12門)
同型艦多数
エルディアの宙雷艇、エストライからすると駆逐艦より大型艦となるが、エルディアの分類では宙雷艇である。大型であるがゆえに現在の駆逐艦よりは武装が多いものの、機動力では劣る。また宙間魚雷の口径が小さいこと、ミサイル発射管の門数が少ないことなどから、そもそも想定された運用がエストライの駆逐艦と異なることが分かる。
大和型航宙戦闘艦、ひいてはエストライ航宙艦艇の先祖。現在では国防艦隊に配備されておらず、一部艦艇が軌道上守備軍に配備されるにとどまる。




