君に恋したあの日から
幼い頃、俺は出来の良い兄と比べられていた。
同じ回復魔法を使う、人当たりの良い兄。俺には兄に勝るところがなく、劣等感を覚えていた。
そんな時に、ライラとの婚約の話が出た。
俺との婚約なんて本人が望んだものではないのだろう。相手は男爵令嬢だと聞いた。きっとこの家に嫁ぐための政治目的で決まったのだろう。
そして、ライラに会った。
初めて会った彼女は、少し緊張しているようだった。同世代の女の子と何を話せばいいのか、俺には分からなかった。
困った俺は、彼女に手を差し出し、庭の散歩に連れ出した。すると、彼女は嬉しそうに俺の手を取った。
その瞬間、俺は恋に落ちた。すごくかわいい笑顔だった。
「ねえ、俺のことはルーカスって呼んでよ」
「うん、私はライラよ」
「ライラ……。よろしく」
「うん。私ね、今日がとても楽しみだったのよ」
彼女はそう言って目尻を下げた。
「え? 楽しみ……?」
「そう、だって未来の旦那様に会える日だったから」
彼女のあどけない笑顔に、俺の顔も自然と綻んだ。
「ライラは俺との婚約が嬉しい?」
「うん、初めは緊張したけど、ルーカスでよかったって思ったわ」
「そっか……。ありがとう」
ライラの言葉は、どこまでもまっすぐだった。兄より優れたところがない自分に、ずっと抱いていた劣等感。そんなものを、彼女は一瞬で吹き飛ばしてくれた。
それからは、正式に婚約が認められ、お互いの家を行き来し、家族ぐるみでの付き合いになった。
勉強熱心な彼女は、いつも貴族社会や幅広い知識について勉強していた。一緒にいる時間は、勉強を教え合ったり、本を読んだりして、とても楽しかった。
そんな彼女が、俺と同じ学校に転入することが決まった。一緒に学校に通えることが嬉しくて、たまらなかった。
──しかし。
俺とライラの婚約をよく思っていない派閥が、俺たちの婚約を破棄させようと、秘密裏に動いていることを知った。
ライラが転入してきたことで、派閥の者たちは、彼女に直接危害を加えようとしていた。俺は、彼女たちの動きを間近で監視し、ライラに危害が及ばないようにするため、令嬢たちに近づいた。
何か企んでいる様子を見ると、そのたびにその場で計画を止めていた。彼女たちは、俺がライラから距離を置いていることに安心し、婚約破棄も時間の問題だろうと考えていた。
もちろん俺にはそんな気は一切なかった。
俺は慢心していたのだ。ライラと積み重ねてきた時間がある。だから、後から説明すれば分かってくれる。そう思い込んでいた。
そして、俺が他の令嬢を抑制している時に、ライラはコンラートとばかり過ごしていた。いつ見ても一緒にいる二人。コンラートに敵わないことは、自分が一番よく分かっていた。その姿を見るたびに、俺の嫉妬心は膨らんでいった。
「なあ、お前ライラのことほったらかしすぎじゃない?」
ある時、コンラートに言われた。確かにそうかもしれない。俺だってライラと過ごしたい。しかし、危害が及ぶかもしれない今、彼女には近づけないと思った。
「お前には関係ない」
そう答えることしかできなかった。
ある時、廊下から楽しそうな笑い声が聞こえた。ふと声のする方を見ると、そこにはライラとコンラートがいた。
最後に彼女が俺の前で、あんなに楽しそうな顔を見せたのはいつだろうか……。
そう思うと、苛立ちを抑えられなくなった。そして、愛しい彼女に対しても、冷たい態度を取るようになってしまった。
本当は、こんなふうになりたかったわけじゃない。ただ、君を守りたかっただけなのに。
俺の気持ちとは裏腹に彼女との距離がどんどん遠くなっていった。
そんな日々が続いたある日、彼女から婚約を破棄したいと言われた。
俺はいつもの冷たい表情で断った。彼女がそんなことを言ってくる意味がわからなかった。
この頃には、以前自分がどういう風にライラと接していたのかすら、もうわからなくなっていた。
そして──。
あのダンスパーティーの日を迎えた。
ライラは毒薬を飲み干し、俺への想いを断ち切るような言葉を口にしていた。
その時、ようやく自分がしてきたことの罪の重さに気がついた。
倒れていく彼女を見て、とっさに身体が動いた。
死なせるわけにはいかない。俺は必死の思いで彼女に回復魔法を施した。周囲の目など気にせず、そっと口づけをし、彼女に直接魔力を流し込んだ。
すると、青ざめていた彼女の顔に、少しずつ血色が戻っていった。
(なんとか間に合った……)
彼女はすぐさま、メイフィールド家に連れられて行った。
「ルーカス様、せっかく婚約がなくなる機会でしたのに、助けてしまってよろしかったのですか?」
俺の隣にいた令嬢は、彼女があんなことをした直後だというのに、平然とそんなことを口にした。
彼女たちは、ライラが死ぬことなど何とも思っていないのだろう。俺とライラの婚約破棄さえ実現すれば、それでいいのだ。
本当に危険だ。そう思うと余計に彼女たちの傍を離れられなかった。
ダンスパーティーが終わると、俺はすぐさまメイフィールド家へ向かった。
彼女の無事をどうしてもこの目で確認したかった。
メイドに制止されたが、俺はそれを振り切り、彼女の部屋へ向かった。
彼女の顔を見て、俺は少しだけ安心した。目立った傷もなく、顔色も戻っている。それを確認すると、俺はすぐに令嬢たちのもとへ戻った。
その行動すらも、ライラを苦しめていたのだと知らずに……。




